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一年生(27)——冬期休暇


 待ち合わせのカフェに着くと護衛二人は外で待機しハーゲンは私と一緒にカフェに入った。


 王都で今評判のこのカフェの一押しトロトロ半生チーズケーキなるものを一度食べてみたいというトーマスの要望でこの店に集まることにしたのだった。


 店に入ると奥の席に三人の顔が見えた。


「ごめんなさい、私が一番遅かったのね」


「大丈夫よ。お久しぶりですハーゲンさん」


 この三人はハーゲンと顔見知りだった。ハーゲンもにこやかに挨拶した。


「ハーゲンさんも座って下さいよ」


 カールの誘いにハーゲンは最初は固辞したがおじさんが立っているのは非常に目立つ。

 恐縮しながら席に着いた。


 運ばれてきたトロトロ半生チーズケーキは……


「!!美味しい!!」


「何これ!ふわふわしててトロッとしてて口の中で溶けちゃうのに濃厚な味わいが残って……」


 私とアリーが夢中になったのはもちろん、カールもハーゲンまでもが絶賛した。


「ほう……これはなかなかですな」


「外で護衛している人たちにも食べさせてあげたいわ」


 私はお店の人にお持ち帰りができるか聞いてみた。


 お土産としても販売しているとのことだったので護衛の人達、お兄様やお父様の分、自分の分まで購入した。カールやアリーも注文していたがふとトーマスの様子がおかしいことに気が付いた。


 もともとはトーマスが食べてみたくてこの店に来たのに彼はまだ半分もトロトロ半生チーズケーキを食べていない。珍しいことだ。


「トーマスどうしたの?調子悪い?」


 私が聞いても首を振るだけだ。


「何かあったのか?」


 カールが聞いても「いや……」と小さい声で答える。

 カールがトーマスの肩を叩いた。


「お前がスイーツを残すなんて十分異常事態だ。力になれるかはわからないけれど言って楽になるなら相談してくれよ」


「そうよ。ここで聞いたことは私たちは他言しないわ。もちろん言いたくなければ言わなくていいのだけど」


 アリーも心配そうだ。

 ハーゲンが「私は席を外しましょうか」と腰を浮かせかけたのをトーマスが止めた。


「ハーゲンさんが信頼できる人なのは十分わかっています……その……姉上が家出しちゃったんだ……」


「トーマスって姉さんがいたのか」


 私もトーマスの兄弟のことは初めて聞いた。カールも知らなかったらしい。


「うん。僕とは年が離れてて六つ上なんだけど……」


「お姉さまはどうして家出したの?」


 アリーの問いかけにトーマスはぽつりぽつりと話をした。


「姉上は婚約者がいて半年後に結婚する予定だったんだ。その婚約者は騎士団所属なんだけど今は遠方勤務で……次の夏に結婚式を挙げる予定だったんだ」


「その婚約者の方と上手くいってなかったの?」


 私の問いかけにトーマスは首を振った。


「僕には仲良さそうに見えたよ。彼が遠方勤務に就く前だけど」


「遠方勤務って?」


「竜の森の門の守衛勤務なんだ」






 この国の騎士団というのは三種類ある。


 一つ目は竜騎士団。

 トーマスのお父様は竜騎士団所属でカールやトーマスが目指しているのも竜騎士だ。

 その名の通り竜に乗って戦う騎士で有事の際に一番に出動する。トシュタイン王国が攻めてきたときばかりでなく滅多にないが魔獣が出たときにも出動する。五つの隊で構成されている。

 もちろん全ての騎士は貴族である。


 二つ目は王国騎士団。

 トーマスのお姉様の婚約者は王国騎士団所属らしい。

 王国騎士団の仕事は多岐にわたる。

 王族を守る近衛騎士、王宮を守る騎士、辺境や竜の森を守る騎士も王国騎士団だ。

 仕事内容により八つの隊に分かれている。

 貴族と平民の騎士は半々である。


 三つめは領騎士団。

 これは広大な領地を持つ高位貴族が独自に持つことを許されている騎士団で、ハーゲンはもちろんアウフミュラー侯爵家の領騎士団所属である。

 領騎士団はほとんど平民で構成されている。




 トーマスのお姉様の婚約者は遠方勤務に半年前になったものの二人は頻繁に手紙のやり取りをしており結婚式を楽しみにしていたらしい。


「それならどうして家出なんか……」


「僕が冬期休暇に入って王都に戻ってきてすぐぐらいかな、姉上が友人に誘われてお茶会に出かけたんだ……結婚したら彼について遠方に行くから今のうちに友達と遊ぶんだと言っていた」


