一年生(11)——夏期休暇
外のバタバタした気配が気になって私はエントランスに出て行った。
ちょうど領騎士団の騎士が一人駆け込んできてマインラートに報告しているところだった。
「何があったの?」
私の問いかけに二人は振り向いた。
「竜の庭に傷ついた竜が現れたようです」
マインラートが答えた。竜の庭とはこのお屋敷の敷地内にある竜たちが寛いだり餌を食べたりできる広場のことだ。
「身体に矢が刺さっており密猟者にやられたのかもしれません」
騎士はさらに続けた。
「現在騎士団で密猟者を捜索中です。また、竜に治療を施したいのですが気が立っているようで今は近づけません。もう少し落ち着くのを待って治療をしたいと思います」
「契約竜ではないのね?」
「はい」
契約竜とは誰かと契約をしている竜であるということだ。契約者を持つ竜はその者の魔力の色を帯びる。
繭から孵り成竜となるとき与えられた魔力によって魔力の多い順に赤竜、青竜、緑竜、黄竜となる。魔力が与えられなかった竜は本来の色である茶色だ。
王家の竜だけは特別で王家の契約竜は黒竜であった。大昔は白竜もいたそうだが今では伝説となっている。
私は食事室に戻り皆に今の話を伝えた。
どのみち今日は街に行くのは無理そうだ。私は護衛なしでは街に出してもらえない。忙しい騎士団に護衛を出してもらうのも気が引けた。
「竜の様子を見に行こうと思うの」
私の言葉にカールとトーマスは頷いたがアリーは心配そうだった。
「その竜は気が立っているんでしょ。危ないんじゃないの?」
「遠くから見るだけよ。騎士団の邪魔になってもいけないし」
竜の怪我がとても気になった私は竜の庭に向かうことを決めた。
竜の庭に着くと広場の真ん中に矢の刺さった竜が見えた。
竜を取り巻くように騎士団の騎士たちが様子を窺いなんとか宥めようとしている。
竜はいったんは大人しくなるものの騎士が近づくと威嚇の唸り声を上げる。
ふと竜がこちらを見た。竜と目が合ったと思った。
気が付かないうちに私は走り出していた。
竜の目の中に痛みや悲しみ猜疑心、いろいろなものが渦巻いているように感じた。
後ろから私を呼び止める声が聞こえたが気にならなかった。
竜に近づこうとした私はたくましい腕に止められた。
ハッとしてみると騎士が私を抱きとめていた。
「ヴィヴィ様、危険です。お下がりください」
そのまま抱きかかえられて連れて行かれそうになる。
私は必死に言った。
「待って!竜と話をさせて!治療を受けるよう説得するから」
「ヴィヴィ様は竜の言葉がわかるのですか?」
騎士は驚いたように言った。
「それは……わからないけれど……」
でも竜の感情は痛いほどわかる。
「駄目です。危険です」
「お願い!ハーゲン!」
ハーゲンは領騎士団の団長だ。私は彼に必死に頼み込んだ。
彼はふーっとため息を漏らすと言った。
「ヴィヴィ様の後ろに私が付きます。それから弓を用意します。竜がヴィヴィ様に危害を加えようとしたら射ち殺します」
治療すべき竜を射ち殺すという。でも私の安全には代えられないとハーゲンは言った。
「わかったわ。危険だと思ったら引き返す。射るのは最終手段にしてね」
私は息を整え竜を見た。竜と目を合わせる。竜は不思議そうな顔をしたが私が一歩近づくと警戒して身じろぎした。唸り声を上げる。
「動かないで。傷が酷くなるわ。私たちはあなたの味方よ。治療をさせて欲しいの」
竜の目を見ながら一歩ずつ近づく。
竜は時折唸り声を上げるものの暴れる様子は見せなかった。
私は竜の大きな顔の前にたどり着く。
そろそろと手を伸ばした。
私が手を伸ばすと竜は顔を低く下げた。そしてスリ……と頬を手に擦り付けた。
私は竜の頬を撫でた。
「痛いよね。治療、させてくれる?」
竜はすりすりと私の手に頬を擦り付ける。
後ろで静かなどよめきが上がった。
「この子が了承してくれたわ。ゆっくり近づいてね。この子が驚かないように」
やがて治療を終えた竜は飛び立っていった。
名残惜しそうに上空を二回ほど旋回した後竜の森の方角に飛んで行ったのだった。
私は精一杯手を振った。
「ヴィヴィ、お前凄いな!竜が怖くなかったのか?」
竜が飛び立った後、私たちはテラスで昼食をとっていた。
ハーゲンにはお小言と感謝の言葉を貰い、マインラートからはお小言と泣き言を貰った。
お父様も兄様たちもいない今は私に何かあればマインラートの責任だ。
私は「ごめんなさい」と素直に謝った。
謝ったけど反省はしていない。マインラートもそれはわかっているようでため息をついた後「なるべく危険なことはしないでくださいね」と締めくくった。
カールの言葉に私が頷くとアリーとトーマスは吃驚した。
「あの竜は怖くなかったわ。彼は傷ついて悲しんで怯えていたのよ。上手く治療ができて良かったわ」
「そうなのか。しかしどこのどいつが矢なんて射たんだろう」
カールが言うとトーマスが拳を震わせた。
「僕はそいつが許せない!!」
トーマスは小動物愛も強いが竜への愛も強い。お父様が竜騎士だそうだから小さいころから竜と触れ合っていたのかもしれない。
「私も同じ気持ちよ!」
私が同意するとアリーもうんうんと力強く頷いたのだった。
しかし現実は私たちにできることは無い。
領騎士団が密猟者を見つけてくれることを祈るばかりだった。