二年生(6)
次の日、グレーテ様の話をもとにアリーとリーネが詳細を探ってきてくれた。
「わかったわ。ヴィヴィ、噂の出所は四年生のイアルデ・ランメルツ侯爵令嬢よ」
教室に入ってきたアリーが言った。
「イアルデ様のお兄様は文官で現在は宰相執務室勤務らしいの」
宰相執務室——お父様のところだ。噂に信憑性が増した。
ここでリーネが声を潜めていった。
「イアルデ様のお兄様が宰相閣下とフィリップ・アウフミュラー様の言い合いを偶然聞いてしまったらしいの」
それは冬期休暇が終わりしばらくした頃の事だった。
ノックの音ももどかしくフィリップが宰相執務室に入室してきた。
この時執務室の人は出払っており、ルードルフが一人で書類の山と向き合っていた。
「父上!ヴィヴィがジークと婚約するというのは本当ですか!?」
「ここでは宰相と呼びなさい。はぁ……本当だ。まあもう少し後のことだが」
「ヴィヴィは……ヴィヴィは知っているのですか?」
「殿下が話すと言っていたぞ」
「父上は賛成なのですか?ヴィヴィは……ヴィヴィの父親に関しては未だ調査中ではないですか」
「もちろんその懸念は残る。しかし殿下はそれでもヴィヴィと結婚したいとおっしゃった」
「それはジークの我儘だ。王太子の婚約者になればヴィヴィは悪意に晒される。きっと生まれのことでヴィヴィを傷つけようとするヤツが出てくる」
「それでもだ。殿下はヴィヴィを守ると言った。私ももちろん娘を守る」
「僕だって……僕だってヴィヴィを守る……はっ!僕がヴィヴィに結婚を申し込む!」
「フィリップ!何を言い出すんだ!」
「僕はヴィヴィを愛してる。この国のどんな女性よりヴィヴィを愛してる。問題ないじゃないですか!だって僕はヴィヴィと血がつながっていない。ヴィヴィは平民の——」
「フィリップ!!ここで不用意な言葉を口に出すな!」
「……すみません」
この時ドアの外で会話を聞いてしまった者がいた。それがイアルデの兄だった。
イアルデの兄は以前からイアルデがジークハルト殿下に憧れ何とか目に留まりたいと思っているのを知っていた。家は侯爵家で筆頭侯爵家のアウフミュラー家にはかなわないものの十分未来の王太子妃になる家格である。
ドアの外で会話を聞いてしまったイアルデの兄はイアルデに手紙を書いた。
『現在アウフミュラー侯爵家の令嬢と王太子殿下の婚約の話が持ち上がっているらしいが、アウフミュラー侯爵家の令嬢は庶子どころか両親ともに平民らしい。そのことでアウフミュラー侯爵家ももめている。イアルデが殿下の婚約者になれる可能性もあるから頑張って学院で殿下と親しくなるように』
という内容の手紙だった。
手紙を受け取ったイアルデは複数の友人に相談した。
「どうしたら殿下と親しくなれるかしら」と。
この時イアルデは故意に噂を広めようと思ったわけではないらしい。でも友人たちは故意に噂を広めた。王太子殿下が婚約を結ぶという話ではなくアウフミュラー侯爵家の令嬢が平民の養女だということだけを。
彼女たちはそれによってイアルデが優位に立てると思っていた。
以上がアリーとリーネが調べて来てくれたことの真相だ。
実際は上記の会話のような詳細は知らないままで、アリーたちが調べて来てくれたのは下記のようなことだった。
宰相執務室でヴィヴィのお父様とお兄様が揉めていた。その内容はヴィヴィが本当は平民の娘で、王太子の婚約者になる事についての懸念についてだった。
それを盗み聞きしたイアルデ様のお兄様がイアルデ様に手紙でそのことを教えた。
イアルデ様はヴィヴィが王太子の婚約者になる事を阻止し自分がその椅子に座るために噂を広めた。
「ジークはこのことを知っているのかしら」
「噂の事?」
私の呟きにアリーが質問を返した。
「それもだけど、私が平民だということ」
「待って!それは噂よ。あくまでも噂。真実はわからないわ」
リーネはそう言ってくれたけど私は噂が真実であると確信していた。
「でも……もし真実であっても何も変わらないわ」
アリーが私の目を見て言った。
「だってそうでしょう?ヴィヴィはヴィヴィだし。養子であってもアウフミュラー侯爵家の令嬢という事実は変わらないし」
「そうね。何も変わらないわ」
リーネもそう言った。
「何も変わらない……?」
「そうよヴィヴィ。一年の最初、あなたカールが平民の養子だと知って何か変わった?」
「ううん。カールはカールだもの」
リーネは申し訳なさそうな顔をした。
「あの時は私は身分や家柄で人を見ていたわ。でもこの一年でちゃんと成長したのよ。カールもアリーも大事な友達でそれは血統や家柄で決められることではないわ。だって二組のジモーネ様たちとは友達になりたいと思わないもの」
少し離れたところで見守っていたヘンデルス様が声をかけてきた。
「そうだな、僕もそう思うよ。もちろん高位貴族にはそれなりの教養や礼儀作法が求められるし平民より品性も高潔でいるべきだと思う。でもそれは血統でできることじゃない。本人が努力して学ぶものだ。ヴィヴィは十分侯爵家令嬢としての品位を保っていると思うし逆にジモーネ嬢たちのように他人の陰口ばかり言っている方が僕は品性下劣に感じるよ」
「ヴィヴィはお転婆だけどな」
カールが茶々を入れるとヨアヒム様が言った。
「そこがヴィヴィの魅力だよ」
私は涙があふれてくるのを抑えられなかった。
私は一人ではなかった。私自身を見てくれる人たちがここにいた。
「ヴィヴィ、そろそろ僕のことも様なしで呼んでくれる?」
「ヨアヒム?」
「僕のことも」
「私のことも……よろしければグレーテと……」
エーリク様やグレーテ様まで、みんなが微笑んで私たちを取り囲んでいた。
お父様やお兄様たちとも新しい関係が築けるだろうか。私は今まで血のつながりに拘っていたけれど、血がつながっていなくても本当の家族になれるだろうか?
そしてジークは……?