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ミルコの呟き(3)


『希望の家』に住んで数か月が経った。


 その日やってきたヴィヴィは俺に言った。


「ミルコ、王都の南西部にあるシューレールの町に行きましょう!」


「はあ?」


 話を聞くとその町でも孤児たちが身を寄せ合って暮らしているらしい。その町では領主が孤児を保護するという名目で幼い子供たちにギリギリの食事と劣悪な環境で強制労働を強いていたらしい。ほかにも悪いことをしていた領主はとっくの昔に死刑になったがその町にやってきた王都の役人も孤児たちの扱いに苦慮しているらしい。


「一応聞くけど俺に拒否権は?」


「無いわ」


 そうしてミルコはヴィヴィとシューレールの町に行き『希望の家』建設のために奔走した。

 役人と話し合いをし、土地を確保し、大工や職人と話をつける。孤児たちと話をしリーダーを決め孤児たちの生活の安定を図る。ミルコたちより彼らの状態はひどかった。長い間脅され鞭で叩かれ言いなりになっていた彼らは生きることに無気力だったのだ。


 数か月ヴィヴィと格闘し、やっと『希望の家』が出来て彼らの瞳に光が戻ってミルコはホッと息をついた。


 そして自分が救われたようにこの国の孤児たちを救っていきたいと思った。


「なあヴィヴィ、どうしたらいいと思う?」


「うーーん」と考えヴィヴィは言った。


「王宮の官吏になればいいんじゃないかしら」


「はあ!?馬鹿言うなよ!俺は字も書けないんだぞ!」


「そんなのこれから覚えればいいわ。私が教えるわ。大丈夫よ、ミルコは頭がいいもの。すぐに覚えるわ。『希望の家』に関しては実績もあるしこれから頑張ればきっと受かるわよ」


 本当に?本当に頑張れば孤児の俺が王宮の官吏なんていう凄いもんになれるんだろうか?

 ドキドキしてきたミルコにヴィヴィは爆弾を落とした。


「私もミルコが官吏になってこの仕事を引き継いでくれれば安心してお嫁に行けるわ」


 お嫁に行く……その言葉にミルコは脳天をこん棒でぶん殴られたような衝撃を受けた。


 わかっていた……わかってはいたんだ。ヴィヴィが俺たちとずっと一緒に居てくれるわけなんて無いことは……


 最初は信じていなかったけどヴィヴィは本当にこの国の王女様だった。

 だけど誰が信じる?スラムに足を踏み入れ俺に馬乗りになる。孤児たちと屈託なく話し一緒に粗末な飯を食い野宿も平気なら農作業も一緒にやる王女様なんて……


 だからアイーダがミルコに釘を刺した時も笑って受け流した。


「ねえミルコわかってる?ヴィヴィ様はあたしたちとは違うんだよ」


「何言ってるんだよ。ヴィヴィはヴィヴィじゃねえか」


「だってヴィヴィ様はお姫様なんだよ?そりゃ今は一緒に居てくれるけど本当は顔も見ることが出来ない人なんだよ?きっと今のお仕事が終わったら二度と会うことなんかないよ」


