一年生(1)
第二章です。
基本ヴィヴィ視点になります。
ヴァルム魔術学院はそれだけで一つの町を形成するような物凄く大きな学院だ。
ワクワクと不安を胸に抱え馬車に揺られて一週間、私はこの地にやってきた。
一人で学院までやってくる人たちも多い中で私は恵まれている方だろう。学院に在籍中のエル兄様が一緒だしここに来る前にフィル兄様も学院のいろいろな事を教えてくれた。
馬車で学院に向かうとどこまでも続く塀が見えてくる。門には衛兵が常駐していてそこでチェックを受けて塀の内側に入った。正面に噴水と池。それを取り囲む大きな広場がありその奥に数棟の建物。ここで馬車は右に曲がった。綺麗に整備された石畳の左右には庭園や樹木が生い茂る林があって散策したら気持ちよさそう。
右に曲がって程なく一つの建物の前で馬車が停まった。瀟洒な三階建ての建物が三棟建っている。
エル兄様は素早く降りると私に手を差し出してくれた。
私は地面に降り立つと目の前の建物を見上げる。
ここはヴァルム魔術学院の広大な敷地の中に立つ女子寮の前。
三日後の入学式に備えて今日から私はここに住むのだ。
ヴァルム魔術学院——ヴェルヴァルム王国の十二歳から十七歳の貴族の子息令嬢が通う王国唯一の学院。
広大なヴェルヴァルム王国において貴族は非常に少ない。国内には数多の学校があって平民は財力や学力に応じて学校に通う人もいれば学校に通わず早くから働きに出る人もいるらしい。裕福な商家だったり役所勤め、貴族の家の重要なポストについている使用人たちの子供は高度な教育を受けている者も多いとフィル兄様が言っていた。
しかしヴァルム魔術学院だけは貴族しか通えないし貴族は必ずこの学院に通う。
なぜならこの学院だけが名前の通り魔術を教える学校だから。
もちろん魔術だけでなく一般の学問や剣術などの授業もあるのだけれど、魔術ですよ魔術!
私はその響きにうっとりする。フィル兄様に魔術は何度か見せてもらったり、魔道具も見たことがあるけれどついに私も封印が解除されて魔術が使えるようになるのだ。それはとてもドキドキすることだった。
馬車から私の荷物を下ろしてエル兄様は男子寮に向かった。
私はマリアと顔を見合わせてエントランスに向かった。
私の部屋は三階。寮の管理人をしているホフハイマーさんに案内してもらう。
寮にはメイドや従者を一人連れてきても良いことになっている。私は迷うことなくマリアにお願いした。
部屋には既に荷物が運び込まれていたので早速荷物の整理を始める。
「ヴィヴィ様、荷物の整理は私がやります」
「私にも手伝わせてマリア。二人でやった方が早いわ。さっさと荷物を片付けてお散歩に行きましょうよ」
一時間後、再びしっかり着込んでマリアと外に出た。早春の風はまだ冷たいが日差しは暖かく木々の間を歩いていく。枝に薄桃色のつぼみがいくつもついている。
木蓮の木立を抜けると花壇が広がる。スイートピーやマーガレットなど可愛らしい花が多い。
マリアと話をしながら歩いているとガサガサと背後で音がした。
「うわっ!どいてくれ!」
「え!?きゃあ!」
花壇を飛び越えてふいに現れた人物と私は真正面からぶつか——らなかった。
すんでのところで回避はしたが勢いで尻もちをつきそうになった私を伸びてきた手が支えた。
「ごめん!急いでいるんだ!」
彼のやってきた方向から「居たか!?」「くそっ!何処へいったんだ!」という声と共に数人の男の人がやってくる気配がした。
私は咄嗟に彼に向かって言った。
「そこの植え込みの後ろに隠れて!」
彼が隠れるとほぼ同時に三人の男の人達が走ってきた。彼らは全身泥だらけで水をぼたぼたと振りまいていた。彼らは私を見るとギョッとして立ち止まり、次いでためらいがちに話しかけてきた。
「失礼。君は……新入生か?」
「はい。そうですが?」
「あー、こちらの方に走ってくる男を見かけなかったか?」
私は少し思案した。
「こちらに来た人はいませんがあちらの木立を抜けて走って行く人なら見ましたわ」
「わかった。おい!向こうだ!」
泥だらけの男の人達が去ってしばらくして私は花壇の後ろに声をかけた。
「もう出てきて大丈夫ですよ」
答えは無い。
あれ?と思いのぞき込むとそこには誰もいなかった。
入学式も無事終わり教室に向かう。一年生は一クラス十人で五クラス。私は一組。
ちなみにこれは魔術以外の授業のクラスで魔術の授業は今日の午後行われる第一段階の封印解除と魔力測定の後で魔力量によりAクラスからCクラスに分けられる。
教室に入り室内を見回す。教卓を中心に五つの机が前後二列、半円状に広がっていた。
席はあらかた埋まっている。私は空いている席に行って隣の人に話しかけた。
「席は自由なんですか?ここに座ってもいいのかしら?」
「自由みたいだよ。あっ!」
「あっ!この前の……」
庭園を散策しているときに出会った少年だ。
「あの時はありがとう。黙っていなくなってごめんな」
クシャッと笑った彼につられて私も笑ってしまった。
「ふふっ気にしないで。あ、私はヴィヴィアーネ・アウフミュラーよ。よろしくね」
彼の貴族らしくないフランクな話し方に影響されたみたいだ。私も気軽に返したのだけど
「俺はカール・ダーヴィト。よろし……えええ!アウフミュラーって侯爵家の!?」
カールはピキーンと固まりやがて恐る恐る言った。
「あの……失礼な話し方をしてすんません……いや、すんませんも駄目だな。えーと……」
私は思わず噴き出した。
「ぷっ!あはは……今までの話し方でいいわよ。学長も学院内では身分の上下は関係ないって言ってたじゃない」
そう。この学院にいる間は身分の上下は関係ない。もちろん人としての礼節や先輩や先生に対する敬意は払うべきであるが。その為爵位や家名などで呼ぶよりも名前で呼び合うことも推奨されていた。
カールは暫く虚空を睨んで思案していたが観念したように言った。
「助かる。俺苦手なんだよな、貴族らしい話し方って。まあ今更だし」
「うん、実は私も。内緒にしてくれる?」
「りょーかい!改めてよろしくカールと呼んでくれ」
「ヴィヴィよ」
私はカールが差し出した手を握った。