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一年生(21)——夏期休暇

十一年前の事件。

今話と次話で暗い話は終わります。


 私は部屋に戻るとフィル兄様に聞きたいことがあると切り出した。


 そうして二人でソファーに座りマリアが入れてくれたお茶をすすっているのだけど……


「フィル兄様、あの……」


 そう言ったきり私は話を切り出せないでいた。

 私が聞きたいのは十一年前の事件の詳細。

 でもそれはフィル兄様のお母様が亡くなった事件。詳細はわからないけれどその事件で命を落としたことは知っている。


 フィル兄様に初めて会った時、フィル兄様はお母様を思うあまり私を疎んでいた。

 当時はわからなかったけど今ならわかる。

 そして今は可愛がってもらっているけどお母様に対する愛情が薄れたわけではないのも知っている。

 フィル兄様はクールとか言われているけどとっても愛情深い人だ。十一年前の話を聞くことは昔の傷を抉ってしまうかもしれない。でも私は事件の詳細を知りたかった。そしてフィル兄様以外の誰に聞いたらいいのかも思いつかなかった。


「どうしたの?ヴィヴィ」


 私がためらっているのを見てフィル兄様は不思議そうな顔をした。


「僕に聞きたいことがあったのだろう?何?言ってごらん」


 それでも口を開きかけまた閉じるという行為を何度も繰り返す私を見てフィル兄様は私の手を握り目を合わせた。


「僕に答えられることなら教えてあげるよ。言ってごらん?」


「十一年前の事件について教えて欲しいです……」


 私の言葉にフィル兄様は目を見張った。

 小声で独り言を言っている。


「なぜ今?……ああ、今回トシュタイン王国の関与があったからか……ではジークが?……言うわけないか?……」


 フィル兄様が考え込んでしまったので私は急いで言った。


「あ、あの、フィル兄様が話したくなかったら無理しないでいいんです。ごめんなさい!」


 フィル兄様は私に微笑んだ。


「いいよ。僕がわかる範囲だけど。当時僕は九歳だった。同年代の子供よりは大人びていたつもりだけど知らされていないこともあると思う。後になって調べて知ったことも多いしね」


 フィル兄様はソファーにもたれかかり目を閉じた。当時を思い出すように……


 そうしてゆっくりと話し出した。


「王妃様の——僕にとっては叔母上の——部屋で爆弾が爆発し叔母上も、生まれたばかりの第二王子も部屋にいた大勢の人が亡くなった。それは知ってる?」


 私は頷いた。


「叔母上は優しくて可愛い人だったよ。僕の母上は凛とした雰囲気の人でしっかり者の母上を父上がよく揶揄って母上が照れたり拗ねたりするのが可愛くて……」



「ごめん、話がそれちゃったな」


 私は首を振る。小さいころ王都のお屋敷で見た『お母様』の肖像画。憧れたその人のことを知ることができるのは嬉しかった。


「爆弾を持ち込んだ犯人はブリギッテ・プライセル侯爵令嬢。当時の序列二位の侯爵家の令嬢だ」


 フィル兄様は厳しい顔で言った。今現在プライセル侯爵家というのは存在しない。


「そうだな……原因は先代の国王の時代からあったと僕は思っているんだけど……」


 

 フィル兄様が話してくれたことはフィル兄様が調べたことだ。

 だってフィル兄様が生まれる前のことだから。十一年前の事件もそうだけど先代国王の時代にあった出来事もまだ当時の傷が癒えていない人も多く大っぴらには語られていない。




 先代国王には子供が二人いた。代々ヴェルヴァルム王国の王室に子供の数は少ない。その原因の一つとして国王が側妃を娶りたがらない、ということがある。竜神の末裔である王家はつがい意識が強い。

 現在の国王は側妃が一人いるが、これはジークしか跡取りがいないうえに王妃様が亡くなってしまったので家臣たちに言われやむなく娶ったものだ。


 隣国のトシュタイン王国では国王も王子も側妃や妾を山ほど娶り国王は沢山の王子たちの中から一番の手柄を上げたものを次期国王に指名するという。


 我が国と違い過ぎるその制度に吐き気がするが我が国の王族が少ないことは不安材料だ。

 それでも王家の封印には加護がある。十一年前のように封印前を狙われては防げないが王家の子供は加護によって成人までは守られている。それによって細々と王家は続いていた。




 話を戻すと、先代国王には二人の子供がいたが遅くに生まれた王女は生後十か月ほどの時に誘拐されてしまう。

 誘拐したのはトシュタイン王国の手の者だ。しかし王女はトシュタイン王国にわたることは無かった。

 王女を乗せた馬車が谷底に転落したためだ。


 国王と王妃はそれはそれは悲しんだが王太子は健在だった。王妃はもう新しい子供は望めなく国王は側妃を娶ることを拒否したため王太子が早く結婚し子供を授かることが求められた。


 決定した王太子の婚約者はブリギッテ・プライセル侯爵令嬢。プライセル侯爵という人は野心満々の人物でアウフミュラー侯爵家をしのいで序列一位、更には新しい国王の外戚として権威を振るうことを夢見ていた。ブリギッテも気位が高く傲慢な性格だった。


 王太子と婚約者の間は始終ギクシャクしており王太子は癒しを求めて下位の令嬢と恋仲になってしまった。

 ブリギッテはそれを許せず令嬢を苛めぬく。そんな折馬車の事故でその令嬢が命を落とした。ブリギッテの策略だと言われているが真相はわからない。

 問題は絶望した王太子が自殺してしまったことだ。


 これにより王家の子供はいなくなった。

 そしてその時国王は病に侵されていた。

 死期を悟った国王は甥のヘンドリックを養子とし王太子にした。


 ヘンドリックは先々代国王の弟、ゴルトベルグ公爵の嫡男だったがヘンドリックには幼い弟がいた。

 ヘンドリックを王太子にしてすぐ国王は崩御、ヘンドリックは国王に、妻のユリアーネは王妃となった。ジークのお父様とお母様だ。



 宙に浮いたブリギッテは暫く荒れていたようだが、国王に第一王子、ジークが生まれて四年ほど経つと王宮で働きたいと申し入れがあった。


 先の王太子の婚約者で王太子の自殺により宙に浮いてしまった令嬢の申し出を王宮は拒否できず、異例ながら王太子ジークハルトの侍女、お世話係としてブリギッテを雇うことにした。


 しかしプライセル侯爵家はトシュタイン王国と通じていた。

 序列二位は国王とアウフミュラー侯爵家に妹を嫁がせたビュシュケンス侯爵家にとって代わられ我慢がならなかったプライセル侯爵はトシュタイン王国の貴族の地位とブリギッテを正妃に据えるという第二王子ヴァスコの甘言に乗り王宮内での爆破事件を目論んだ。


 ブリギッテの王宮勤めはそのための布石だった。






 思ったよりも根の深い話だ。淡々と語られるフィル兄様の口調に私は引き込まれていた。


 二人領地で暮らしていた時もフィル兄様はこうして私にいろいろな事を教えてくれたのだった。




 




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