「そうかもしれねえけどヴィヴィは気軽に俺らのところに遊びに来るんじゃねえの?王宮は息が詰まるーーとか言ってさ。あんなお転婆は嫁の貰い手もないだろうし」


「それでもミルコと結婚することは無いよ?」


 アイーダはジト目でミルコを睨む。

 結婚とかなんとかってこいつ最近色気づいて来たんじゃねえか?とミルコは思った。


「お前、馬鹿なこと言ってんなよ。け結婚なんてする訳ないだろ!だいたいヴィヴィは俺より五つも年上でそのくせ全く色気なんてねえんだぞ」


「ふうん……ま、いいけど。ミルコにはあたしぐらいがお似合いだよ、きっと」


 ミルコは「色気が出てきたら考えてやるよ」とか言ったけどお互いにまだ十二だ。結婚なんて遠い将来の事は考えたことも無かったし今までは食うのに精いっぱいだった。


 だからヴィヴィの『お嫁に行く』発言にこんなにショックを受けるとは思っていなかった。





「ミルコ!私の婚約者がね、ミルコに会いたいんだって」


 ある日のヴィヴィの発言にミルコは固まった。

 その日ヴィヴィはミルコに勉強を教えに来ていた。もう少ししたらまた別の町に『希望の家』を作りに行く。それまで暇があればヴィヴィはミルコに勉強を教えに来ていた。


「お、お前婚約者なんていたんだ」


「失礼ね!私はもうすぐ十八になるのよ。婚約者の一人や二人……って一人しかいないけど。とっても素敵な人よ」


「こ、婚約者ってどっかの王子様とかなのか?」


「あらよくわかったわね。隣のヴェルヴァルム王国の王子様よ」


 目の前が真っ暗になったような気がしてミルコは一瞬ふらついた。


「ミルコ!どうしたの?大丈夫?」


「お前みたいなじゃじゃ馬が王子様と結婚なんて相手が気の毒過ぎて一瞬ふらついたんだよ」


「んもう!私はじゃじゃ馬なんか……うーーん、そうだけどジークはそんなことで嫌ったりしないわ。じゃじゃ馬の私も丸ごとあ、あ、愛してくれているのよ」


 ヴィヴィは真っ赤な顔をしてそんなことを言う。その顔が可愛くてだけど見ているのが辛くてミルコは下を向いた。

 その後は勉強に集中している振りをして一度もヴィヴィを見なかった。



 勉強が終わりヴィヴィが王宮に帰るときいつもヴィヴィについて来ている立派な兵士――アロイスという名前らしい。そのアロイスが慰めるようにミルコの頭をポンポンと二回叩いたのが何だか癪に障った。


 アロイスは兵士じゃなくて騎士というらしい。ミルコにはその違いが判らない。だけど上等な服を着てヴィヴィなんか簡単に守れるくらい強そうでちゃんと教育も受けてて当然のようにいつもヴィヴィの傍にいるアロイスに慰められたことが癪に障ったのだった。




 後日ヴィヴィの婚約者というジークとかいう王子様と会った。


「絵本の王子様みたいなやつだなぁ」とミルコは呟いてしまった。


 だってサラサラの金髪に青い目で背も高く物凄く格好いい青年だったから。それに悔しいことにヴィヴィと無茶苦茶お似合いだった。普段は意識していないが王子様と並んでみるとヴィヴィは物凄く美少女だった。


 こんな王子様がヴィヴィの本性を知ったら呆れて嫌いになっちゃうんじゃないか?と思ったけどその後の付き合いでジークがすごくいいやつだということもわかってきた。ジークも護衛騎士のエルヴィンというやつもミルコの事を見下したりなんかしなかった。でもヴィヴィが無茶ばっかりするのでお説教ばかりしていた。ジークとヴィヴィはヴィヴィが五歳の時からの付き合いなんだと教えてもらった。どういう事情か分からないけれどエルヴィンが血のつながらない兄さんだというのも教えてもらった。

 敵わねえなぁ……ミルコは素直にそう思った。何に敵わないのかはわからなかったけれど。




 それからもミルコはヴィヴィと各地に『希望の家』を作り続けた。


 領主が本当は悪い奴で今まで王宮のお役人を騙し善良なふりをして私腹を肥やしていたのをヴィヴィと暴いてピンチになったこともあった。人攫いの盗賊団を追いかけてピンチになったこともあった。『希望の家』建設のために地方のお役人に協力してもらって走り回っていたらそいつがいきなりヴィヴィに求婚したこともあった。


 その度にヴィヴィはジークに叱られ無事でよかったと安堵され求婚されるような隙は作るなと諭されていた。







 二年経ち、ミルコは王宮の採用試験に合格した。


 本当は点数が足りなかったんじゃないかとミルコは疑っている。だけど配属先は王妃付き行政官で担当は『希望の家』建設だ。この仕事なら誰よりも詳しいと自信を持って言える。


