ジークハルトの決意
冬期休暇で王宮に滞在中、僕は父に呼び出しを受けた。
執務などで予定が合わない時以外は食事時に顔を合わせていたのであらたまって呼び出しを受ける用事は何だろうと思いながら父の私室に向かった。
ノックをして入室すると室内にいたのは父と宰相のルードルフ、筆頭侍従のノルベルト、近衛騎士団長のフーベルトゥスだけだった。
いずれも父の最側近。信頼のおける者たちだ。
ソファーに座ると早速父が切り出した。
「ジーク、わざわざ来てもらったのはお前の婚約者についてだ」
ついに来たか……僕は唯一と言っていい王太子だ。弟はいるが側室の子でまだ八歳。この話をされるのは遅すぎるくらいだと思っていた。
父は数枚の書類をテーブルの上に並べた。
「今現在婚約者のいない高位貴族の令嬢だ。この中から選んでもいいし学院で気に入った令嬢がいるなら検討しよう」
僕はテーブルの上の書類を一瞥もしなかった。
僕の心は決まっている。
「私はヴィヴィアーネ・アウフミュラー嬢を婚約者に望みます。でも婚約については少し待って欲しいのです」
僕はヴィヴィが好きだ。
ヴィヴィしか考えられない。
でもヴィヴィは僕のことを兄のように慕っている。まだヴィヴィは十三歳だ。恋愛に疎いことも知っている。今外堀を埋めたくなかった。
我儘かもしれないがヴィヴィにも僕を選んで欲しかった。
「ほかの令嬢は考えられないか?」
父は重ねて聞いたが僕の答えは一つだ。
「ヴィヴィしか考えられません」
「そうか……」
うーんと父は腕を組んで考え込んだ。
「ルードルフ、どう思う?」
父はルードルフを手招きするとルードルフは横にあるソファーに座った。
「父親としては嬉しい事です。私はヴィヴィを愛しておりますから」
「宰相としては?」
「時間が欲しいですな。ヴィヴィは資質としては申し分ない。魔力量も豊富。本人には何の瑕疵も無いのですが……」
「やはり出自の問題か」
父が言った時に侍従のノルベルトが口をはさんだ。
「ヴィヴィアーネ嬢はルードルフの庶子と聞いています。やはり庶子というところが問題なのですか?」
侍従が口をはさむことなど本来あり得ないがこの四人でいるときだけ彼らは無礼講が許されている。
若い時からの友人らしい。ルードルフと父は義理の兄弟でもある。
「いや……ノルベルトもフーヴもこれから話すことは他言無用だが知っておいてくれ」
父の言葉に続きルードルフが話し出した。
「ヴィヴィアーネは私の娘ではない。平民の出身だ」
ルードルフがヴィヴィを養子にした顛末を語ると二人は驚いたようだが大して顔には出なかった。
「そうか。俺は逆に納得がいったよ。お前がクラウディア夫人以外の女性と子供を作ったなんて信じられなかったからな」
フーヴ——フーベルトゥスがそう言うとノルベルトも頷いた。
「しかし平民出身であろうと今は正式な侯爵家令嬢で本人に問題がなければ婚約を結んでしまってもよいのではないですか?」
ノルベルトの言葉にルードルフは難しい顔をした。
「王太子の婚約者でなければヴィヴィの出自はあまり問題にならないのだが」
「生まれに問題があるのか?」
フーヴの問いにルードルフは首を振った。
「わからないのだ」
「わからないとは?」
「一応はわかっている。ヴィヴィの本当の両親はオリバーとマリアという平民の孤児だ」
「何か問題が?」
「ヴィヴィの魔力は単に平民の突然変異にしては大きすぎる」
「ヴィヴィの魔力量は私を凌ぐ」
僕が口をはさむとノルベルトとフーヴは驚いたように僕を見た。
「殿下より……ですか?」
僕の魔力は歴代の王族の中でも多い方だ。それより上だというのが信じられないのだろう。
「そうだ。現在アルブレヒトがヴィヴィアーネ嬢に魔術を教えているが彼からも驚きの報告が上がっている」
父も僕の言葉をフォローした。
「だからこそ私はヴィヴィを養女にしたのだが、彼女の出自が明らかになるまでそのことは秘密にしておいた方が良いと判断した」
「その行方不明だという父親についてはわかっていないのか?」
「現在過去の足取りを調査中だが謎は深まるばかりだ。一介の平民とは、ましてや孤児院出身とは思えない」
「ルードルフが心配しているのは父親の素性だ。我が国の下位貴族の庶子とかだったらいいのだが他国の、つまりトシュタイン王国の王族の庶子だった場合、王太子の婚約者になれば必ずつつかれる」
父の言葉に僕は驚いた。ルードルフはそんなことを考えていたのか……
「下位貴族はわかりませんが現在調べた高位貴族でヴィヴィの父親に該当する者がいません。下位貴族の魔力量とも思えない。ヴィヴィの父親は魔力はないと言っていたそうだが本人が隠していればわからない。しかし孤児院に世話になった時はわずか八歳で魔力を制御出来ていたのかという疑問も残る。ヴィヴィの父親は謎の塊なのです」
現在我が国以外の貴族は魔力が衰退している。ある程度の魔力を保持できているのは各国の王族ぐらいだろう。それでも我が国の高位貴族よりは少ないと言われている。しかしわが国の高位貴族でヴィヴィの父親に該当する者がいないのでルードルフは他国の王族という考えを捨てきれないのだろう。
「私の考えは父親が魔力保持者でそれを隠していたという前提での上のことです。もしかしたら本当にヴィヴィは突然変異なのかもしれない。結局は私が納得したいだけなのかもしれません」
「そうだな。その可能性も捨てきれん。しかし王太子の婚約者となれば出自は取りざたされるだろう。あくまでルードルフの庶子として押し通すか。正式に侯爵家の養女になっているのだから問題はないと言えばないな」
父も決めかねているようだ。
だけど僕の答えは一択だ。
「私はヴィヴィ以外と結婚するつもりはありません。ヴィヴィが誰の血を引いていようとも」
暫く沈黙したのちに父は言った。
「わかった。私もそのつもりでいよう。婚約は遅くともお前の卒業までには結ぶこととする。ルードルフもそれでいいか?」
「父親としては複雑ですな。ヴィヴィは私の愛する娘、殿下は私にとって可愛い甥っ子ですから嬉しいと思う反面、王太子の婚約者になるということは人々の嫉妬や羨望の目に晒されますから彼女にとって辛い状況になるかもしれない」
「私が出来る限り守る」
私が宣言するとルードルフは微笑んだ。
「その言葉を信じて賛成しましょう。まああの子も黙って守られているような性格ではないですが」
そしてその後ぽそっと付け加えた。
「我が家に反対しそうなシスコンが一人……」