最愛の人と共に生きる未来
最終話です。
長くなってしまいました。
—————三年半後—————
「見えてきたわ!!もうすぐねルーナ!」
私は弾んだ声でルーナに語り掛ける。
この国を出て三年と半分、秋に旅立った私は初春の柔らかな光の中を飛んでいる。
ついにこの国に帰ってきた。
私は二十歳になっていた。
二十歳と言っても自分の中ではこの国を飛び立った時と大して変わらないような気がする。すなわち成長していないともいう。
でもこの三年間はいろいろな事があった。
スラムの孤児たちを纏めているリーダー格の少年と大立ち回りを演じたりその少年と意気投合して孤児たちが自立できるような施設を作ったり、地方で子供たちに強制労働を強いていた悪徳領主をやっつけたり、後ろ暗い事をしていた貴族にまんまと騙されて荒野に置き去りにされたり(ルーナを呼んで帰ってきた)身分を隠して孤児院の設立に奔走していたら一緒に働いていた仲間に告白されたり……
本当に本当にいろいろな事があった。
やりたいことをやり切ったかと言われればやり切ったとは言えないけれど一応の区切りはつけてきた。
王都のスラムはオリバー父様たちの力で解体されそこに居た人たちは救護施設や職業訓練施設などに入ることが出来た。
あ、余談だがオリヴェルト様の事を『オリバー父様』と呼ぶようになった。
公式の場では国王陛下、オリヴェルト陛下と呼ぶが私的な場所でも呼んでいたら拗ねられた。
『おとうさん』と呼んでいた小さなころは『おとうさん』は頼りがいがあって優しくて大きな存在だった。一緒に暮らし始めたオリヴェルト様は頼りがいがあって優しいけれどつまらないことで拗ねたり子供っぽいような面も見せる人だった。
「私は君の父親なのに……そりゃあ今まで父親らしいことをしていない私が悪いんだけどさ……」と拗ねるので『お父様』と呼ぼうと思ったのだがアウフミュラー侯爵のお父様をどうしても連想してしまうので『オリバー父様』という呼名に落ち着いたのだった。
話を戻すと孤児たちは私が知り合ったリーダーの少年ミルコと共に収容施設に移った。『希望の家』と名付けられたその施設は王都の郊外に建てられ孤児たちが耕せるちょっとした畑や果樹園も併設しある程度年長の子供たちが技術を習得できるように工房も併設している。近隣の職人さんたちにお願いし月に数度でも技術を教えてくれるようなシステムも作った。施設の代表はスラムで育ってお針子になっていたミルコのお姉さんと近くの農家のおばさんが引き受けてくれることになった。
まだまだ寄付金や国からの補助も潤沢でないリードヴァルム王国で孤児たちが年長者が下の子たちを見ながらでもなんとか食べていけるような施設を作ることはできたと思う。
大立ち回りの末意気投合したミルコにはその後王都以外の地方都市にも『希望の家』を作るのに協力してもらい、昨年十五歳になったミルコは正式に王宮の官吏になり王妃付き行政官として引き続き『希望の家』建設の担当者として飛び回っている。
お母様とも馬が合うようで「ヴィヴィが俺と結婚すればマリアが母ちゃんになるのに」なんて言っていた。
王妃様に向かって不敬ともとれる発言だけど平民も多く国の中枢に登用され礼儀作法にそこまで煩くないリードヴァルム王国では公の場でなければそこまで煩く言われない。
というかお母様も平民育ちなのでまったく気にしない。
「残念ねーー。ヴィヴィにはとっても素敵な婚約者がいるのよ。ちょっと遅かったわねーー」
なんて言っていた。
ミルコにはジークを後日引き合わせた。ミルコはポカ――ンと口を開けて「絵本の王子様みたいなやつだなぁ」と呟いた。
ホントの王子様なんだけど。そして私は王女様なんだけど。
「いや、ヴィヴィはいいんだよ。王女様って柄じゃないんだから。お前野宿でも寝れるじゃん。宝石とか興味ないしトマトとか手づかみで丸ごとかじるだろ」
そうだけど……
