一年生(5)
私たちは演習場に移動した。
学院の広い敷地内の北東のエリアが魔術の訓練施設になっている。門を入ってすぐの噴水広場。その東に魔術棟がありそのさらに東に訓練棟や演習場が広がっている。いくつかある演習場の一番手前の演習場に私たちはやってきた。
「ヴィヴィアーネはちょっと待っていてね」
アルブレヒト先生はジーク兄様に指導を始めた。ジーク兄様はウォンドを使った練習をするようだ。
ウォンドというのは魔力を様々な攻撃に変換する杖のようなものだ。
三十センチぐらいの棒状で表面には魔方陣が組み込まれている。魔力を注ぎ込むと集約させて先端から発射する。魔力が光る線状になって発射されるのだが、ウォンドの性能によって光線以外にも炎に変換して打ち出したり氷の槍状になったり様々に変化させることができる。
ジーク兄様は今は変化させる方を練習しているようだった。
「待たせたね」ジーク兄様の指導を終えたアルブレヒト先生がやってきた。
アルブレヒト先生をなぜ名前の方で呼んでいるかは先生にそう呼んでくれと言われたからだ。
先生の家名はビュシュケンスで序列二位の侯爵家と同じだから目立ちたくないんだと言っていた。
「ヴィヴィアーネはまずは魔力の制御から始めよう」
一番初めに習うのは魔力の制御方法だ。これを完璧にできなければ何も魔術は教えられないとアルブレヒト先生は言った。暴発の危険や魔道具も壊してしまう恐れがあるためらしい。
それから私たちは封印を解く前にいくつかの注意事項を教えられていた。
基本は授業以外に魔術を使わないことだとか、生命の危険がない限り生き物、特に人に向けて魔術を使ってはいけないこと等である。
「はい、これを持って」
先生に渡されたのは魔力測定で使ったあの球だ。
「魔力を込めてごらん」
一度測定でやったので魔力を込めることはすんなりできた。
途端に球は見えなくなった。凄い勢いで上空に飛んで行ったのだ。演習場は屋外なので天井を壊す心配はなかったが。
「ははっ。聞いてはいたが凄い魔力量だな」
アルブレヒト先生は驚いたように言った。ジーク兄様も呆気にとられて私を見ていた。
「次は込める魔力量を調節していくよ」
球が落ちてきて手に戻ると、アルブレヒト先生は巾着袋を取り出して口を半分ほど絞った。
「こんな感じで手から出る魔力量を調整するんだ」
そうして先生は私を演習場の右手の方角へ連れて行った。
そこには地面に突き刺さった一本の長い棒があった。表面にメモリのように色を変えた横線が引かれている。棒の高さは建物の三階分ぐらいあった。
「まずはあの一番上の赤い線。あそこまでこの球を上げる訓練だ。あそこより高く上がってはいけないよ。さあやってみて」
これが意外に難しかった。魔力を手から出すことには慣れてきたけど0か100。つまり魔力が出ずに球が浮き上がらないか全速力で見えない高さまで飛んでいくか。
私は時間いっぱい球と格闘して授業が終わるころやっと魔力を絞るコツを掴んできたのだった。
学院に入学して一週間。
私は魔術の授業以外は大抵カール、アリー、トーマスと一緒に行動していた。
魔術のSクラスについては最初の授業の後三人に説明したところ凄い勢いで「ほかの人には黙っていた方がいい」と言われた。
「いい?この学院で今令嬢たちの人気を二分しているのはジークハルト王太子殿下とエルヴィン侯爵令息様なの。エルヴィン様の妹ということでヴィヴィはとて注目を浴びているのよ」
とアリーに言われた。アリーはほかのクラスにも友達がいるようでとても情報通だ。爵位無しの貴族には爵位無し同士の付き合いがあるそうでそこから情報を貰っているらしい。
寮のルームメイトとも仲がいいと言っていた。
私はルームメイトという言葉を初めて聞いたので訊ねると、寮には二種類あって、メイドを伴って入る主に高位貴族の人達用の寮とメイドなしで入る寮があるらしい。
メイドなしで入る寮は一人部屋と二人部屋がある。ルームメイトとは二人部屋で一緒に住んでいる友達のことだと教えてもらった。
友達と住むなんて楽しそう。だけど私はマリアと離れたくないのでルームメイトは諦めた方がよさそうだ。
「それで、話を戻すけど、ヴィヴィはただでさえやっかまれているのよ」
アリーの話によると単純に羨ましいとかだけでなく庶子の私(お父様は黙っていなさいと言ったけど学院では周知の事実と認識されている)がエル兄様の妹でいることが許せないんだとか。
この上王太子殿下と二人で授業を受けているなどと知られたら妬みややっかみが酷くなるだろうとアリーに脅された。
「女子、こえー!」とカールが言ったら「女の子ばかりじゃないわよ」とアリーが言った。
王太子殿下の側近になりたい令息は沢山いる。そういう人たちに利用されかねないらしい。
ということで〝Sクラス〟については当面四人だけの秘密になった。
昼休み、食堂で初めての週末をどう過ごすか話をしているとパウリーネ様がほかのクラスの令嬢を伴ってやってきた。
「ヴィヴィアーネ様、明日お友達とサロンでお茶会を開きますの。いらっしゃいませんか?」
「まあ、いいのですか?」
パウリーネ様は初日以来私たちに近づいてこなかった。どういう風の吹き回しだろう。
「もちろんですわ」
とにっこり笑うので私はアリーに相談した。
「アリーはどうします?」
途端にパウリーネ様は狼狽えた。
「あ、あの……今回は爵位持ちの令嬢だけのお茶会で……」
なーる。爵位持ちじゃないアリーはお呼びじゃないんだ。そして侯爵令嬢の肩書を持つ私だから仲良くなりたい訳ね。
「ごめんなさい。明日はアリーたちと西エリアのカフェに行く約束をしてますの。次の機会にお願いしますわ」
パウリーネ様は一瞬アリーを睨んで去っていった。
「アリー、不快な思いさせちゃったね」
私がしゅんとするとアリーが慰めてくれた。
「ヴィヴィのせいじゃないわ。爵位や血筋で付き合う人を決める人は多いもの」
「むしろヴィヴィみたいな方が珍しいぞ。侯爵令嬢なのに」
カールの言葉にトーマスがうん、と頷いてから小さい声で言った。
「明日……カフェに僕も行っていい?」
トーマスは厳つい体つきに似合わず甘党だ。
「もちろんよ。咄嗟に言っちゃったけどみんなで行かない?」
私が言ったところで別の声が割り込んだ。
「楽しそうだな、私たちも一緒していいか?」
突然のジーク兄様の登場に周囲から黄色い悲鳴が上がった。