一年生(9)
カールの騒動から数日後、魔術の授業中演習場の入り口あたりでがやがやと声が聞こえた。
演習場は学院の北東に位置する魔術の練習場だ。屋外ではあるがいくつかのスペースに分けられそれぞれの演習場は高い塀で区切られている。入り口には係員が常駐し部外者は入ってこられない。
魔術の練習をするのだから当然のことだ。誤って当たってしまうかもしれない危険を回避するためだ。それぞれのスペースはかなり広く通常の魔力量であれば二十名くらい一緒に練習できる大きさだった。演習場の中には的や衝立、魔力制御に使うポールなどいろいろな器具も設置されている。
私は魔力の放出から意思の力で方向性を持たせる練習をしていた。
これができるようになると魔力を操って風の幕を作り障壁を張ったりできるようになる。
ジーク兄様は流石で既にウォンドを自由自在に操り炎の球を打ち出したり炎を渦巻くように噴出させたり水流や氷の矢も出すことができるようになっていた。
「君たちはここで待っていて。私が様子を見て来よう」
アルブレヒト先生が入り口に向かった。
暫く私はジーク兄様と待っていたが十数分経った頃アルブレヒト先生が戻ってきた。
後ろにもう一人の先生と十名ほどの生徒を従えて。
もう一人の先生はアイゼン先生、私の魔力測定の時の先生だった。
アイゼン先生はしきりとアルブレヒト先生に謝っていた。
「待たせてすまないな、ジーク、ヴィヴィアーネ。彼らは一年生のAクラスの者たちだ」
アルブレヒト先生の言葉に生徒たちを見ると先頭を歩くのはジモーネ様。後ろの方に同じ一組のヘンデルス様やカールの顔も見えた。
アイゼン先生の話を要約すると、Aクラスの生徒から私が特別扱いを受けていると抗議が上がったらしい。
通常は魔力の多さによってA~Cクラスに分けられる。Sクラスなど聞いたこともない。王太子であるジーク兄様が特別扱いはわかるが私がSクラスなのは納得がいかないというものだった。
アイゼン先生は何とか宥めようとしてくれたらしいがまだ若く爵位持ちではないアイゼン先生は押さえきれなかったらしい。
アイゼン先生はかなり言葉を選んで説明をしていたが途中でジモーネ様が割り込んだ。
「わたくし納得がいきませんわ。侯爵令嬢が特別扱いを受けるのならわたくしもSクラスになるのが当然ではありませんこと?そちらのご令嬢が何か汚い手を使ったのでなければね」
鼻息荒くまくしたてるジモーネ様に隣にいた令嬢も賛同した。
「そうですわ。わたくしたちにはわかりませんけれど殿方を篭絡する術でも学んでいらっしゃるのかしら」
彼女たちの言葉にジーク兄様が反応した。
「君たちはこの学院の教師たちを侮辱したことに気づいていないのかな?」
ジーク兄様の言葉と険しい表情に彼女たちがひるむが横にいた男子生徒が声を上げた。
「失礼、三組のミヒェル・ペーレントです。僕もヴィヴィアーネ嬢がSクラスになった理由を知りたいです。僕たちと何が違うのか納得できる返事をいただきたい」
彼の言葉を聞いてアルブレヒト先生は頷いた。
「わかった。帰りなさいと君たちを追い返してもしこりが残るだろう。ヴィヴィアーネと君たちと何が違うのか説明しよう」
アルブレヒト先生は微笑みながら続けた。その微笑みは私には呆れているようにも見えたけど。
「まあ、端的に言うと違うのは魔力量だな。と言っても納得しないだろうから見せた方が早いだろう。ヴィヴィアーネこっちに来なさい」
私たちは魔力制御に使うポールのところに移動した。
「比較があった方がいいだろう。Aクラスで一番魔力量が多いのは?」
「僕です」
アルブレヒト先生の問いかけに名乗り出たのは先ほどのミヒェル様だった。
アルブレヒト先生は私とミヒェル様の手に魔力測定の球を乗せた。
「アルブレヒト先生、いくつですか?」
私の問いかけにアルブレヒト先生は「100だ」と答えた。
いくつとは何パーセント魔力を出すかという問いかけである。私は二か月間ずっと魔力制御の練習をしていたのだ。今では先生の指示するパーセントで魔力を放出できる。それによって球がポールのどの線まで到達できるかを調節できるのだ。
「まずはミヒェル君、やってみたまえ。制御の必要はない。思いっきり魔力を込めてくれ」
ミヒェル様が魔力を込めると球はポーンと上がりポールの一番上の線と二番目の線の間ぐらいまで上がった。
「次、ヴィヴィアーネ」
私が魔力を込めると球は瞬時に消えた。
「消えた!?」
「いや、上だ!」
皆がどよめく。球はポールのはるか上空まで上がっていた。
皆の口があんぐりと開いている。
「さあ、次はこっちだ」
アルブレヒト先生は次に今私が練習している場所まで皆を誘導した。
「君は今障壁を張る練習をしているのかな?」
アルブレヒト先生の問いかけにミヒェル様は頷いた。
「では魔力を放出してあそこの一番近い的を揺らしてくれ」
ミヒェル様は両手を前に突き出して的に向けた。
的がカランカランと揺れる。
「次はあそこの的だ」
最初の的の倍ぐらいの距離の的を指す。
ミヒェル様が顔を真っ赤にさせて両手を突き出すと的はゆらゆらと揺れた。
「君はなかなか素質があるね。最後はあそこだ」
アルブレヒト先生が指し示したのは最も遠い的だった。
「無理です。届きません」
ミヒェル様は悔しそうに言った。
「次、ヴィヴィアーネ」
アルブレヒト先生は淡々と進める。
私は一番目の的を粉砕、二番目の的にもひびが入った。そして三番目の的をカランカランと揺らした。
もう誰も何も言わなかった。
「彼女が君たちと一緒に学べない理由がわかったかな。彼女には特別指導が必要なんだ」
アルブレヒト先生はAクラスの皆に言った。
皆は納得したようだがジモーネ様ともう一人の令嬢は物凄い目で私を睨んでいた。