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ヴィヴィ五歳(3)


 暗い水の底から意識がぽっかり浮かんでヴィヴィは目を開けた。


「ヴィヴィ!ああよかった。あなたは三日も寝ていたのよ。どこか痛いところはない?喉渇いた?」


 マリアは必死に話しかけた。この三日で二人を取り巻く環境は大きく変わってしまった。残り少ない親子の触れ合いだった。

 マリアが話しかけてもヴィヴィはポカンとしている。


「ヴィヴィ?」もう一度話しかけるとヴィヴィが口を開いた。


「だあれ?」


 マリアは息をのみ、侯爵に知らせるため部屋を出ようとしていたメイドは足を止めた。




 それから医者が呼ばれ熱や脈を測ったり問診したり様々な検査をした。そしてその結果、ヴィヴィは記憶を失っているというのが医者の見立てだった。

 魔力の暴走により高熱を出し、幼い体が耐えられなかったのだろうと推察された。





 三日前———


 ヴィヴィが侯爵邸に運び込まれた後、マリアは応接室の一つでルードルフ・アウフミュラー侯爵と向かい合っていた。


「座りたまえ」の声に恐る恐るソファーに腰掛ける。

 こんな大きなお屋敷など見たこともなく、こんな豪華なソファーに座ったこともない。極上の座り心地はかえって居心地の悪い気持ちにさせた。


「早速だが、本題に入らせてもらう。あの子は魔力持ちだね」


 ルードルフの言葉にびっくりした。ヴィヴィが魔力持ちなんてそんなことは無い。


「いえ、ヴィヴィは、あ、娘の名ですが……ヴィヴィは魔力持ちではありません」


「いや、魔力持ちだ。それもかなりの魔力量だ。今まで気が付いたことは無かったかね?」


「いえ、いいえ……」マリアはかぶりを振った。ルードルフのいうことは信じられなかった。


「あの子は魔力暴走を引き起こしたんだ。それも大規模な」


 きっと何かの間違いだ。誰かと間違えているんだ。だって今までそんな素振りは一度も見たことがなかった。マリアは首を振り続けた。


 

 ノックの音がして医者が入ってきた。それともう一人。その人は鑑定士と名乗った。


「あの子供は魔力保持者です。かなり魔力量は多いですね。このままでは危険です。早速封印をした方がいいでしょう。いや、驚きました。あの歳まで魔力持ちとわからず通常の生活が送れていたなんて。よく無事だったものだ」


 マリアは絶望的な気持ちでその言葉を聞いていた。


 この国で魔力を持っているのは貴族だけである。

 その訳はこの国の、いやこの大陸にかつてあったリードヴァルム大帝国の建国神話にまで遡るが今は割愛する。

 そして貴族の子供は生まれて数日のうちに魔力を封印する。幼いころは感情の起伏が激しく魔力をうまく制御できないためだ。

 そして十二歳になるとヴァルム魔術学院に入学し五年かけて段階的に封印を解除し魔術を習っていく。もちろん学院では魔術以外のことも学び十七歳で卒業すると成人とみなされる。


 封印は通常は魔術院から派遣される鑑定士の立会をもって各家の当主が行う。封印の(しるし)は背中に刻まれその模様は家ごとに異なる。


 貴族の子供は赤子の内に魔力を封印するため魔力量の大小は封印解除後までわからないが、ごく稀に平民に魔力持ちが誕生する。——ほとんどの者は先祖が貴族の血を引いているが——


 魔力持ちであると発覚するのは大抵一~二歳のうちで、鑑定士により魔力測定が行われる。

 魔力量が少ないものはそのまま親元に返される。しかし中程度以上の魔力持ちと診断されると親元から引き離され魔術院預かりとなる。もちろん親元にはかなりの金額が支払われるが、大金を喜ぶ親もいればお金はいらないから子供を返してほしかったと嘆く親もいる。


 子供は魔術院が貴族の家から養子先を選定しどこかの家に養子に入ることになる。

 養子先には事欠かない。そもそも平民の魔力持ちは滅多に出ないし、下級貴族の家は少しでも大きい魔力の者を家に取り込みたいからである。

 養子先が決定するとその家の当主が子供の魔力を封印する。

 


 つまり魔力量が多いと診断されたヴィヴィとマリアは引き離されてしまうということである。

 ヴィヴィは失踪中の夫オリバーとの間の一粒種でありマリアの生きる希望だ。ヴィヴィと離れ離れになる事など考えられなかった。


 マリアの目からはらはらと大粒の涙が零れ落ちる。


 ルードルフはそれを痛ましげに見ていたが医者と鑑定士をいったん別室に下がらせると再び口を開いた。


「君のことを教えてほしい」


 ヴィヴィの魔力量は異常だ。なぜ今まで発覚しなかったのかという疑問もあるが、ヴィヴィの血統を調べる必要もある。その為ルードルフはマリアやその夫の生い立ちを知る必要があった。


「まず、ヴィヴィは間違いなく君の子供なのだな?」


 その言葉を聞くなりマリアは立ち上がった。わなわなと拳を震わせる。


「当たり前です!間違いなくヴィヴィは私とオリバーの子供です!」


「いや、済まなかった。念のために聞くが君に魔力は?ヴィヴィの父親に魔力は?」


 マリアはかぶりを振った。自身に魔力があると感じたこともないが、オリバーが魔法を使ったところも見たことがない。


「君の出身は?両親の名前は?」


「……わかりません」


「わからない?」


「私は孤児なんです。レーベンの孤児院で育ちました」


「そうか……君の夫は?」


「オリバーも孤児です。同じ孤児院で育ちました」


「そうか。君の夫にも話を聞きたいのだが」


「あの、夫は一年前に家を出たきり帰ってきていません」


 マリアはすまなそうに項垂れたが、ルードルフも申し訳ない気分だった。

 目の前の女性は孤児で肉親はいない。更に一年前に夫がいなくなった。それなのに彼女の唯一の家族である子供を今から彼は奪わなくてはならない。


「夫は帰ってきます」


 ふいに彼女は言った。


「夫は、オリバーは必ず帰ってきます。今は何かの事情で帰れないのかもしれませんが、彼は言ったことは必ず守ってくれるんです。オリバーは家を出るとき『必ず帰ってくるから待っていてくれ』と言いました。だから必ず帰ってきます」


 マリアの瞳は力強かった。彼女の夫を少しも疑っていない瞳だった。

 だからルードルフは言いかけた言葉を飲み込んだ。そして別の言葉を言った。


「わかった。君の夫には帰ってきた後に話を聞くとしよう」


 レーベンにある孤児院には部下を派遣して調査しなければならないだろう。

 そう思いながらルードルフは本題ともいうべき話を切り出した。


「君の子供は私が引き取る」


「え?」


「アウフミュラー侯爵家の養子とする」


 マリアは息を呑んだ。魔力持ちの平民が貴族の養子となるのは知っていた。ただしその養子先は下級貴族でもともと魔力の多い侯爵家が平民を養子にすることなど聞いたことがなかった。


「あの、侯爵様はお子様がいらっしゃらないのでしょうか?」


「いや、息子が二人いる」


 既に子供が二人いるのに新たに養子をとるという。マリアの疑問にルードルフが答えた。


「それほどあの子の魔力量は異常だ。本当に今まで何も気づかなかったのか?」


 マリアはコクコクと頷いた。もう何を信じてよいのか、これから自分がどうすればいいのかもわからなかった。



 





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