一年生(20)——夏期休暇
バタバタバタ———
しーん……「コホン」
トントン
しーん
トントン
しーん
ドンドン!
「うーーー!誰?」
ガチャ。「ヴィヴィ!入るぞ!」
夜更かししたせいで寝坊した私が起きるのとその人が部屋に入ってくるのは同時だった。
目を擦りながら起き上がった私はいきなりぎゅっと抱きしめられた。
「ヴィヴィ!心配したんだ!怪我はしていないか?痛いところはないか?」
ギューギュー抱きしめられているので息もできないし声も出せない。
私はバンバンと背中を叩いた。
「ぷはっ!苦しいです!フィル兄様どうしてここへ?」
「ヴィヴィが誘拐されたって連絡が入って父上と急いで竜に乗ってきたんだ。無事でよかった」
フィル兄様はやっと放してくれたけど今度は頭とか腕とかを撫で繰り回している。
怪我がないか調べているんだろうけどその手が淑女として恥ずかしいところに伸びる前に私は急いで言った。
「フィル兄様、怪我はありません。心配かけてごめんなさい」
部屋にマリアが入ってきた。
「おはようございます、ヴィヴィ様。お着換えをいたしましょう」
そうしてなんだか複雑な目でマリアを見ていたフィル兄様はマリアに部屋の外に追い出された。
着替えや洗顔を済ませ私が部屋の外に出ると待ち構えていたフィル兄様は私を抱き上げた。
お姫様抱っこじゃなくて子供を抱くみたいに縦抱きです。
私を抱き上げたまま食事室に向かう。
「ヴィヴィ、お腹空いただろう?一緒に朝食を食べよう」
食事室には皆が揃っていた。
ほとんどの人は食事は済んでいてコーヒーや紅茶を飲んでいる。
寝坊した上にフィル兄様に抱かれて登場した私は物凄く恥ずかしかった。
「フィル兄様、あのっ降ろしてください」
「駄目だよ。ヴィヴィはまだ疲れが取れていないかもしれない。二~三日は僕が運んであげる」
だって……カール達の目が点になってます……ジークは複雑な顔をしているし、エル兄様は笑いをこらえてます……ほらあんなに肩が震えてる……
「だ、大丈夫!もう疲れは取れました!ものすっごく元気です!」
でもフィル兄様は私の言葉を無視して椅子に座った。私を抱いたまま……
「フィリップ、ヴィヴィを降ろしなさい」
呆れたようにお父様が言った。
「でも父上、僕はまだヴィヴィを堪能してません」
「降ろしなさい」
フィル兄様は渋々私を降ろしてくれた。
私はやっと落ち着いて食事をすることができたけど……堪能って何?ねえ堪能って……
朝食が終わると昨日の事件の後処理でお父様は忙しそうだった。
私はもう一度話を聞きたいからお父様の執務室に来るように言われた。
カールが私のところに来て言った。
「ヴィヴィ、エルヴィン様がお屋敷の中や庭園を案内してくれるって言うから俺たち行ってくるな」
昨日の今日で外に行くのは難しいけれど、このお屋敷の中や敷地内なら歩き回ってもいいらしい。
せっかく遊びに来てくれたのに不自由をさせてしまっている。申し訳なくてそう言うとアリーは私をぎゅっと抱いた。
「そんなことないわ。落ち着いたらのんびりピクニックに行かない?」
「いいわね!それ。私サンドイッチ作るわ」
カールが顔をしかめた。
「それ、食えるのか?」
「失礼ね!食べられるわよ。多分……」
三人が噴き出した。
ああ、この三人が友達で本当に良かった。
みんなをエル兄様に任せ、私はお父様、フィル兄様、ジークとお父様の執務室に向かった。
誘拐されていた時の話をもう一度お父様とフィル兄様の前で繰り返す。
重体の騎士たちは峠は越えたそうだけどまだ目覚める、ましてや話を聞けるほど回復するのは時間がかかるそうだ。
トシュタイン王国の関与がわかったけど立証するのは難しそうだ。
トシュタイン王国の話が出たときに私はそっとジークの様子を窺ったけどジークは落ち着いていた。
その後『坊ちゃん』フランクさんとリーゼロッテさんが連れてこられた。
部屋に入るなりフランクさんはギョッとしてぶるぶる震えだしたけどリーゼロッテさんは青い顔をしながらもしっかり挨拶した。
「君は五年生のリーゼロッテ・シュトイデル嬢だね」
え?学院生?リーゼロッテさんの堂々とした剣捌きから学生とは思わなかった。
「はい、殿下」
リーゼロッテさんの『殿下』と言う言葉を聞いてフランクさんが気絶しそうになってる。
こんなに小心者なら悪事に加担なんてしなきゃいいのに。
「ルードルフ、彼女は五年生の中で騎士コースではトップの成績なんだ」
「いえ、全学年で考えれば私はエルヴィン様に敵わないと思います。もっと精進して強くなって見せますけど」
ジークがリーゼロッテさんを褒めた。リーゼロッテさんは謙遜してたけどわずかに頬が赤い。
「リーゼロッテ嬢、私の娘を守ってくれたようだね。ありがとう」
お父様がお礼を言うとリーゼロッテさんの頬はますます赤くなった。
あ、私もお礼を言っていない!私は急いで頭を下げた。
「リーゼロッテさん!本当にありがとう」
「君はシュトイデル家の娘だね」
「はい。父はヒルデンスの役場の副所長をしています」
お父様の質問にリーゼロッテさんが答える。リーゼロッテさん。うちの領の人だったんだね。
リーゼロッテさんには感謝の言葉を伝えたけど、フランクさんにはお父様は厳しい顔をした。
それはそうだ。フランクさんは密輸の片棒を担ごうとしてたんだもの。
結局フランクさんは役場の警吏に引き渡されて罪を償うことになった。
誘拐に関しては知らなかったのでその辺は情状酌量されるみたいだけど。
警吏の人が引き取りに来てフランクさんはは項垂れながら出て行った。
慰めるようにリーゼロッテさんに背中をバンバン叩かれながら……
私も話がすんだので一旦部屋に引き上げることにした。
ジークはお父様ともう少し話があるようでフィル兄様が私を部屋に送っていくと言い出した。
いや、別にお屋敷の中の自分の部屋に戻るくらい一人で出来るんだけど……
でもフィル兄様に聞きたいことがあったので今回はエスコートをお願いした。