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ヴィヴィ十一歳(4)


 アンゲリカは嘘つき令嬢と呼ばれている。


 三年ほど前アンゲリカの伯爵家はアウフミュラー侯爵家を出禁になった。


 一時は借金で没落かと思われたが、裕福な子爵家の当主とアンゲリカが婚約を結ぶことによって援助を受けることができた。

 ただ婚約相手はアンゲリカの父より年上で三度目の結婚になるが。スケベ爺ではあるが贅沢をさせてくれるので貰うものだけ貰って学院の卒業までには婚約を破棄しようと思っている。


 アウフミュラー侯爵家を出禁になった理由をアンゲリカは侯爵家の息子と親しくなったアンゲリカに侯爵家の庶子の娘が嫉妬して意地悪をしたと説明した。


「私がエルヴィン様と仲良くお庭を散歩していたら庶子の娘が意地悪をしてきたのです。平民の男をけしかけ私に暴力を振るおうとし、皆の前で池に飛び込んで私のせいにしたのです。その娘に騙された侯爵が我が家を出入り禁止にしたのですわ」


 と涙ながらに語った。


 アウフミュラー侯爵は愛妻家として有名である。彼が妻を亡くした時の事件は大っぴらに話されてはいないものの皆が知っていて、未だに亡き妻だけを愛していることは周知の事実だ。

 そんな彼に愛人やましてやその娘がいるなどと信じる者はいなかった。


 ゆえにアンゲリカは噓つき令嬢と呼ばれ皆に疎まれた。学院でもアンゲリカに話しかける者はいない。





 今日のプレデビュー、先頭で入場してくるアウフミュラー侯爵家とあっけにとられる人々を見てアンゲリカは胸のすく思いだった。


 アウフミュラー侯爵家のあの娘は気に食わないがアンゲリカを嘘つき呼ばわりした人たちが唖然とした顔をしているのを見るのは痛快だった。


 壁際で一人ほくそ笑んでいると取り巻きを引き連れたハンクシュタイン侯爵の娘がやってくるのが見えた。



「ごきげんようアンゲリカ様」


 扇で口元を隠しながらゲルトルートが言った。


「何か御用ですか?ゲルトルート様」


 アンゲリカはゲルトルートに挑戦的な目を向ける。


「あなた、アウフミュラー侯爵家の庶子のことを前に話していたわね」


「ええ。皆さんに信じてもらえずとても悲しい思いをいたしましたわ」


 アンゲリカは出てもいない涙をぬぐった。


「あの女はどういう女なの?エルヴィン様と仲がいいの?」


 ゲルトルートの妹のジモーネが性急に聞いてくる。

 アンゲリカはさも悲しそうに盛大にため息をつく。


「あの娘が庶子なのは皆さまお判りでしょう。あんなにアウフミュラー侯爵家の方々と似ていないのですもの。あの娘はしたたかなのですわ。エルヴィン様はあの娘をたいそう可愛がっていらっしゃいましたもの」


 ジモーネはギリギリと扇の下で歯ぎしりをした。


「今日の様子を見るとフィリップ様もあの娘に丸め込まれたようですわね」


「聡明なフィリップ様は簡単に丸め込まれたりなんかいたしませんわ!」


 アンゲリカの言葉にゲルトルートが答えるがアンゲリカは嗤った。


「ふふふ……あの小娘とダンスを踊るのはどちらかしら。何度誘っても絶対に靡かないフィリップ様かもしれませんわね」


「そんなことはさせないわ」


 平静を装っていてもゲルトルートの扇を握る手はぶるぶると震えている。

 それをいい気味だと眺めていたアンゲリカは次の言葉に耳を疑った。


「あなた、あの娘のドレスにジュースをぶちまけなさいな」


「は?」


「アンゲリカ様、あなたにお役目を差し上げるわ」


 打って変わってゲルトルートは楽しそうに言った。


「私は聡明なフィリップ様があんな小娘に丸め込まれたなどと信じてはおりませんわ。でも念には念を入れなくてはね。あの娘のドレスを汚してしまえば誰ともダンスなんてできないでしょう?」


