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一年生(8)


 お茶会の日、カールはグローブを貰えて有頂天だったけど私たちはいまいち浮かない顔をしていた。


「俺、このグローブ家宝にします」


 カールの言葉にエル兄様は悲鳴を上げた。


「やめてくれ!剣術の授業の時に使わないんなら返してくれ」


「あっ、ウソ!使います。大事に使わせてもらいます。ありがとうございます」


 そんなやり取りの横でジーク兄様が私たちに問いかけた。


「それでどうして三人は浮かない顔をしているのかな?」


 私たちは顔を見合わせ……カールを見てから話すことに決めた。




「ふぅん……そのウォンドを使ってた人達の名前はわかる?」


 ジーク兄様の問いかけにカールは首を振った。


「多分四年生だよな」


 エル兄様はの言葉にジーク兄様も頷いた。


「そうだろうな。ウォンドを持つことが許されるのが三年生半ば、それから攻撃魔術を習って試したくなったんだろうな」


「おびき出すしかないな」


 今度はジーク兄様の言葉にエル兄様が頷いた。


「カール頑張れよ」


「えっ!?俺ですか?」


「お前、いつまでも逃げ回るの嫌だろ」


 エル兄様がカールの背中をポンポンと叩いた。








 カールは四年生の校舎を歩いていた。

 探し物でもあるのかキョロキョロしている。

 ドンと誰かにぶつかった。(ホントはわざとだけど)


「痛っ!あ!またお前か」


「わーすいません!」


 カールは逃げ出した。でも逃げ足はこの間よりは遅い。

 ぶつかった相手は友達に目配せして一緒に追いかけた。

 そうしてカールは研究棟の奥にある木立に追い込まれた。


「はあはあ……ちょこまかと逃げ回りやがって……」


「先輩たち何ですか!?俺ぶつかったことは謝ったじゃないですか」


「俺たちに水ぶっかけたことは謝ってないだろ」


「あれは……先輩たちがウォンドで猫を苛めてたからじゃないですか!」


 カールの言葉に三人の男子生徒は顔を見合わせた。

 そのうち一人の生徒がニヤニヤしながら言った。


「何のことだ?俺たちそんなことしてないぞ。なあ」


 ほかの二人を振り返ると二人もニヤニヤしながら頷いた。


「じゃあ何で俺を追っかけまわすんです?」


 カールが抗議の声を上げる。


「そりゃあ俺たちに水をぶっかけたからだろ」


「そうだな。こういう後輩にはお仕置きが必要だよな」


「さっきみたいなことを言いふらされても困るしな」


「こいつも痛い目を見れば俺たちがウォンドを猫に向けたなんて馬鹿なことは考えなくなるだろうさ」


 三人はニヤニヤしながら迫ってくる。

 やっぱりそれが狙いかとカールは(それと隠れている私たちは)思った。

 しかし三人から言質は取れなかった。


 私たちは出ていくべきかどうか迷っていた。


「また逃げられても面倒だからな」


 三人の内の一人がウォンドを取り出した。

 私たちは吃驚する。まさかウォンドを人に向けるなんて……


「おい!お前それはさすがに不味いんじゃないか?」


 もう一人が止めようとした。


「いや、こいつは逃げ足が速いからな。ここで体にしっかり覚えさせた方がいいだろう。大丈夫だ。殺すほど魔力は込めない」


 さすがにカールの顔も青くなった。いくら逃げ足が速くてもウォンドで光線を打ってこられたら避けられる自信がない。覚えたての障壁を張れるだろうかと手に魔力を込めた。


 私は一人の男の人がウォンドを取り出したのを見たときに吃驚すると同時に隠れているところから飛び出そうとした。

 だけど私を押さえて先に飛び出した人がいた。


 ジーク兄様が飛び出したのと男の人が光線を打ったのはほぼ同時に見えた。


 ジーク兄様はカールを庇うようにカールの前に躍り出て……


 光線がジーク兄様に当たったように見えた。

 ジーク兄様の身体が白く光って——


 光が収まるとジーク兄様は何事もなかったようにその場に立っていた。


 三人は前に立ちふさがったのが王太子殿下だとわかると驚愕の表情を浮かべた。


 一目散にその場を逃げ出そうとする。


 逃げ道をふさぐように立ちはだかったのはエル兄様だった。



 三人はその場にがっくりと膝をついた。








 この騒動は当初の予定より大きくなった。


 当初の私たちの計画ではカールが四年生の教室の近くに行き目当ての人物に接触したら上手く誘導して私たちの隠れているところにおびき出す。

 そこで猫にウォンドを向けた事の言質を取れればいいし、もしダメでもきっとその人たちはカールに暴力を振るおうとするだろうからそれを現行犯でジーク兄様とエル兄様が押さえるというものだった。