あ、ジークは頻繁にリードヴァルム王国に来ていました。大体月一の割合で。
それ以外の日に仕事を詰め込んで何とかまとまった日数が取れるとエル兄様と二人で飛んでくる。
フィル兄様がかなり協力してくれたようだ。
「この借りはヴィヴィが帰って来てからたっぷり返してもらうから気にしないでいいよ」と言っていたそうだけど……気にする。
ジークに「無理しないでね」と言ったら「イグナーツがコースを覚えて寝ていても運んでくれるから楽ちんだ」と言って笑っていた。
それにしても私は三年はジークに会えないと思っていたから次の月にやってきたジークを見て思わず「あの日の涙を返して!」と叫んでしまった。
「ヴィヴィが三年はリードヴァルム王国に行くことは了承したけど、その間僕がこの国に来ないとは言っていないよ。結婚は待つけど恋人期間を放棄するつもりは無いしヴィヴィを見張っていなきゃ僕は胃に穴をあけることも禿げることもできないじゃないか」
胃に穴をあけることも禿げることもお願いだからやめて欲しい。
「だいたいヴィヴィは僕がいない間にやっぱり親しい男を作ったじゃないか」
え?それってミルコの事?ミルコは知り合った時は十二歳の悪ガキだよ?親しい男どころか喧嘩を吹っかけてきたんだよ?
「私が好きなのはジークだけよ、わかっているくせに。ジークが会いに来てくれて本当は物凄く嬉しいの」
そう言ったらぎゅっと抱きしめてくれて「誰にも抱きしめられたりしていない?」と聞くからジークの腕の中で頷くと「こんなことも?」と言って何度もキスをしてくれた。「ジーク以外の人とする訳ないわ」と私が答える頃には頭がポーっとなっていてちゃんと答えたのか記憶が曖昧だ。
そんなこんなでリードヴァルム王国で私は孤児たちの施設を作りつつ偶に悪徳貴族を懲らしめたりピンチになってアロイスやジークに救われたり叱られたり甘い時を過ごしたりして三年半が過ぎた。
この春にジークと結婚することが去年の夏に正式に決まり私は結婚式の一か月前の今日ヴェルヴァルム王国にアロイスと共に戻ってきたのだった。
王宮の竜場に着陸すると待っていたジークが駆け寄ってきた。
その向こうに懐かしい人たちの顔が見える。
私は駆け出しジークの横をすり抜け国王陛下の前に立った。
「ただいま戻りました。これからよろしくお願いいたします」
なるべく優雅に見えるようにカーテシーをする。ルーナに乗っていたからズボン姿だけどね。
「ぷっ……よく戻った。君の活躍はオリヴェルト殿からの書簡やアルブレヒトの手紙で聞いている。一か月後の結婚式は楽しみにしているよ」
国王陛下は私の後ろで私を抱き留める格好のまま固まっているジークを見て吹き出しながら言った。
私は次にお父様の前に立った。
「お父様、ただいま戻りました」
抱き着きながら言うとお父様は私を受け止めながら言った。
「ヴィヴィアーネ、お帰り。無事に帰ってきたな。私も一か月後の愛娘の結婚式を楽しみにしているよ」
私は今度こそ固まったままのジークに後ろから抱き着きながら言った。
「ただいまジーク!!あなたのお嫁さんになりに戻ってきたわ!」
「ヴィヴィ!おかえり!良かった……ヴィヴィが僕のことを見えていないか、ヴィヴィに嫌われたか、それとも僕が見ているヴィヴィは幻で本物はまだリードヴァルム王国にいるかその内のどれなんだろうと悩んでいたんだ」
「ごめんね。ジークにはゆっくり挨拶したかったから後回しにしちゃったの」
「そうか……僕にはゆっくり……そうか。うん、全然かまわないよ。これからゆっくりヴィヴィの帰国を喜び合おう」
陛下は「東の離宮は少々手直しをしたが君の部屋はそのままになっている。届いた荷物も運びこんであるのでゆっくり疲れを取りなさい」と言ってお父様やお付きの人達と一緒に戻っていった。
アロイスもフーベルトゥス騎士団長に「ご苦労だったな。まずはゆっくり休め」と頭をわしゃわしゃと撫でられた。
私はアロイスに駆け寄ってお礼を言った。