 クスクス笑ったゲルトルートは鋭い目でアンゲリカを見据えた。


「無理だわ!そんなことをすれば私がアウフミュラー侯爵家に睨まれるじゃないの!」


「あらよろけた振りでもすれば大丈夫よ。上手くいったらあなたを私の取り巻きに入れて差し上げるわ」


 ゲルトルートの言葉にジモーネも賛同する。


「お姉さま、天才だわ!私も私の晴れの舞台を台無しにしたあの女が気に入らなかったのよ」


 ジモーネより前にヴィヴィたちが入場したのも注目を集めたのもヴィヴィのせいではない。完全に逆恨みだがハンクシュタイン侯爵家の姉妹がヴィヴィとかいうあの娘を敵認定するのはアンゲリカには好都合だった。


「ねえ、あなた学院でも一人もお友達がいないんですって?私の取り巻きになればあなたもちやほやされるわよ」


 ゲルトルートのこの言葉がダメ押しとなってアンゲリカは渋々だがヴィヴィにジュースをかける役目を引き受けた。

 ただしゲルトルート達がフィリップとエルヴィンをヴィヴィから引き離してアンゲリカがジュースをかけるところを目撃させないように頼んだ。









 その令嬢は何気なさそうに片手にぶどうジュースのグラスを持って歩いてきた。

 白いドレスではないのでプレデビューの令嬢ではない。でもグラスを持って歩き回ったらふとした弾みにドレスを汚してしまうのに……なんとなく気になってヴィヴィはその令嬢を見ていた。


 彼女はヴィヴィに近づくとにんまり笑った。


「お久しぶりね、ヴィヴィさん」


「?……あ!アンゲリカ……様?」


 ヴィヴィの脳裏に三年前の出来事が蘇る。


 突然、アンゲリカは「ああっ!よろけてしまったわ!」と言いながら手に持ったジュースをヴィヴィに向かってぶちまけようとした。


 パシャ!


 ヴィヴィの前に大きな背中が見える。


 ヴィヴィの代わりにジュースを浴び、胸元から足まで紫色の雫を滴らせているのはフィリップだった。






 フィリップもヴィヴィ同様ジュースを持ったアンゲリカが気になって何となく目で追っていた。

 令嬢は何気なくだが確実にヴィヴィに向かって近づいていく。


 彼女がヴィヴィの前に立ったと同時にフィリップは動き出した。


「あ、フィリップ様……」


 フィリップを引き留めようとしたゲルトルートの手は空を切った。





 胸元から足まで紫色の大きなシミが広がったフィリップを見てアンゲリカは真っ青になった。


 フィリップは鋭い目でアンゲリカを睨みつける。


「どういうつもりだ?」


「あの……すみませんよろけてしまって……」


「僕にはよろけたようには見えなかったが」


 だからゲルトルートにはフィリップとエルヴィンを引き離しておくように言ったのに……

 アンゲリカは舌打ちしたい気分だったが顔だけは殊勝に俯いて申し訳なさそうなふりをした。


「兄上どうし———あっ!お前アンゲリカだな!」


 エルヴィンがやってきたところでアンゲリカはマズいと思った。

 こうなればゲルトルートに脅されたと言うしかない。


「まあ!どうなさったんですか?」


 ゲルトルートたちも乱入する。


「フィリップ様、大変!お召し物が!」


「早く着替えてきた方がよろしいですわ!」


 ゲルトルートたちが大声で騒ぎ立てるので周囲の者たちも注目し始めた。

 アンゲリカは騒ぎに乗じてこそこそとその場を離れる。


 フィリップはアンゲリカへの追及を諦めエルヴィンに耳打ちした。


「急いで着替えてくる。ヴィヴィを頼む」


 父に言えば着替えを用意してもらえるだろう。

 フィリップは足早にその場を後にした。






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