 私たちは黙ってトーマスの話の続きを待った。


「そのお茶会から帰ってきた姉上はなんかポーっとしていて上の空だった。それから頻繁にお茶会に出かけるようになって……一週間前ぐらいかな。婚約を解消したいって言いだしたんだ。父上も母上も大反対で姉上は謹慎を言い渡された。そうしたら三日前に姉上が部屋からいなくなっていた……」


「お姉さまが出ていくところを目撃した人はいないの?」


「うちは使用人なんて大していないからね。誰も見ていない。僕も姉上も基本的には自分のことは自分でしていたから気が付くのも遅かった……」


「そう……心配ね」


「そのお茶会で何かあったんじゃないか?」


「うん、僕もそう思う」


「私、探ってみましょうか?」


 私が言うとアリーも同意した。


「私も聞いてみるわ。トーマスのお姉さまなら出ていたお茶会は爵位無しか下位貴族のお茶会でしょう?私の方が適任かもしれないわ」


「二人とも……ありがとう」


 カールはバー―ンとトーマスの背中を叩いた。


「ほら!トロトロ半生チーズケーキを食べて元気出せ!」


「うん」とトーマスはトロトロ半生チーズケーキを頬張り「美味しい……」と呟いた。





 みんなでカフェを出ようとした時、丁度入ってきた人とぶつかりそうになった。


 ハーゲンが咄嗟に手を引いてくれたのでぶつからずに済んだけど。


「失礼、綺麗なお嬢さん、足を痛めたりしていないかい?」


「あっ!こちらこそごめんなさい、大丈夫です」


 反射的に返答したけど、気障な物言いに背中がぞわっとした。


「パルミロったらそんな子相手にしていないで早く入りましょうよ!」


 鋭い声が聞こえたので横を見るとアンゲリカが立っていた。


「ごめんよ子猫ちゃん。やきもち焼いてくれたのかい?」


 と言って気障男はアンゲリカのおでこをピンと弾くと腕を組んで店に入っていった。



 私たちはポカ――ンとその様子を眺めていたが我に返ったカールが言った。


「何だったんだ?」


「女性の方はアンゲリカ・ウルプル伯爵令嬢よ。三年生」


 私が言うとアリーが納得したように言った。


「アウフミュラー侯爵家を出禁になった嘘つき令嬢ね」


「男の方は?気障ったらしいヤツ」


 カールの問いかけに私は首を振る。


「見たことないけど一度学院でアンゲリカ様がお金持ちで素敵な彼ができたって自慢しているのを聞いたことがあるわ。その人じゃないかしら」


 アリーも続けて言った。


「私も聞いたことがあるわ。凄いお金持ちの商人だって。相手は平民だから珍しいなと思ったの」



 貴族と平民が結婚するのは珍しくない。爵位持ちでなければ。

 平民でも裕福な生活をしている人はいるし、教養の高い人も地位の高い人もいる。

 しかし爵位持ちの貴族は貴族間での婚姻を望む。ひとえに魔力の保持のためだ。


 爵位がなければ平民と結婚しても生まれた子供が魔力が無ければ平民になればいいし魔力があれば貴族になる。

 しかし爵位持ちは領地を治めなければならない。その為には竜の契約者である必要がある。

 なので爵位持ちは魔力がより高くなることを望む。


 そのためカールのように魔力が発現した平民を養子に迎えたりするのだ。


「お金持ちの商人か……なんとなくだけどいけ好かない奴だな」


 カールが言ったその横でハーゲンが呟いていた。


「商人?でもあの身のこなしは……気のせいか……?」






 

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