一年生(23)——夏期休暇
一週間ほどで侯爵邸は落ち着きを取り戻した。
犯人が脱獄した際大怪我を負った騎士たちも順調に回復してきており話を聞ける状態になったそうだ。
私は教えてもらえなかったけど。
脱獄した犯人たちはこの領地にはもういないらしい。領騎士団による捜査が行われ、脱獄の次の日、乗合馬車の馬が二頭盗まれているのがわかり、その後領境の山で隣のウルプル伯爵領方面に向かう二頭の馬が目撃された。馬は街道ではなく足場の悪い山道を走っていたらしい。領騎士団が懸命の捜索をしたが足取りはつかめなかった。
お父様とフィル兄様は王都に戻った。
今後はこの事件は王宮預かりとなり犯人は国中に指名手配されるそうだ。
フィル兄様は王都に戻りたくないと暫くごねて私をぎゅうぎゅう抱きしめ冬期休暇は王都に戻ってくるようにと念押ししてお父様と帰っていった。
お父様が帰る前の日、ハーゲンが騎士団長を辞任した。
私たちは必死で止めた。謹慎中のラルスとフェッツも駆けつけて泣きながら懇願したがハーゲンの決意は固かった。
「止めていただけることはとても嬉しいです。しかし今回の事は私の落ち度です。後任のヴェルナーはしっかりした男です。私より上手く騎士団を纏めていってくれるでしょう」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
私は謝ることしかできなかった。私の無茶がハーゲンを辞任に追い込んだ。
ハーゲンは腰を屈め私と目を合わせて優しく言った。
「ヴィヴィ様のせいではありません。私の最大の落ち度は捕獲した犯人を甘く見た事です。そのせいで三名の騎士が命を落としても不思議ではないような大怪我を負い犯人に逃げられてしまったことです」
それでも……わたしが犯人はトシュタイン王国の人間だと早く告げていれば……
「ヴィヴィ様、団長は辞任しますが旦那様の恩情で騎士は続けていけることになりました。今後は一騎士としてよろしくお願いいたします」
最後にハーゲンがいつもするように優しく頭を撫でてくれた。
私たちはようやく外に出かけることが解禁となり、アリーが言っていたピクニックに出かけた。
カールやアリー、トーマスもお屋敷から出られなくても一言も不満を漏らさず、逆に私の気分を引き立たせるように面白い話をしてくれたりボードゲームに誘ったりしてくれた。
感謝を込めて私はみんなにサンドイッチを作ることにした。
食べられるかって?大丈夫。私は領地に住んでいた二年半、お屋敷のシェフに料理の手ほどきを受けていたのだ。フィル兄様に焦げたクッキーを食べさせたのは内緒だ。
今回はシェフが傍で見守っていてくれた(監視ともいう)からちゃんと食べられるものが出来た。
途中でアリーが「私も手伝うわ」と厨房に顔を出し、二人でキャーキャー笑いながらサンドイッチを作った。
一つだけこっそり忍ばせた激辛のサンドイッチをよりによってジークが引き当ててしまい涙目になりながら水をがぶ飲みしていた。
ジークはあの夜以来気持ちが落ち着いているみたいだ。ただ私といるときはジークの一人称が私から僕になる事が増えた。
私の『ジーク』呼びも最初みんなは驚いていたけど夏季休暇の終わるころには慣れてきたようだった。
ピクニックはとても楽しく憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれた。
その後も私たちは夏季休暇を楽しんだ。
楽しかったけどふとした折に今回の事件や十一年前の事件のことが頭をよぎりジークの心情やフィル兄様、お父様の気持ちなど考えてしまって眠れなくなることはあった。
そして抱いてしまった疑問……それについては気持ちに蓋をしていた。
私が偶に眠れなくなることはマリアだけは気づいていて何かとフォローしてくれていた。
私は表面上は残りの夏季休暇を大いに楽しんだ。
そして夏季休暇も終わり私たちは学院に戻ってきた。