二年生(4)
「ベニート、逃げるぞ!」
ジャンは上空の竜を見るなり駆け出した。荷物も何もかもほっぽり出したまま。
私たちは位置がわかるように大声を上げた。
「おおーーーい!!」
「ここよ―――!!」
上空を旋回していた竜は高度を下げ私たちのすぐ頭上まで来た。
私たちは必死にジャンたちが逃げていった方を指さす。
その後はすぐに片が付いた。
二頭の竜は森の木々すれすれの高さで飛んで行き、ジャンたちを見つけると竜騎士のウォンドが一閃。
二人はあっけなく失神した。
少し開けた場所に着地し、竜騎士は二人を縛り上げた。
そして私たちのところにやって来た。
「みんな無事か?」
私たちが無事だと答えると竜騎士は安堵し「よく頑張ったな」と労ってくれた。
縄を解かれたアリーとグレーテ様はぐったりとはしていたが大きな怪我は無さそうだった。
アリーがみんなにお礼を言うとグレーテ様も小さな声で「ありがとうございます」と言った。
ジャンたちが逃げ出した時、私は助けてくれた竜に駆け寄っていた。
「無闇に近づくと危ないぞ」
ヘンデルス様に手を掴まれたが「傷がないか見るだけだから」と振り払った。
「大丈夫?助けてくれてありがとう」
私が近づいても竜はそこに立っていた。じっと私を見つめている。
「今は気が立っているかもしれないし近づかない方がいいわ」
リーネも私を止めようとしたが「大丈夫だから」と私は近づいた。
竜と見つめあう……
キュー―
竜が鳴いた。
「ルーナ?」
キュー―
私は竜に飛びついた!ルーナ、ルーナだ!
去年の夏、私の腕の中にすっぽり入っていたルーナは大人の男の人ぐらいの大きさまで成長していた。
成長しても私を忘れず助けに来てくれた!
私がルーナに抱き着くとルーナは私の顔を嘗め回した。
私たちは再会を喜び合い、ルーナは森の奥に帰っていった。
みんなに去年の夏のルーナとの出会いを説明しながら暫くその場で待っていると私たちの残した目印を頼りに騎士や先生たちがやってきた。
私たちはようやく先生たちと門のところまで戻った。
門まで戻るとカールが駆け寄ってきた。
「カール、ヨアヒム様ありがとう!」
「知らせてくれて助かった」
と声をかける私たちを素通りしてカールはアリーを抱きしめた。
「無事でよかった……」
カール泣いてる?
アリーはカールの背中をポンポンと叩いて「ありがとう」と微笑んだ。
「ねえ、やっぱり二人はそういう関係?」
トーマスに聞くと首を振って「知らない……」と言った。
カールに関してはアリーに聞いても笑って「違うわよ」と否定されるだけなのだ。
先生たちに連れられて門の外に出る。
結局一組はリタイアとなり、優勝は三組だった。
他のクラスはもう引き上げていて私たちは残って待っていた先生たちと門の外に出た。
門を出た途端私の視界は何かに塞がれた。
「え?」
「ヴィヴィ、無事でよかった!!」
ぎゅうぎゅう私を抱きしめていたのはジークだった。
「コホン」
先生たちの咳払いと共にジークがグイッと引っ張られた。引っ張ったのはエル兄様。
先生やクラスメイトが私たちをガン見していた。
私は少し戸惑っていた。
ジークに抱きしめられたことは小さいころから何度もあるけれどジークはいつも包み込むように抱きしめてくれる。
そう、兄が妹を守るように。でも今はもっと切羽詰まったような……よくわからないけれど感情が高ぶったような……
むき出しの感情をジークにぶつけられたのは初めてだった。
私たちは全員学院長の待つ会議室に連れていかれた。
そして学院長、担任のエルトマン先生、学年主任のバスラ―先生付き添いのもと騎士たちに詳しい事情を聞かれた。後なぜかジーク、エル兄様、魔術のアルブレヒト先生も立ち会っていた。
事情聴取が終わると私たちはコースを外れたことについてこってりと叱られた。
その後で凶悪犯に対し、全員で協力して立ち向かえたこと、全員無事だったことを褒めてもらえた。
後日、凶悪犯が竜の森に潜伏し生徒が危険にさらされたことを騎士団からお詫びされ、犯人逮捕に協力してくれたと感謝の言葉をいただいた。
何かご褒美をくれると言ってもらえたので私たちは相談の上、アウレール様が竜の森の植物を研究する許可を貰えないかと聞いてみた。
アウレール様は自分がコースから外れたせいでみんなを危険にさらしたのにそんな資格無いと恐縮していたが、騎士団に申し入れた結果、月に一度アウレール様が尊敬していた植物学者に特別に師事できることになり一緒に採取するということで竜の森に立ち入る許可が出たのだった。
アウレール様は小躍りして喜んでみんなの手をぶんぶんと振って回っていた。
夏期休暇直前の魔術の授業の後、ジークが真剣な顔をして私に言った。
「大事な話がある。放課後三階一番奥のサロンに来てくれないか?」
私がジークと一緒に魔術の授業を受けるのもあとわずかだった。
ジークは夏期休暇後は竜との契約に備えその準備に入るため五年生のAクラスと一緒に授業を受ける。
ついにSクラスは私一人になってしまう。もちろん今までもジークと学ぶ内容が違い過ぎるので一緒に同じことをしていたわけではないが、授業終わりのジークとのお喋りの時間が無くなってしまうのは寂しかった。
放課後、サロンのドアをノックするとジークがドアを開けてくれた。
中に入るとソファーに促され私は腰を下ろした。
室内にはジーク以外誰もいない。
サロンにはお茶を入れたり軽食をサーヴしてくれる給仕がいるのだがその人もいなくて既にテーブルにはお茶とお菓子がセットしてあった。
ジークはドアをきっちり閉めた。
室内で男女が二人きりになる事も、ましてやドアを閉めてしまうことも婚約者以外はタブーとされているので私は戸惑った。
ジークと二人きりになる事は嫌ではないし緊張もしないがジークは普段そういうことに気を使う人だ。王太子なのだから当たり前だろう。
昨年の夏の夜、領地のお屋敷で夜中に二人きりで話をした時とは状況が違う。学院には人の目があるのだ。
去年の夏のことを思い出した私はハッとした。
あの時のような話をジークはするのかもしれない。それなら誰にも聞かれたくない状況を作り出すのは当たり前だ。
私は気を引き締めてソファーに座った。
暫く黙っていたが意を決したようにジークは話し出した。
「婚約者を決めろと言われているんだ」
ジークの言葉はすんなり私の中に入ってこなかった。
それほど想像していた内容と違っていた。
コンヤクシャ……ジークのお嫁さんになる人だ。王太子妃に、その後王妃になる人だ。
私が黙ったままでいるとジークは言葉を続けた。
「ヴィヴィが僕のことを兄のように思っているのは知っているよ。でも、僕は君と結婚したい」