一年生(12)——夏期休暇
次の日、私たちはニコお勧めの曲芸団を見に行くことにした。
昨日一日騎士たちは密猟者のことを調べまわったが手がかりが掴めず今日は人数を減らして通常業務にも戻ると言っていた。
護衛も二人出すとハーゲンが言ってくれたので街へ出かけることにしたのだった。
街の広場に大きなテントが建っている。その周辺ではジャグリングや不安定な板の上で逆立ちをする曲芸師などがいて人々の興味を煽っていた。
入場券を買ってテントの中へ。階段状に組まれた座席の中央辺りに四人並んで腰かける。
二人の護衛騎士は私たちのすぐ後ろに座った。
「付き合わせちゃってごめんね」
私が騎士に話しかけると彼らはにこやかに返してくれた。
「俺も一回見たかったんです。ワクワクしてます」と言ったのは新人のラルス。
「おい、仕事だぞ。気を抜くなよ」と言ったのはもう少し年上のフェッツ。
「了解でーす!」
「お前ってやつは……ヴィヴィ様、俺たちも楽しんでいるので気を使わないでください」
テントの中で繰り広げられる様々な曲芸は楽しかった。
空中に張られた一本の綱を目隠しで渡る曲芸にはドキドキしたし、綺麗な衣装を着たお姉さんたちがカラフルな棒や球をジャグリングするのには拍手喝采した。可愛いワンちゃんたちが愛らしい芸を披露するのにはほっこりした。
「さてお次は弓の名手が芸を披露いたします!」
司会の男の人の声で登場したのは厳つい男の人。
一見怖そうな男の人は恭しく挨拶した。
舞台の端に大小の風船を括り付けた板が登場した。
男の人は板と反対側の舞台の端に行くと矢継ぎ早に弓を射た。
瞬く間に風船は割れていく。
「次はもう少し難易度が上がります」
今度は男の人が目隠しをした。
目隠しをしてもその人は難なくすべての風船を割った。
カールは手を叩いて大興奮している。
「最後にお客様にも協力していただきましょう!」
司会の人が声を張り上げた。
「ご協力していただける方はいらっしゃいますか?」
司会者の問いかけにカールははいはい!と手を上げた。
司会者はぐるりと観客席を見回した。
「そちらの元気よく手を上げているお坊ちゃん……の隣のお嬢ちゃんはいかがでしょう?」
え?私?
後ろの護衛騎士に緊張が走った。
「そちらの可愛いお嬢さん協力していただけますか?」
言われてしまったので仕方がない。私は段を降りて舞台に向かった。フェッツが後ろから付き添った。
壇上に上がると司会者が小声で言った。
「ご協力感謝します。実は張り切って手を上げているようなお子さんは予想外の動きをするので危険なんです。可愛い女の子の方が舞台映えしますしね」
とりあえず裏がなさそうなので一安心する。
「いいですか、決して動いてはいけませんよ」
私は注意を受けて板の前に立った。頭には風船が括り付けられている。
ドロドロドロ……と太鼓の音と共に男の人が目隠しをして弓に矢をつがえた。
ヒュン——
彼の放った矢は見事私の頭上の風船を射抜き板に突き刺さった。
観客席からは割れんばかりの拍手。
私とフェッツはホッと息を吐きだした。
板に刺さった矢を見る。
私はあることに気が付いた。
観客席に戻るとみんなが拍手で迎えてくれる。
カールはしきりに羨ましがっていたが私はそれどころではなかった。
皆に相談したいが今口に出すわけにはいかない。
その後すべての演目が終わるまで私は上の空だった。
外に出ると私はみんなを手招きした。広場の片隅の人気のない場所に連れて行く。
こんな時に防音の魔術が使えれば便利だったのにな、と思いながら私は声を潜めた。
「矢羽?」
「そう。さっき射た矢の矢羽が竜に刺さっていたのと同じだったの」
「まさか!?」
みんなは懐疑的だけどこれは私しか気づけなかったと思う。昨日私はあの竜に刺さっていた矢を間近で見た。そしてさっき板に刺さった矢も間近で見たのだ。
多分、十中八九同じ矢羽だと思う。
「矢羽ってどれも同じなの?」
護衛騎士に聞くと二人はかぶりを振った。
「うちでは黒鷲の羽根を使いますけど昨日の竜に刺さっていたのは違いましたね。俺は見たことないです」
フェッツが答えた。
「なあ、ホントに竜に刺さっていたのと同じだったのか?」
カールの問いかけに私は考え込んだ。
「うん。私には同じに見えた。でもじっくり見たわけじゃないから絶対そうとは言い切れないわ」
「現物を手に入れられればいいのに……」
アリーの言葉にカールが乗った。
「さっきの記念に矢を下さいって頼むのはどうだ?」
「逆に怪しまれるんじゃないかな……」
トーマスは慎重派だ。
「しのび込もう!」
私の提案にカールは賛成、アリーは反対、トーマスは迷っている。
そして護衛の二人は大反対だった。
「ヴィヴィ様、無茶言わないでください」
「危険すぎます!護衛として容認できません」
「んーでも……」
私が渋るとフェッツが言った。
「帰ってハーゲン団長に報告しましょう。騎士団で調査した方がいいと思います」
「でも時間を置くと証拠を隠滅されちゃうかも知れないわ」
今日あの矢を使っていたのは騎士団が密猟者を探していることが耳に入っていなかったのだろう。
でも耳に入ったら確実に証拠は処分されてしまう。
今がチャンスだと私は思った。
「危なくなったら逃げるわ。見つかったらさっきカールが言ったみたいに記念に矢が欲しかったと言えば怪しまれないと思う」
結局フェッツとラルスは私に負けた。
何度も危険を感じたら逃げることを約束させられて私とカール、フェッツがしのび込むことになった。
アリーとトーマス、ラルスは馬車のところで待機。三十分たっても戻らなかったらお屋敷に知らせに行くことになった。
「ああー、ヴィヴィ様に危険なことをさせたのがバレたら減俸ものだ……」
「大丈夫よラルス。ちょっと行って素早く帰ってくるから。今は次の興行の真っ最中でしょう。ほとんど人はいないと思うわ」
私はラルスの肩をポンポンと叩いてその場を離れた。