一年生(3)
昼休み後に教室に戻る。
さあいよいよ封印解除と魔力測定だ。
みんな席に着きながらもそわそわと落ち着かない。もちろん私も。
「場所を移動するぞ。ついて来てくれ」
エルトマン先生の指示に従ってみんな先生の後ろをぞろぞろとついて行く。隣の二組からも先生に連れられて生徒たちが出てきた。
おおう。隣のクラスは先生の後を二列に並んでついて行く。一組はバラバラと勝手に先生の後をついて行くだけだ。
一組の一人の女の子が隣のクラスの先頭を歩く女の子に挨拶をした。たしかグレーテという名前だった。
隣のクラスの女の子は鷹揚に挨拶を返した後私を見てふんっ!というように顔をそらした。
なんか嫌な態度!私は隣を歩くカール話しかけた。
「ねえカール二組の先頭の女の子、誰か知ってる?」
答えてくれたのはアリーだ。
「ハンクシュタイン侯爵家のジモーネ様です。えーと家格的にプレデビューの時にヴィヴィの後ろにいませんでした?」
ああ!思い出した。ダンスの時フィル兄様もエル兄様もいなくて困っていたら嘲笑った女の子だ。
「へー!俺らからは前の高位貴族の方なんか見えないからなぁ。アリーはよく知ってるな」
「一度王宮でお見かけしたことがあるの。うちの父は王宮勤めだから、忘れ物を届けに行った時に」
アリーの家は爵位持ちじゃないって言っていた。爵位持ちじゃない貴族は王宮勤めだったり魔術院勤めだったり、この学校の先生もいる。
「うちは……竜騎士なんだ……」トーマスが消え入りそうな声で言った。
「竜騎士!カッコイイ!」カールの言葉にトーマスが照れたように笑った。
着いたところは学院のホール。
だだっ広い空間のエントランス付近に衝立で仕切られた四つのブースがある。
ブースと言っても一つ一つにそれなりの広さがありちゃんとドアが付いている。
「一組から順番に女子は左の二つのブース、男子は右の二つのブースのどちらかに入ってくれ」
エルトマン先生の言葉に皆が顔を見合わせる。
ヘンデルス様とパウリーネ様が歩き出し二つのブースに入っていった。
「俺も行く」カールがもう一つのブースに入り、アリーが最後のブースに入った。
うーん出遅れちゃったなぁ……待っているとクスクス笑いが耳に飛び込んできた。
そちらを見ると同じクラスのグレーテ様が二組のジモーネ様と話をしている。
グレーテ様は笑っていないけど二組のジモーネ様ともう一人の女の子が私を見て嗤っていた。
「まあ!平民と!」
「さすが愛人の……」
「育ちが……血筋が……」
漏れ聞こえる言葉だけでも感じ悪いが……無視無視!
私は何も聞こえてません~って顔で立っていた。
暫くして「次の方どうぞ」と言われたので私は一つのブースに入っていった。
ドアを入ると室内の中心の床に魔方陣のようなものが描かれている。
部屋の中には三人の女性。二人は先生だと思われるがもう一人は黒のローブを着ていた。
「私は魔術院の鑑定士です。今からあなたの封印の第一解除を行いますわ。お名前は?」
ふんわり笑ったその人は私が「ヴィヴィアーネ・アウフミュラーです」と答えると一瞬目を見張ったが
「ではヴィヴィアーネ様、制服の上だけ脱いで背中が見えるようにしてこの魔方陣の真ん中に立ってください」と何事もなかったように言った。
魔方陣の中央に立つとその人が私の背中に手を当て呪文を唱える。
ぱあっと背中が熱くなったような……いえ、違う。背中から生まれた熱は私の体中を駆け巡る。
私はその熱が体になじむまで目を瞑っていた。
ほうっと息を吐いて目を開けると先ほどの鑑定士の方がにこやかに私を見ていた。
「終わりましたわ。制服を着てあちらのドアから出てください」
部屋にいた先生の一人が私を誘導してくれた。
私からは見えないが背中の封印の印は三重の円のような形で魔方陣が描かれているらしい。そして一番外側の魔方陣にはどこの家の者かを表す紋章も組み込まれていると聞いた。
今回の解除は一番内側の魔方陣で、三年生の時に真ん中、五年生で一番外側の魔方陣が解除されると教わった。
入ってきたのとは別のドアから出るとそこはホールの奥で先に入った人たちが先生と一対一で何かをしている。
ただお互い十分離れているので何をしているかはよく見えない。
私を誘導していた先生は離れたところで待っている一人の先生に私を託すと戻っていった。
「ヴィヴィアーネ・アウフミュラー嬢だね。僕はマヌエル・アイゼン。今から君の魔力測定を行うよ」
物腰柔らかな先生は私の手に卵ぐらいの大きさの丸い球を乗せた。
「これは魔道具でね。もともと魔力が通りやすい物質でできているんだ。君の魔力をここに通すとこの球は浮き上がる。その浮き上がり方で君の魔力の大きさがわかるんだ。それに魔力の適性もわかる」
魔力の適性?初めて聞く言葉に首をかしげると先生はまた説明してくれた。
「相性みたいなものだよ。僕たちは魔道具や呪文を通じて魔力をいろいろなものに変換するわけだけど十の力を十に変換できるわけではないんだ。火と相性がいい人は炎系の魔道具だったら十の力を十二にできるけど水系の魔道具だと八ぐらいの効果しか得られないといった感じかな」
そして続けて言った。
「その相性を知ってどうするのかは君次第だけどね」
「私次第?」
「相性のいい魔術を伸ばしてスペシャリストを目指すのか、苦手な魔術を練習してマルチを目指すのかと言ったところかな。もっとも魔力が多い人は関係ないんだけど」
「どうしてですか?」
「だって10を12するか8にするかは大きな問題だけど1000を998にするか1002にするかはあんまり問題じゃないでしょ。極端な例えだけど」
「わかりました」
「じゃあやってみようか。自分の中に魔力が巡っているのは感じられる?」
先ほどの感覚のことだろうか。私は頷いた。私に馴染んだ熱は意識すれば体の中を巡っているのが感じられる。
「その魔力を掌に集めて」
体を巡っている熱が掌に集まるよう意識する。
離れたところで歓声が聞こえた。何人かの生徒たちが球を宙に浮かべている。高く上がっている球もあれば低くて必死に高く上げようと必死になっている生徒もいる。
「はい!集中してね」
先生の言葉でまた掌に意識を集中した。
「掌に魔力が集まったらそれを球に注ぎ込むんだよ。掌に蛇口が付いていてそこから球に魔力を注ぎ入れるんだ」
やってみるがなかなか上手くいかない。狭い入り口を体の大きな人が無理やり通ろうとしてるみたいな感覚?つっかえているような感じ。
「おおっ!さすがジモーネ様」
「うふふ、当然よ。どっかの愛人の娘とは血統が違うわ」
少し離れた場所からわざとこちらに聞かせるような大きな声が聞こえた。
カッと体が熱くなった。
途端に手の中の球が消えた。