表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/156

二年生(1)


 冬期休暇が終わる直前、トーマスのお姉さまは家に帰ってきたそうだ。


 友達の家にお世話になっていたと言ったそうだが誰にお世話になっていたかは言わなかったらしい。

 婚約者とも結婚すると言ったため、家出は無かったことになった。トーマスは釈然としなかったそうだが両親は喜び、婚約者に家出や婚約を止めたいと言ったことは教えていなかったのでそのまま結婚することになりそうだとトーマスは言った。納得はしていない口ぶりだったが。


 私たちは冬期休暇が終わる直前、トーマスからお姉さまが帰ってきたことと心配かけてすまなかったというお詫びの手紙を受け取った。

 詳細を聞いたのは学院に戻ってからである。


 



 学院に戻り、初々しい新入生を迎え私たちは二年生になった。


 新しい二年生の教室に入る。一年の最後の親睦会で親しくなったみんなと挨拶を交わした。

 このクラスは二年生までだ。三年生からはコースに分かれるためコースごとのクラスになる。


 そして二年生前期の目玉は何と言ってもクラス対抗戦だろう。


 クラス対抗戦はなんと竜の森で行われる。

 私たちは竜の森に初めて足を踏み入れるのである。


 と言っても竜の森は広大なので私たちは学院の南東にある門から比較的近い場所、危険が少ないエリアにしか入れない。



 


 前期初日のお昼休み。私たちはサロンを借りて昼食を取っていた。


 私たちがサロンを借りるのは珍しいが、今日はトーマスのお姉さんの話をほかの人に聞かれたくなかったためサロンを借りた。

 サロンに集まったメンバーは私、トーマス、カール、アリーのほかにヘンデルス様とリーネだ。


 ヘンデルス様とリーネはお茶会情報を集める過程で協力してもらっていた。もちろんトーマスに許可を取ってからだ。


「みんな、ご心配おかけしました」


 トーマスが頭を下げた。


「お姉さま、戻ってきて良かったわね」


 アリーの言葉にみんなが賛同し、トーマスは小さい声ながらもお姉さまが戻ってきた後の事情を話した。


「結局お姉さまはどこにいたのかを仰らなかったの?」


 リーネの言葉にトーマスは頷いた。


「今更なのかもしれないけれど……」


 アリーがお茶会について調べたことを話し始めた。


「近頃王都のお茶会で話題になっている商会があるそうなの」


「私も聞いたわ。その商会のご子息をお茶会に招くと令嬢が欲しがるような商品を格安で売ってくれるんですって。それにそのご子息が……お顔立ちが整っていて女性にもすごく優しい方でメロメロになってしまう方が大勢いらっしゃるそうよ」


 リーネが引き継いで話すとヘンデルス様が抗議の声を上げた。


「リーネ!まさか君もその男に……」


「ヘンデルス様、私は会ったことございませんわ。それにヘンデルス様より素敵な方なんていませんもの」


「僕もリーネより素敵な女の子なんて——」


「はいはい!惚気るのは後で二人で存分にやってくれ!」


 カールが見つめあう二人に割って入った。


「コホン、それで私トーマスのお姉さまが出席したお茶会に出席していたご令嬢に話を聞いてみたのだけど……」


 アリーがまた話を引き継いだ。

 そう、お茶会の出席者の一人がアリーのルームメイトのお姉さまだったので私と二人で話を聞きに行ったのだ。


「その商会、コズモ商会というらしいのだけど来ていたと言っていたわ。コズモ商会のご子息はハイディ・ビーガー様と相当親密そうだったと言っていたの……」


 アリーは申し訳なさそうに言った。ハイディ様はトーマスのお姉さまの名前だ。


 トーマスはショックを受けたようだったので私は急いで言った。


「でもお姉さまは帰ってきて婚約者と結婚すると言ったのでしょう?きっと最初はポーっとなっていたかもしれないけどお世話になっていたご友人に諭されて目が覚めたのではないの?」


