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またね


 お母様たちが竜の森に入っている間、私とジークは王宮で待っていた。


 私の準備はすっかり整い後はお母様とオリヴェルト様を待つばかりだ。

 ジークは忙しそうにしていたが出来るだけ時間を取って私に会いに来てくれた。


 その日も夕方ジークが会いに来てくれて私は夕暮れ時の庭園をジークと歩いていた。


 未だ連絡は無いが明日は結婚式の予定だ。もうそろそろ竜と契約を終え王宮にやって来るだろう。

 来てくれなくては結婚式が延期になってしまう。


 今日は午前中はどんよりした空で冷たい風が吹き秋口にしては肌寒かった。昼過ぎから雨が降り出したが夕方になって止み今は空は晴れている。一日中顔をのぞかせなかった太陽が空を赤く染め王都の街に沈んでいく様は明日はいい天気になりそうだと予感させた。

 できるならお母様とオリヴェルト様の結婚式は晴天の元がいい。明日は晴れることを願った。


「あそこに座ろうか」


 ジークは私をガゼボまで導いた。庭園の木々はしっとりと濡れているがガゼボは屋根があるためそこまで濡れていなかった。ジークは私をベンチに座らせその前に跪いた。


「ジーク!汚れちゃうわ!」


「ここは濡れていないから大丈夫。それよりこれを受け取って欲しいんだ」


 ジークが取り出したのは指輪。


 ————私はその指輪に見覚えがあった。

 複雑な模様がびっしりと彫刻された銀の指輪は中央に大きなサファイアが嵌っている。

 

 ジークは私の手を握るとそっと薬指にその指輪をはめた。


「ジーク……この指輪って……お母様の……」


「うん、君が幼い頃守ってくれたあの指輪だよ」


「ジーク……こんな大事なもの……」


「君に持っていて欲しいんだ。君がこの指輪を守ってくれたあの時から僕は君を守れる男になりたいと思っていた。いつか君にこの指輪を堂々と渡せる男になろうと。正直言うと今でも君を守れるようになったか不安なんだ。僕の方が君に守られているのかもしれない」


 私は首を振った。ジークは私を守ってくれている。私の気持ちを優先してくれて私のやりたい事、私の心ごと守ってくれている。

 そう言いたいのに私の目からは次々と涙があふれだし言葉を発することが出来ない。

 私は只々首を振った。

 

 ジークはそんな私を抱きしめた。


「でもね、僕は君を守り君に守られそうやって君と歩いて行きたいんだ。今は少し離れてしまうけれどそんなの長い人生のほんの少しの期間だったねって言えるくらい長く君と人生を歩いて行きたい」


 私は暖かくて落ち着けるジークの腕の中で今度は首を縦に振り続けた。









 そうしてお母様とオリヴェルト様の結婚式と宴が終わった次の日、私は生まれ育ったこの国を後にした。


 リードヴァルム王国まで華麗に天を駆けるのはオリヴェルト様の白竜とルーナ、お母様の黒竜とイグナーツ。

 二頭の黒竜と白竜を先導するのは竜騎士団のブルクハルト第一隊長とエル兄様、フィル兄様の三頭の赤竜だ。


 そして後ろに竜騎士隊プラスアロイスの竜が隊列を組んで付き従う。


 その様はひどく目立ってヴェルヴァルム王国を飛んでいる間もリードヴァルム王国に入ってからも人々は熱狂的に手を振っていた。

 ヴェルヴァルム王国の王女とリードヴァルム王国の国王の結婚は両国中に周知されていたし竜たちの飛行経路も発表されていたから竜たちが通るであろう地域の人々は期待をもって空をみあげていた。


 そうしてリードヴァルム王国の王都に到着する。

 眼下に見える街はお祭りムード一色だ。通りは花々で飾られ人々は喜び踊りまわったり跪いて祈りをささげていたり。歓声もひっきりなしに聞こえてくる。

 一年前の光景とは全く違う華やかな街を見ながら新たに作られた王宮の西の竜場に着陸する。





 王宮で一泊した後、次の日は王都をオリヴェルト様とお母様がパレード、そうして夕刻の披露宴でお母様とオリヴェルト様の結婚と共に私のことも紹介された。

 王宮のバルコニーから王宮前広場に集まった民衆に手を振った。

 私はすんなりとこの国の人達に受け入れられた。やはり白竜、ルーナの存在が大きい。一年前、オリヴェルト様たちの軍勢を守護するように飛んでいた白竜と黒竜の姿を人々は忘れていなかった。


 この国は建国したばかり。宴に出席した人はヴェルヴァルム王国に比べて格段に少なく若い令嬢などもそんなに見当たらない。新たに領主や国の幹部になった人は地方領主半分、能力を買われて取り立てられた平民半分だそうである。

