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ルードルフの告白


 王宮の宰相執務室にノックの音が響いた。


「どうぞ」


 ルードルフは書類にサインをしながら返事をしたが入ってきた人物をチラッと見てほかの文官たちにしばらく出ていくように言った。


「あ、フィリップは残ってくれ」


 ルードルフは少し迷ったがフィリップには話を聞かせることに決めた。

 フィリップは学院を卒業して三年、今はルードルフの執務を補佐する文官として王宮に勤めている。

 ヴィヴィに対する拒否や一転しての溺愛。どちらかに振り切ってしまうフィリップの性格に少し危惧を覚えるが次期当主としてそろそろかかわらなければいけないだろう。


 仕事を一段落して応接セットに向かう。


 ソファーに座り優雅にお茶を飲む相手と向かい合って座った。


「久しぶりだな。まあ、そろそろ来るだろうなとは思っていたが」


 ルードルフの声に続きフィリップも頭を下げた。


「伯父上、ご無沙汰しております」



 挨拶された人物はフィリップに向かって「元気そうだな」と微笑んだ後ルードルフに向き合った。


「あの子の正体は何だ?」


「いきなりだなアルブレヒト。あの子とは?」


 訪問者の正体はアルブレヒト・ビュシュケンス。序列二位の侯爵家当主である。

 もっとも今は正体を隠してヴァルム魔術学院で魔術の講師をしているが。






 かつてアルブレヒトには二人の美しい妹がいた。上の妹はアルブレヒトの友人の筆頭侯爵家アウフミュラー家の嫡男ルードルフに嫁ぎ、下の妹はゴルトベルグ公爵家嫡男のヘンドリックに嫁いだ。


 下の妹が嫁いですぐヘンドリックは次期国王となり妹は王妃になった。

 そのおかげで侯爵家の序列で下から二番目だったビュシュケンス侯爵家は序列二位になった。


 アルブレヒトは妹を使って成り上がったとかいろいろ言われたがどうでも良かった。妹たちと伴侶の仲は良好で二人とも幸せそうだったからだ。

 大体侯爵家はこの国のほんの一握りの貴族の中の更に一握りの存在だ。その序列が二位だろうが六位だろうが大差はない。


 アルブレヒトは二人の妹が良き伴侶を得られて喜んでいた。

 あの時までは……


 十一年前、トシュタイン王国の陰謀により下の妹、ユリアーネ王妃が命を落とした。生まれたばかりの第二王子と共に。

 そしてその陰謀を暴く過程で上の妹クラウディアも命を落とした。今アルブレヒトの目の前にいるルードルフの妻である。

 その陰謀に一矢報いたルードルフは暫くの間国政の表舞台から姿を消した。宰相に返り咲いたのはほんの三年ほど前だ。


 その事件の後アルブレヒトも表舞台から姿を消した。アルブレヒトと妻には子供が出来ず親戚から養子を迎えた。昨年学院を卒業した息子は現在領地経営を学んでいる。


 アルブレヒトと妻は幼馴染で妻も二人の妹をとても可愛がっていたため二人の死後は社交界に出る気にもなれず隠居生活のような暮らしをしていたが、三年前アルブレヒトは正体を隠してヴァルム魔術学院の講師になった。