「アロイス、三年半私を支えてくれて守ってくれてありがとう。あなたがいたから私は見知らぬ人たちの中でも安心することが出来たわ」
「俺は……私はヴィヴィ様の護衛ですから」
アロイスは仏頂面でそう言ったけど、耳を赤くしながら騎士団長と去って行った。
私はルーナの世話を竜場の係の人に頼んでジークと東の離宮に向かった。
これから二人でゆっくり帰国を喜び合おうと思った時だった。
「ヴィヴィ!僕の最愛の妹!帰ってきたんだね!嬉しいよ」
私をぎゅっと抱きしめるのはフィル兄様。
「フィリップ!私が頼んだ書類は整ったのか?」
ジークがフィル兄様をべりっと引きはがしながら言う。
「もちろんですよ、僕を誰だと思っているんです。書類を整えたのでこちらに目を通してサインを頂きます。至急執務室へ向かってください」
「くそっ!半日はかかると思ったのに……ごめんヴィヴィ、仕事を済ませてから離宮に向かうよ。あ、それからフィリップ、お前も結婚したんだからむやみやたらにヴィヴィに抱き着くな!」
「何をいまさら……僕の妻は僕がヴィヴィに抱き着くところなんて嫌というほど見てますよ。そのたびに眉を吊り上げて怒るところがまた可愛くて……」
ジークとフィル兄様は言い合いをしながら去って行った。
私はため息をついて後を頼まれたエル兄様と共に離宮に向かう。
そう、フィル兄様はついに結婚したのだ。
私がリードヴァルム王国に旅立って一年後にエル兄様がナターリエ様と、二年後にフィル兄様が結婚した。フィル兄様の結婚相手はなんとなんとレーベッカだ。
もちろんその時には里帰り?して結婚式に出席しました。
レーベッカとフィル兄様の相性は最悪なんじゃないかと思った時もあったが実は最高だったらしい?顔を見ると言い合いばかりしていた二人がどうして結婚することになったのか私は知らない。
そこのところはこれからゆっくり聞き出していくつもりだ。
フィル兄様とレーベッカの恋バナなんて興味津々でしょう。
東の離宮では新しい私付きになってくれた人たちが出迎えてくれた。
もちろん懐かしい顔もいる。護衛騎士はアロイスを筆頭にメンバーは変わらない。
メイドたちは結婚して退職した人もいるけれどカルラやベティーナはまた私に仕えてくれることになった。
そして結婚して退職したレーベッカの代わりは……
「アライダ・ダーヴィトと申します。本日からヴィヴィアーネ殿下の侍女を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」
「アリー!!え?ホント?アリーが侍女なの?」
私はアリーに抱き着きながら聞くと「んもう、挨拶ぐらいちゃんとさせて?」と言いながらアリーは舌を出した。
「え?いいの?だってアリーはカールと結婚したじゃない」
「うちは男爵家だしカールは竜騎士団に入っていてお義父様はまだまだ健在だからしばらくはお勤めしていられるの。レーベッカ様みたいに侯爵家の嫡男のお嫁さんじゃないから気楽なものよ。それにほら、レーベッカ様は……ね」
そう、フィル兄様と結婚したレーベッカは只今第一子を妊娠中だ。
私は来年には(気持ちの上では)叔母さんになるのだ。
赤ちゃんと言えばもう一人。
お母様も二年前男の子を産んだ。リードヴァルム王国に王子が誕生したのだ。
妊娠がわかったのは結婚式の三週間ほど後で、実は妊娠しながら野営して竜と契約し結婚式やパレードをこなしヴェルヴァルム王国からリードヴァルム王国まで竜に乗って行ったことが判明し、妊婦としては高齢だったこともありオリバー父様はじめリードヴァルム王国の幹部の人達はぞっと震え上がったのだけれど、お母様本人は全く気にもせず、特に体調も悪くならず翌年玉のような男の子を出産した。
ヴァレンディーンと名付けられた私の可愛いめっちゃ可愛い弟は現在二歳。
その可愛さでリードヴァルム王国の王宮を征服しようとしている。