 王宮の官吏になって初めて王妃様と面会した。


 本当は下っ端の官吏が王妃様と直接会うことなんて無いらしい。でも孤児を救いたいという仕事は王妃様が始めた事らしい。でも赤ちゃんが出来て一時中断した。それをヴィヴィが引き継いだということらしかった。


 ただの妊娠ではない、王妃様が生んだのはこの国の次の王様だ。そりゃ周りも慎重になるよなあ……と納得した。

 子供を産んで二年して公務に復帰された王妃様は気さくな人でヴィヴィによく似ていた。


 王妃様のことを気さくなんて言うと不敬ってやつかもしれないが王妃様もヴィヴィもまったく気にしない。ヴィヴィが内緒なんだけどと言って王妃様が孤児院育ちだと教えてくれた。


 は?王妃様が孤児院育ち?意味が分からない。「ちなみに私は侯爵令嬢だったのよ」なんて言っていたけど侯爵令嬢ってトマトに手づかみでかぶりついたりするのか?って聞いたら苦笑いしていた。


 王妃様ともすぐ馬が合って「ヴィヴィが俺と結婚すればマリアが母ちゃんになるのに」と呟いたら「残念ねーー。ヴィヴィにはとっても素敵な婚約者がいるのよ。ちょっと遅かったわねーー」と笑っていた。


「ジークにはもう会った」というと「お似合いの二人でしょう」とミルコを見た。その目が同情しているように見えてミルコはそっぽを向いた。


 ちなみにこの時の会話は後で上司のおっさんにしこたま怒られた。


「この国は建国したばかりで色々な人間が王宮に出入りしているし成り上がった者も多い。だから礼儀作法にあまりうるさくは無いがな、あの発言は不敬すぎる。お前は十五でもう成人した大人だ。王宮の官吏という肩書も得た。いつまでもガキのつもりでいるな。最低限の礼儀はわきまえろ。お前が無礼な物言いを続けていたらこの国の役人は最低の礼儀も知らないと諸国に侮られることになるぞ」


 そうだ、俺はもう責任がある大人なんだ、と反省した。


 それから言葉使いには気を付けるようにしている。






 でもふとしたはずみに出てしまう。

 特にヴィヴィのことを思い出した時に……


 だから明日また次の地域に『希望の家』を作る下見に行くという日、ヴィヴィに出会った時を思い出してつい呟いてしまった。


 まったく何なんだあの女は……


「そうね、三年間あなたを引っ張りまわしてあっさりお嫁に行っちゃったわね」


 王妃様はミルコの呟きに応えた。

 もうミルコは王妃様のことをマリアと呼んだりはしない。敬語は偶に怪しくなるけれど。でもヴィヴィはヴィヴィだ。王女様なんて呼べそうにない。


「ミルコ、あなたの人生はヴィヴィに会って全く違うものになったのね」


「そうですね。そのことは本当に感謝しています。あのままスラムで野垂れ死んでいたかもしれない、悪事を働いて引き返せないところまで行って捕まっていたかもしれない。ヴィヴィは俺に希望をくれました。住む処や食べる物だけではない、生きる希望ややりがいのある仕事をくれました。俺は今本当の意味で生きているということが出来る。だからこの仕事を頑張ってもっと多くの子供たちが希望を見いだせるようにしたいんです」


「そうね、あの子もそのうちにひょっこりこの国に遊びに来ることがあるかもしれないわ。その時に『ほらこんなに沢山の孤児たちが幸せになったのよ。あなたが始めた事よ』って成果を披露しなくちゃ。頑張りましょうねミルコ」


 ミルコは王妃様に向かって深く頷いた。


 頑張ろう、この出来立てほやほやの国でヴィヴィの父ちゃんや母ちゃんを支えて、少しでも苦しむ孤児たちを救えるように。

 だって俺は魔法使いのヴィヴィに魔法をかけられてしまった。初めて会ったあの時に……勝負に負けたあの時に……




―――――(おしまい)―――――








これで終わりになります。


最後までお読みくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに、ビィビィに会いたくて、 戻って来たら、知らないうちに 更新されていてびっくりしました! やっぱり、このサイトで一番始めに読んだ作品で、 私にとって、思い入れが強い作品なのだと言う…
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