 下の妹の忘れ形見ジークハルトに魔術を教えるためだ。


 ジークハルトは歴代の王族と比べても魔力の多い方である。

 封印の解除と魔力測定でそれが判明するとルードルフからアルブレヒトに依頼が入った。


 そしてアルブレヒトは甥のために学院の講師になる事にしたのだった。

 ジークハルトは十一年前の事件でトラウマを抱えており心配だったということもある。



 そして今年——


 ルードルフの娘だというヴィヴィアーネが入学してきた。

 あれほど妹を溺愛していたルードルフに隠し子がいたことも信じられなかったがヴィヴィアーネの魔力量は異常だった。

 妹の子ではないルードルフの娘。アルブレヒトは複雑な気持ちでヴィヴィアーネを指導していたのである。






「ヴィヴィアーネだよ、わかっているだろう。あの子の魔力量は桁外れだ。お前の娘だとしてもな。母親は誰だ?」


 アルブレヒトの問いかけにルードルフは一呼吸おいて答えた。


「ヴィヴィアーネは私の娘ではない」


「なっ!?父上?」


 反応したのはフィリップだった。


 アルブレヒトは「やはりな」と納得したようだった。

 アルブレヒトは周りを見回す。もちろん防音の結界は張ってあるがそれでも心配になったのだろう。


「ではあの子は誰の子だ?」


「今から話すことは国王陛下、ジークハルト殿下、私、そしてあの子の母親しか知らないことだ」


 そういってルードルフはヴィヴィアーネとの出会いを語った。


「平民の子供?信じられないな。あの魔力量は平民の突然変異とかでは説明できない。それなのに五歳まで発覚しなかったことも信じられない」


 アルブレヒトは困惑しているようだった。


「だからこそ私が養女にしたんだ。ヴィヴィが引き起こした魔力暴走は五歳の子供が起こせる規模ではなかった。ヴィヴィの出生には謎がある。彼女を守るには私の養女にするのが最適だと思えた」


「まあそうだな。侯爵家の娘だとすれば魔力量が多いことも納得されやすい」


 アルブレヒトは一応納得いったようだった。謎は一つも明らかになっていないがルードルフの行動は理解できたようだ。


 

「ヴィヴィと僕は血がつながっていない……?」


 フィリップは未だ茫然としていた。彼の中で母親を思うあまりヴィヴィを拒絶したことも、その後妹だからと溺愛したことも上手く折り合いが付けられないようだ。


「フィリップ、経緯はどうであれヴィヴィはお前の大切な妹だ。そしてヴィヴィはこの事実を知らない。五歳前の記憶をなくしているんだからな。そのことを忘れるな」


「はい、父上」


 内心はともかく表面上はフィリップはしっかりとルードルフの目を見て返事をした。






「ヴィヴィの母親はわかっている。父親はヴィヴィが四歳の時に失踪している。この父親が謎を解く鍵だと私は思っているんだ」


 ルードルフは今まで調査した報告書を二人に見せた。


「やはり父親が鍵だな。失踪もしくは竜巻に巻き込まれたか……」アルブレヒトは呟いた。


「父上、母親はマリアとありますが?」


「ああ。ヴィヴィの専属メイドのマリアだ」


 フィリップは驚いた。今までヴィヴィとマリアを見てきて母娘だと感じたことは一度もない。

 ヴィヴィは記憶を失っているがマリアは終始徹底してメイドとしてヴィヴィに接しているのである。

 もちろんマリアがヴィヴィを大切に思っていることは感じていたがメイドとしての範疇を超えるものではない。マリアというメイドの精神力に感嘆した。


 改めてマリアというメイドについて考えてみるとその印象は極めて曖昧だ。


 常にヴィヴィのことを考えて補佐する優秀なメイドだというのはわかる。

 外見は……眼鏡をかけていた。髪の色は……金髪?顔は……整っていたよう……な?


「父上、マリアとヴィヴィはあんまり似ていません……よ……ね?」


 あまり自信がない。マリアの印象が曖昧だからだ。ヴィヴィは人目を引く正真正銘の美少女である。

 まあ、メイドの容姿をじっくり眺めたことがないのは当たり前かとフィリップは結論付けた。


「多分ヴィヴィは父親に似たのだろうな」


 とこちらも自信なさげにルードルフが答えた。


「父上、ジークはいつからこのことを知っていたのですか?」


「最初からだよ」


 フィリップの疑問にルードルフは答えた。


「ヴィヴィの魔力暴走を鎮めたのはジークハルト殿下だ。あの子を最初に保護したのは殿下だからな」


 ルードルフの答えにフィリップは複雑な表情を浮かべた。

 その嫉妬するような表情を見てルードルフはフィリップに秘密を打ち明けたのは時期尚早だったかと思ったが、フィリップにはどうせ打ち明ける必要がある。この事実を彼の中でちゃんと消化してくれることを願った。



 その後、新しい調査の結果がわかったらアルブレヒトにも連絡することを約束して会談はお開きとなった。






 




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