一年生(6)
「ジーク兄様たちのせいであの後大変だったわ」
次の日、西エリアにあるカフェに向かって歩きながら私は恨み言を言った。
学院の広大な敷地の中の西エリアには小さな商店街がある。
学院生は基本衣食住は賄われているがこの学院に勤める従業員たちにはそれでは足りないものもある。主に従業員を対象とした衣服を売る店や小間物を売る店、食品店、酒場も二軒ありカフェが一軒だけあった。
酒場は勿論出入り禁止だけどカフェは学院生も出入りが許されていた。
といっても大抵の学院生はサロンを利用する方が多いのだけれど。
食堂にジーク兄様とエル兄様が現れて周囲はプチパニック状態だった。
一、二年生の教室と三~五年生の教室は離れているため普段は二人と会うことは無い。
食堂は全学年共通だけど一年生の時に食堂で食事をとっていると引っ切り無しに声をかけられる(主に上の学年の女の子たちから)ためにジーク兄様はエル兄様やその他数名の男子生徒たちとサロンで食事をしていると聞いていた。
つまり一、二年生は初めて(プレデビューを除いて)間近に見る王太子殿下だったのである。
「楽しそうだな、私たちも一緒していいか?」というジーク兄様の言葉を近くのテーブルで聞いていた人たちは何人かいる。
その人たちから話が漏れたのだろう。昼休み後に教室に戻る間名前も知らない人に何人も話しかけられた。
話しかけた人たちはかなり遠回しな言い方をしていたが要約すると今日ジーク兄様たちと一緒にカフェに行きたいというものだった。
いきなりお友達になりましょうと言われてはいはいと頷くわけもないので全てお断りさせていただいた。
教室に入ってからも皆の態度がそわそわしている。さすがにパウリーネ様はサロンでお茶会をすると言ったばかりなので一緒に行きたいとは言わなかった。
そうそう、カールとアリーとトーマスは嬉しいけど胃が痛いと言っていた。
カールとトーマスは将来竜騎士希望でなんとエル兄様に憧れているらしい。アリーは「王太子殿下やエルヴィン様のお顔を近くで見られることなんて滅多にないから一生の自慢になる」なんて言ってたけど、三人とも高位貴族と同席して粗相があったらどうしようと胃が痛いそうだ。
おーい、ここにも侯爵令嬢いるんですけど……
最初は緊張していた三人だけどジーク兄様とエル兄様のフレンドリーな態度に絆され大分打ち解けてきたみたいだった。
私たちの前を男子二人とエル兄様が歩きカールはエル兄様に剣の訓練の仕方だとかいろいろな事を質問していた。
後ろを歩く私の右側にアリー、左にジーク兄様。そこでさっきの恨み言が飛び出した訳なんだけど、言ってからジーク兄様のせいじゃないことに気づいて私は謝った。
「いや、ヴィヴィが謝ることないよ。食堂で声をかけたのは私が軽率だったんだ」
「確信犯だろ」
急に前から声が聞こえた。
「エル兄様?」
「一年生の中では知らないけど俺たちの学年ではヴィヴィが俺やジークから疎まれてるって噂が広がったんだ。ヴィヴィが……いや、理由は言いたくないけど。それでジークがわざと衆人環視の中で声かけたんだ」
「あー」
アリーの声でわかってしまった。一年生でも噂されていたんだね。
カールもトーマスも微妙な顔しているところを見ると知ってたみたい。でも私の耳に入らないようにしてくれてたんだ。
「私は殿下やエルヴィン様がヴィヴィのことを大切に思ってくださっているのを知ることができて良かったです」
アリーの言葉にジーク兄様がにっこり笑って答えた。
「私こそヴィヴィにいい友達が出来て嬉しいよ」
「こいつは意外にお転婆だから苦労掛けるけどよろしくな」
ってエル兄様、それはいらない情報です。
なんてことを話しながらカフェに着いたんだけど……
「うわっ!なんだこれ!」
カフェが女子生徒で溢れてる……
考えてみればわかる事だった。私たちと一緒に行かなくてもジーク兄様たちが今日カフェに行くことはわかっているんだからカフェに先回りして「まあ、偶然ですね殿下!よかったらご一緒に」とか声かければいいんだもんね。
「まあ!ジークハルト殿下!偶然ですわぁ。よろしかったらご一緒しません?」
カフェの中から一際派手な令嬢たちが姿を見せて私が今考えていた通りのセリフを言った。
「今日はカフェが混んでるみたいですけど私たちの席には若干余裕が御座いますの」
「いやゲルトルート嬢、私たちは大人数だし遠慮するよ」
ジーク兄様の断りにもゲルトルート様はめげなかった。あ、この人プレデビューの時フィル兄様に突進していた人だ。
「それに殿下に紹介したい人もいますの」
ゲルトルート嬢は後ろにいた人に声をかけた。
「今年入学した妹ですの。魔力測定でもAクラスに入った優秀な妹ですわ」
「ジモーネ・ハンクシュタインと申します。以後お見知りおきくださいませ」
なんか上目遣いで眼をぱちぱちさせてジーク兄様を見つめているけど……ジモーネ様って二組の感じ悪い人だ!
いつもツンツンしながら歩いているのに態度違いすぎ。
あ、でも私たちの存在を丸っと無視しているのはいつもと同じか。
「ジークハルト殿下、ぜひご一緒したいですわ。あ、でも席が殿下とエルヴィン様の分しかないんですけど……」
チラッと私を見てジモーネ様がクスっと嗤った……ような気がした。
「いや、遠慮するよ。ヴィヴィ、みんなも行こうか」
ジーク兄様は私の肩を抱いて回れ右させて帰ろうとした。
「そんなことおっしゃらずに……」
ジモーネ様が手を伸ばしてジーク兄様に触れようとしたとき、エル兄様が間に入り彼女の手首をつかんだ。
「殿下に触れないでいただきたい」
いつもと違うエル兄様に私は吃驚した。
「あ、私は……そんなつもりじゃなくて……」
ジモーネ様は真っ青になっている。ゲルトルート嬢も慌てている。
それに構わずジーク兄様とエル兄様は私の手を引いてその場を後にした。
「なんであの女ばかり……」
「愛人の子のくせに」
「身の程知らず」
いろんな声が聞こえたけど全て無視して歩き続けた。
西エリアから出た辺りでジーク兄様が言った。
「私たちのせいでカフェに行けなくなってしまったな。すまなかった」
みんなぶんぶんと首を振った。
「お詫びに今度サロンでお茶をしよう。美味しいケーキを取り寄せておくよ」
ジーク兄様が言うとカールは飛び上がって喜んだ。
「やったー!!」
トーマスも密かに両手を握って小さくやった―のポーズをしていた。