一年生(24)
後期の授業が始まった。
魔術の授業とかは大変だけど夏季休暇の事件が衝撃過ぎて、その時に聞いた十一年前の事件が衝撃過ぎて、平穏な学院生活で私はすっかり呆けていた。
呆けていたが何も事件は起こらず学院は平和だった。
もちろんジモーネ様たちは相変わらず意地悪だったけど。夏季休暇前の一件以来表立って突っかかってくることは無かった。
一度噴水広場でアンゲリカ様を見かけた。
お父様が私のお父様と従兄弟で昔アウフミュラー侯爵家を出禁になった令嬢だ。
確かジモーネ様のお姉さまのグループだったと思う。
アンゲリカ様は隣の女の子に夏季休暇で素敵な男性と出会ったと自慢していた。
「うふふ。彼は顔もスタイルも抜群なうえに物凄いお金持ちなの。うちの借金もポンと返してくれたのよ。あらやだ、うちの借金は私たちのせいじゃないのよ。ここだけの話なんだけどアウフミュラー侯爵家に意地悪されていたの。ほら一年に庶子がいるじゃない。彼女が裏で手をまわしたのよ。まあそんなことはどうでもいいわ。彼ったら夏中私をデートに誘ってくれて贈り物もね……」
アウフミュラー侯爵家に意地悪されたというくだりでイラっとしたがいかにも彼女が言いそうなことだ。私と関係のないところで幸せになってくれたらそれでいい。学年も二つ違うので滅多に会わないだろう。私はそれっきりアンゲリカ様のことは意識の外に追い出した。
後期の授業が始まってひと月、今日から三日間は後期最大のイベントと言ってもいい。
といっても私たちが何かをするわけではない。最上級生の五年生が今日から竜の森に入るのだ。
成竜になる前の竜はこの時期に繭を作る。繭がどんなものかはわからない。五年生になった時に見ることができるだろう。
森に入った五年生は自分の唯一の竜を見つける。竜の森は物凄く広大でその中から繭を見つけるのは大変らしい。繭を見つけたら契約を交わす。そのやり方も五年生になって初めて教えられる。
契約を交わしたら自分の竜に乗って大抵はまず親元に挨拶に行く。
その後学院に戻ってくる。
五年生は卒業まで最後の三か月は竜と共に過ごし隊列を組んでの飛行訓練や竜に乗りながらウォンドを使う訓練などを行う。
みんなこれからの三日間、一番最初に戻ってくるのは誰だろう?誰が何色の竜に乗っているだろう?と興味深々なのだ。特に上の学年に兄妹がいる者は空ばかり見上げている。
この時期授業に身が入らないのは毎年の事なので先生も苦笑しながら見逃してくれる。
竜が飛んで来たら学院の南東にある竜場——竜の厩舎や餌場、訓練場がある広大な広場——まで見に行くことも許されている。柵の外からではあるが。
三日後、全ての生徒が竜に乗って帰ってきたらしい。
三日間分のキャンプの装備や訓練をして竜の森に入ってはいるが先生たちもホッと胸をなでおろしていた。
私たちはこの三日間、空に竜が見えると竜場に向かって駆け出していた。
今年は赤竜が二頭、青竜が七頭、緑竜が二十二頭、黄竜が二十頭だった。
二日目の夕刻、竜場に帰ってきた青竜にはリーゼロッテさんが乗っていた。
私たちは一生懸命手を振った。リーゼロッテさんも気が付いて振り返してくれた。
三日目、青竜に乗って帰ってきたゲルトルート様を見てジモーネ様が叫んだ。
「ウソ!!お姉さまが赤竜じゃないなんて!何かの間違いだわ!!」
赤竜に乗っていたのはどちらも伯爵家の令息だ。ジモーネ様は我慢が出来なかったのだろう。
ゲルトルート様は真っ赤な顔をして二人の伯爵家令息を睨んでいた。
「別に何色だっていいのにね」
アリーが言った。
私もそう思う。竜騎士になりたい人は気にするかもしれないけどそうじゃなければ実生活には関係ない。
なにしろ自分だけの竜だ。
夏季休暇で出会った矢で傷ついた竜も子竜のルーナも愛おしかった。
自分だけの特別な竜ってどんな存在なんだろう。
早く私だけの相棒に出会いたかった。
冬期休暇、一年生の終わりを半月後に控えたある日、唐突にカールが宣言した。
クラスで受ける座学の始まる前だった。
「もうすぐ俺たちは一年生を終える。でも俺はクラスのみんなと仲良くなっていない。クラスの親睦会を開かないか?」
クラスの人数はたった十人。でも仲良くなったのは三人だけ。
私は一年の最初の自己紹介を思い出した。
「はい!私は賛成です!皆さんと仲良くなりたいわ」
私の次に声を上げたのは驚いたことにヘンデルス様だった。
「僕も賛成だ。二年生ではクラス対抗戦もある。クラスが団結する必要があるだろう」
他の人達も頷いている。
「じゃあ、来週の——」
カールが言いかけたときにグレーテ様が立ち上がった。
「私は遠慮させていただきます」
それだけ言って彼女は着席した。
「え!?待ってくれよ!みんなが参加しないと——」
カールが言い募るともう一人男子が立ち上がった。
「僕も遠慮する」
彼はアウレール・パシュケ。眼鏡をかけた小柄な男子だ。
私は彼が誰かと話しているところをほとんど見たことがない。いつも一人で本を読んでいた。
十人の内二人も脱落者が出てしまった。
みんなどうする?と顔を見合わせているうちに先生が入ってきて授業が始まってしまった。
授業後、残った八人で集まった。
「どうします?」
アリーの言葉にカールが答えた。
「俺はやりたい」
「そうだな。まずはこの八人で仲良くなってその後あの二人に声をかけよう」
ヘンデルス様が賛成した。
みんなも頷いたので一週間後、サロンで親睦会を開くことにした。
「そこでみんなに提案なんだけど」
カールが「コホン」と咳払いをして続ける。
「もちろんみんなで集まってお茶を飲みながら話をするのも楽しいんだけど」
「私、美味しいケーキを取り寄せるわ」
私の言葉に女性陣とトーマスが喜んだ。
「ヴィヴィ、ありがとう。それはそれとして、二人一組で芸を披露するっていうのはどうかな?」
「「「芸!?」」」
「私、芸なんて何にも持ってないわ」
アリーが言うとパウリーネ様も同意した。
「私もですわ。人様の前で披露できる芸なんて……」
カールは慌てて言った。
「そんな大層なものでなくていいんだよ。歌でもダンスでも」
女性陣が腰が引けているのに対し男性陣はノリノリだった。
賛成多数で芸を披露することが決まりくじ引きでペアを決めることになった。
そうして決まったペアはカールと子爵令息のヨアヒム様、トーマスとヘンデルス様、アリーと男爵令息のエーリク様、そして私とパウリーネ様だった。
クラスメートの男子の名前、変更しました。
ヘンドリック・ロットナー→ヘンデルス・ロットナー