「きっとそうよ。そんな商会のなよなよ男より婚約者の方が素晴らしい方だと気が付いたんだわ!」


 アリーも賛成意見を言ったが、私もアリーも商会の息子もトーマスのお姉さまの婚約者も見たことがあるわけではない。すべて想像だ。


 トーマスは考え込んでいるようだった。


「姉上が帰ってきて……すべて元通りになって……両親は喜んだけど僕はなんか釈然としないんだ……」


「姉さんが許せないとか?」


 カールの言葉にトーマスは首を振った。


「姉上の言葉が……僕は上手く言えないんだけど……本心じゃないっていうか……アーベル、あ、婚約者の名前なんだけど……アーベルに対しても愛情が感じられないっていうか……」


「でもお姉さまは婚約者と予定通り結婚するって仰ったんでしょう?」


「そうなんだ……だから僕の気のせいかもしれない」


 トーマスの声はだんだん小さくなっていった。私たちは彼が納得がいっていないことはわかったけれど、事態はもう収まっていてできることは何もない。


「お姉さまが結婚して幸せになれるといいわね」


 私が言うとトーマスは吹っ切ったように笑った。


「そうだね。アーベルは姉上のことをすごく大事にしていたからきっと結婚したら幸せになるよ」


 でもトーマスの勘は正しかった。この問題を放置してしまったことを私たちは後に悔やむことになるのであった。







 その後は平穏な日常が続き私たちはクラス対抗戦の日を迎えた。


 この日までに何とかグレーテ様とアウレール様と親しくなりたいと私たちは何度かコミュニケーションを取ろうとしたがすべて無駄に終わっていた。



 朝早く私たちは学院の最南東、竜の森の門の前に集結していた。


 これから竜の森に入るのだ。

 私だけでなくみんなの顔が期待で輝いている。

 今日は私たち女子も制服でなく動きやすいズボンを履いている。騎士コースの女生徒がするような服装だ。


 学年主任のヘンドリック・バスラ―先生から注意事項が述べられる。二組の担任の先生だ。


「君たちは今から竜の森に入る。入ったら渡した地図にあるルートを通り山の頂上にあるチェックポイントで印を押してもらいルートの通り戻ってくる。

 チェックポイントでは五組の先生が待っている。必ずクラス全員で到着すること」


「一人が途中でへばって脱落したらどうしますか?」


 一人の男子生徒が質問するとバスラ―先生はじろっとその生徒を見た。


「私は()()()()()()()()と言った。一人でも欠けたら失格だ。皆で協力してたどり着け」


 質問した生徒はしゅんとして「はい」と小さく答えた。




 私たちは門を通り竜の森に入る。


 門は五人の騎士が守っていた。すぐ近くに兵舎があり、常時十人ほどの騎士が駐在しているらしい。

 通常は三人の三交代制で門を警備していると聞いた。

 今日は生徒が竜の森に入るため、三人の王国騎士団の騎士のほかに二人の竜騎士が待機している。

 カール達はあこがれの眼差しで竜騎士を見ていた。







 竜の森に足を踏み入れる。

 と言っても入ったところは広場になっていて特に変わったところはなかった。


 一クラスに三個の信号筒が手渡された。

 これは誰かが怪我をしたり不測の事態が生じたときに使う魔道具だ。魔力を込めると空に打ち上がり赤い光が弾ける。

 この信号筒が打ち上がると騎士や教師が竜に乗って駆けつけてくれる。当然その時点でそのクラスはリタイアということになるが。


 まず五組と四組がスタートする。

 五組は東ルートを通り山頂でチェックを受けた後、西ルートを通って帰ってくる。

 四組は西ルートを通り山頂でチェックを受けた後、東ルートを通り帰ってくる。


 三十分空けて三組と二組がスタート、また三十分空けて私たち一組のスタートとなる。


 コースは崖や小川など数カ所難所があるそうだが危険な生物はいないらしい。

 もちろんコース外に出ることは禁止。竜は手出しをしない限りは人を襲わない。竜に近づくことも禁止だ。勝敗はタイムトライアル、スタートからゴールまでの時間で決められる。


 勝ったクラスはサロン貸し切りで豪華なディナーが用意される。

 それももちろん嬉しいが身体能力や協調性、困難に対する柔軟な発想やリーダーシップなどが評価されるためみんな真剣だった。



「みんな、気をつけてな」


 担任のエルトマン先生は平民で魔力は無いのでここでお留守番だ。



 エルトマン先生に見送られて私たちは出発した。




 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