 カールも含め私たちは、カールがその人たちに今後危害を加えられなければそれで良かったし、猫の一件で反省文やちょっとした罰を与えられればそれでよかった。


 しかし彼らはウォンドを人に向けた。そして庇ったとは言え王太子に向けて光線を放ってしまった。

 これは見過ごせない事態だった。


 三人は懲罰室に入れられそれぞれの親が呼ばれた。王宮の警吏部門と魔術院からも諮問官が来て厳しい尋問が行われ、入学式前の猫の一件も明らかになった。


 数日後、彼らの処遇が明らかになった。

 ウォンドを人や生き物に向けたことは許しがたい事である。が、王太子に向けたことは故意ではなくまた未成年であることから、一年間の停学。その間の労働奉仕。そして彼らの家はそろって降爵となった。 

 三人の内、二人は子爵家だったので男爵家に。そしてウォンドをジーク兄様に放ったバルドゥル・タルナートの家は伯爵家であったが男爵家に降爵となった。


 三人は終始項垂れたまま両親と共に王都に向かう馬車に乗った。





 この国の刑罰において貴族が平民になるということは無い。貴族とは魔力を有する者、平民は魔力を持たぬ者だからである。

 貴族の中には平民を蔑視する者も多いし政治の中枢にいるのは貴族である。しかし昨今は平民にも教育がいきわたり各分野で高い能力を示す平民も多くいる。そういう人たちは家名を持ち高収入の職を得ているのである。

 貴族が法を犯したらどうなるか。罪の重さにもよるが罰金刑から禁固、懲役、鉱山での労働、降爵、そして最も重い罪は死罪となる。禁固や鉱山での労働の際は魔力封印の手枷が付けられる。


 今回の三人は未成年であるし労働奉仕なので手枷はつけられないという。






 私たちは後味の悪い思いをしながら物陰から馬車を見送った。


「ジーク、わかっているよな」


 エル兄様が厳しい声で言った。


「ああ。反省している」


「エル兄様、どういうことですか?」


 私に続いてカールも声を上げた。


「殿下は俺を庇ってくださったんで、叱るなら俺を叱って下さい」


 エル兄様は渋い顔をして私たちに言った。


「今回、もし光線を当てられたのがカールだったらここまで物事は大きくならなかった。ジーク、王太子殿下だったから彼らの処罰も重いものになったんだ。もちろんカールであれ誰であれ人に向けた彼らが一番悪い。しかし王太子という身分でありながら危険に身をさらしたジークは軽率過ぎる」


「私には加護があるから……」


 ジーク兄様の声は弱々しい。


「いつまでもあるわけじゃないだろ」


「ジーク兄様、加護って何ですか?」


 聞きなれない言葉に私は問いかけた。


「あまり言いふらさないで欲しいんだけど……」


 ジーク兄様の言葉に私、カール、アリー、トーマスの四人はぶんぶんと首を縦に振る。


「私たちの背中の封印の(しるし)には各家の紋章が刻まれているだろう。王家の紋章には特別な力があって、背中に紋章が刻まれている間は加護の力が働く。あらゆる攻撃から守られるんだ」


「あ、あの時ジーク兄様が白く光ったように見えました」


 私の言葉にジーク兄様は頷いた。


「だからこいつは無茶ばかりするんだ」


 エル兄様はまだ怒っている。


「こいつが今回無茶をしたことであの三人ばかりでなくこの学院の警備担当の騎士たちも減給処分を受けたんだ」


「「「え?」」」


「俺は学生でこいつの近衛じゃないからお咎めは無かったけど、近衛が付いた状態なら近衛も処分を受ける。こいつは一番に守られなければならない立場なんだ」


「うん、反省してるよ」


 ジーク兄様は項垂れていたけど私はジーク兄様に危うさを感じた。

 ジーク兄様はもしまた誰かが危険な目に遭いそうになったら体を張って助けようとしてしまうような気がした。

 






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