一年生(10)——夏期休暇
その後は表面上は平穏を保ったまま私たちは日々を過ごしていた。
ジモーネ様たちは何も言ってこないしかといって友好的になったわけではない。
変化というと三組のミヒェル様によく話しかけられるようになった。カールは魔術の授業が同じAクラスなのでよく話すらしい。堅物だけど真っ直ぐなヤツだと言っていた。
初めての夏季休暇が間近に迫ってきていた。
「え?アリーもトーマスもお家に帰らないの?」
食堂で今日はトマトソースのパスタを食べながら私は聞いた。
「だって王都まで一週間もかかるのよ。その費用はバカにならないわ」
「うん。だから冬には帰るけど夏季休暇は帰らないことにしたんだ」
「そう……」
私はちょっとがっかりした。夏季休暇中ももしかしたら王都で会ったりできるかな~なんて考えていたので。
が、次の瞬間あることを思いついた。思いついたらもう口に出していた。
「じゃあ、うちの領地に遊びに来ない?」
「え?アウフミュラー侯爵領に?」
「あっ!あの、まだお父様に許可取ったわけじゃないんだけど、二人が遊びに来るなら夏季休暇は領地の方に帰ろうかな~なんて。領地ならここから四日で着くし、私と一緒の馬車に乗ればいいでしょ」
私が提案するとカールが騒ぎ出した。
「えーっ!みんなが行くなら俺も行きたい!」
「私も侯爵様が許可してくださるんなら是非お邪魔したいわ。侯爵邸にお邪魔できる機会なんて滅多にないし夏季休暇中もみんなと過ごせたらきっと楽しいわ」
アリーの言葉にトーマスも頷いている。
「じゃあ早速お父様に手紙を書くわね」
結論から言うとお父様の許可は取れた。フィル兄様から抗議の手紙は届いたけど。
そしてエル兄様となぜかジーク兄様もアウフミュラー家の領地に滞在することになった。
王太子が王宮に帰らなくていいのだろうかと思ったが学生のうちはある程度の自由は許されるらしい。アウフミュラー家であれば護衛の面でも心配いらないとのことだった。
かくして初めての夏季休暇、私たちは領地のアウフミュラー侯爵邸にやってきた。
エル兄様とジーク兄様は三日ほど遅れてやってくる。
領地のお屋敷は私にとっては一年ほど前までいたところだ。たった十か月離れただけだが懐かしかった。生活が目まぐるしく変化したせいだろうか。
出迎えてくれたマインラートに私はお礼を言って三人の友達を紹介した。
マインラートはメイドに指示をして三人は部屋に案内されていった。三人とも緊張した顔つきをしていた。
私も十か月前まで使っていた部屋に向かおうとした時声をかけられた。
「ヴィヴィ様!おかえりなさい」
「ニコ!」
私は駆け寄って二人で手を握り合いぴょんぴょん跳ねた。
彼はニコラウスと言って従者見習の少年だ。私より二つ下でここにいるときは弟のように可愛がっていた。
部屋に行くとマリアが領地で仲良かったメイドのベルタと話をしながら荷物の整理をしていた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
ベルタがにこやかに挨拶してくれる。
マリアは王都のお屋敷にいるときも領地のお屋敷にいるときも基本変わらないけど領地のお屋敷にいるときの方が少しリラックスしているように感じる。
「私は田舎育ちですから領地の方が安心するのかもしれません」
と以前言っていたことを思い出した。今は私と一緒に学院に来てもらっているからお友達もいなくて寂しいかもしれない。
「マリアも夏休みよ。お屋敷にいる間はほかのメイドもいるからたまには自分の好きなことをしてね」
とここに来る前にマリアには言っておいた。マリアは微笑んでいただけだったけど。
「昨夜はよく眠れた?」
朝食の席でみんなに聞くとみんなはコクコクと頷いたがアリーが声を潜めて行った。
「実はお屋敷が立派過ぎてお部屋が素敵過ぎて眠れないかもと思ったの。ベッドがふかふかでぐっすり寝ちゃったけど」
カールもしみじみ言った。
「お前って……お嬢様だったんだなあ」
何をいまさら。
「お前とか言ったらいけないかなあとか今みたいな態度はダメかなあとか考えた」
それはやめて
「けど、今更だし。まあいいか」
私はホッとした。この三人に距離を取られたら寂しすぎる。
「うん。いいのよ。私は私だもの」
「お前って変わってるよな。侯爵家のご令嬢っぽくない気安さだし」
「あら、わたくしご令嬢っぽくも振舞えましてよ。おほほ」
カールの言葉に私が返すと三人が噴き出した。失礼な。
その後、今日は何をしようかと話していると食後のフルーツをサーヴしていたニコが街に曲芸師の一団が来ていると教えてくれた。
街とは領都ヒルデンスのことで王都には大分劣るもののかなり大きい地方都市だ。
この屋敷はヒルデンスの郊外、街を見下ろせる丘の上に立っている。
敷地はかなり広い。屋敷のほかに従業員の宿舎や邸宅、馬場や厩舎、領騎士団の宿舎、訓練場、竜のための厩舎や広場も広くとられている。
アウフミュラー侯爵領は竜の森の西に位置し竜の森と広い範囲で隣接している為、偶にではあるが竜の森から子竜や成竜が遊びに来たりすることもある。
そのためにお父様やフィル兄様の竜がいない時でも竜のえさ場には竜の好む木の実や草が用意されていた。
広大な竜の森には全体を覆う結界が張られている。結界は魔道具を介してゴルトベルグ公爵家他数家が張っているのだけれどこの結界は人の侵入を阻むものである。人のみの侵入を阻む結界であるので竜の出入りは自由である。よって隣接する領にはしばしば竜が遊びに来る。人々は竜が遊びに来ると尊敬と親愛の念をもって遠くから見守るのである。
成竜は飛行距離が長いため遠方の地に出かけることもあるがこの国であればどこの地でも竜は尊ばれる。
この国を作ったのは竜神の子孫で今の王家の先祖。竜神は人々の信仰の対象である。
人々の信仰の対象である竜だがその鱗や皮膚、牙、爪など優れた武器や宝飾品の素材にもなる。
なんらかの原因によって死んでしまった竜からはその素材をいただくわけだがそれらは王宮で一括して管理している。しかしながら非常に高額で取引されるため闇の業者や密猟者がなくならないのが現実だった。
密猟者は竜の森に入ることはできない。竜の森は森の周囲の五つの門のいずれかからしか入ることはできず、その門は厳重に管理されていた。ちなみに学院の東南にも門の一つがある。アウフミュラー侯爵領にも一つの門があった。
そのため密猟者は竜が森の外へ出てきた時を狙う。もちろんいつどこに出てくるかはわからないしほとんどの人々にとって竜は信仰の対象なので捕獲できる確率は非常に低い。成竜であれば力も強く鋭い牙や爪を持つ竜を捕獲するのは至難の業だ。竜の必死の抵抗に遭えば人間など到底かなわない。ゆえに密猟は非常に割に合わない。かといって密猟がなくなるわけでもないのだった。
「曲芸団を見に行く?」
私の問いかけに皆が「面白そうだな」「見てみたいわ」などと話をしていた時に外でバタバタしている音が耳に入った。