彼に「ねたま(姉様)おいし?(美味しい?)」とよだれの付いたクッキーを差し出されても迷わず食べてしまうし「ねたま、しゅき!」などと飛びつかれたら撫で繰り回してキスしまくって抱き上げて頬ずりして……
今回リードヴァルム王国を去ることで一番辛かったのは彼との別れだった。
でも産後二年経ってお母様が本格的に公務に復帰したのでジークとの結婚の話が具体的に進められたのだった。
そうして一か月、ドレスの最終調整や結婚式、披露の宴やパレードの打ち合わせなどに日々を費やしついに結婚式の当日になった。
お婆様の北の離宮にも挨拶に伺った。
お婆様は足は弱ったもののお元気で再会を喜んでくださった。
二日前にはオリバー父様やお母様も到着した。
いよいよ結婚式だ。
私は本宮の控室を出て竜場に向かう。
私の後ろを長い裾を持ちながらアリーが付き従う。
私の前をアロイスが、後ろを他の護衛騎士が付き従う。
竜場に着くと長い絨毯の端にジークが立っているのが見えた。
その絨毯の先には祭壇。その前に立つ陛下。
絨毯の両脇には列席者。
一番上座には既に涙ぐんでいるオリバー父様とお母様。残念ながら私の可愛い弟はまだ長旅が出来ないのでお留守番だ。
次に車椅子のお婆様とエミーリア様、少し大人になったディー。学院に特別休暇を貰って帰って来てくれた。
アウフミュラー侯爵家のお父様、フィル兄様とレーベッカ、エル兄様とナターリエ様。
フィル兄様もエル兄様も今日は仕事はお休みだ。
他の侯爵家の人達。ジモーネ様の顔も見える。フーベルトゥス騎士団長と竜騎士隊の隊長たち。
人々の後ろにルーナとイグナーツが大人しく控えている。
突然ルーナが鳴いた。
キュルルルルーーーー
合わせてイグナーツも鳴いた。
ヒュルルルルーーーー
あまり聞いたことの無いその鳴き声は私には祝福の声のように聞こえた。
「ルーナとイグナーツがお祝いを言ってくれている」
ジークが微笑みながら手を差し出した。
私はその手を取る。これから長い時を共に過ごす最愛の人の手を。
そうして私はこの国で生きていく。
ヴェルヴァルムの王室は私にはちょっと窮屈だ。
リードヴァルム王国は大変なことも多いし戦争や圧政の傷跡も未だ深い。その分自由もあった。王女という身分に捉われず私は自由に飛び回っていた。それに比べるとヴェルヴァルム王国ではできないことも多いだろう。
ヴェルヴァルム王国は貴族と平民の身分がきっちり分かれている。魔力のあるなしでそれは決められている。
リードヴァルム王国では既に王族以外魔力のある者はほとんどいない。だから貴族、平民の垣根は低い。
どちらが良くてどちらが悪いということではない。
今現在ヴェルヴァルム王国は竜に守られている国で竜と共に生きる国だ。その為には魔力が不可欠だ。
この先の未来はどうなっていくのかわからない。
大陸の各国もだんだんと魔力を取り戻していくのか、それとも魔力持ちが衰退していって平民との境がなくなっていくのか。
それは遠い未来の子孫たちがその都度考えていくのだろう。
今の私は少し窮屈なヴェルヴァルム王国で王太子妃になり後に王妃となって生きていく。
窮屈だけどその窮屈を少しずつ壊しながら大好きな人たちと共に生きていく。
大好きなこの国が、この国の人達が笑顔で生きることが出来るように努力をしながら大好きな竜と共に生きていく。
そんな私の傍らにきっといつもこの人がいてくれる。
支えて支えられて守って守られてそうして私たちはこれからも長い時を一緒に過ごしたい。
傍らのジークを見上げた。
そして二人で微笑みあって私たちは祭壇で待つ陛下に向かって一歩を踏み出した。
—————おしまい—————
最後までお読みくださってありがとうございます。
読んでくださっている皆さんのおかげで最終話までたどり着くことが出来ました。
何度もお願いして恐縮ですが評価やブックマークを頂けるとまた次の作品の創作意欲につながりますのでよろしくお願いします。
ありがとうございました。