 ヴェルヴァルム王国に比べれば宮廷の作法もおぼつかない彼らは瞳だけは希望に燃えている。


 私はまた一から人脈作りだ。

 大丈夫、学院に入学したときも王宮暮らしを始めた時も不安でいっぱいだった。でも期待もあった。

 そしてその都度私は得難い人たちを得ることが出来た。大切な人たちがたくさんできた。だからこのリードヴァルム王国でも沢山の素敵な人たちと知り合って仲良くなれると信じている。





 宴が終わった次の日、ジークたちがヴェルヴァルム王国に帰る。

 本当に本当にさよならだ。

 朝起きた時から涙が止まらない。

 新しく私付きとして紹介されたメイドたちが水分補給の飲み物を何度も持ってきてくれた。


 泣きすぎてぐずぐずの顔をメイドたちが何とか見られるように整えてくれて私はリードヴァルム王国の王宮の竜場に立っている。


「ヴィヴィ、そんなに泣かないで。離れていてもどこに居ても君は僕の最愛の妹だ。僕は君が望む事なら何でも叶えるよ。困ったことがあったら何でも相談して。手紙待っているから」


 フィル兄様は私を抱きしめて頬にキスを一つ落とした。


「ヴィヴィ、俺は兄上みたいにこっぱずかしいことは言えないけど俺もお前の事は妹だと思っている。ジークの事は任せてくれ。危険からも守るし令嬢たちの誘惑からも守るよ。それから……あーーナターリエとの結婚式の時は帰国してくれるんだろう?待っているぞ」


 エル兄様は顔を真っ赤にしてそう言うと優しくハグをしてくれた。


 それからアロイスは……アロイス?


 彼は竜もこの場に呼んでいなければ旅支度もしていない。しれっと私の後ろに立っている。


「アロイス?急がなくていいの?私の護衛より帰り支度をしなくちゃ」


「お供します」


「?」


「あーーコホン、三年間ヴィヴィ様のお供をします。国王陛下にも父にも許可はいただいています」


「何だ、ヴィヴィ知らなかったのか?」


 アロイスの返事を聞いてびっくりしている私にエル兄様が追い打ちをかける。

 知らなかったわよ!!アロイスは何にも言わなかったもん。


「アロイス……」


 感激して抱き着こうとした私は見事に躱された。


「ヴィヴィ、この国では絶対に絶対に無闇に抱き着いてはいけない。女性は許可するが男性は絶対いけない。年寄りでもだ。約束できるね」


 ジークが私の腰を後ろから引き寄せながら怖い笑顔で言う。

 失礼な!私だってむやみやたらと男性に抱き着こうとしたりはしない。

 ……という抗議は今アロイスに抱き着こうとした行動の前には全く信頼性がない。


 ……ごめんなさい。反省します。

 私は人と滅多に触れたりしない貴族女性の中では規格外だ。感激すると男性女性構わず抱き着いたり手を握ったりしてしまう。人と触れ合うことが好きなのだ。

 でもジークの婚約者として節度ある行動をとらなければ。


「約束します」


 後日の事だが、この約束があったのでオリヴェルト様のハグを拒んだら泣かれた。オリヴェルト様はジークに許可を貰い私のハグ権を得た。「父親なのに……」とブツブツ言っていた。




「ジーク……」


 ジークに腰を引かれ抱き寄せられた私はジークの胸に向かって呟く。


「絶対絶対ジークのお嫁さんになるから。待っていて……」


「ああ、もちろん待っているよ。身体に気を付けて。危ない事は……しないでって言ってもヴィヴィは色々な事に首を突っ込んでいくだろうから……うーーん……あ!危ないことをしたら僕は心配で胃に穴が空くかもしれない。または心配で禿げるかもしれない。三年後に五体満足の僕と結婚したかったら危険な事は控えてね」


「しないわ!危ない事なんて!……たぶん」


 私はジークの胸から顔を上げて抗議したけれどだんだん自信がなくなってきた。


「危険だと思うことには首を突っ込まない……ように努力するわ。でも首を突っ込んだら危険になっちゃったら……ごめん。でもジークのお嫁さんになるまで死んだり怪我したりしないから。安心してね!」


「不安しかない……」とジークが呟いた。


 良かった。しんみりしなかった。朝から泣き続けてここでまた泣いたら目が溶けてなくなっていたかもしれない。泣きすぎて不細工な顔でジークと別れなければならなかったかもしれない。

 笑ってお見送りしたい。


「じゃあ……行くから。……またねヴィヴィ」


「うんまたねジーク。フィル兄様とエル兄様もお元気で」


 私はジークと離れる。


 竜騎士の皆さんは既に竜に乗って待っている。


 ジークはエル兄様、フィル兄様と竜の方に歩きかけ急に引き返した。


「忘れ物」


 そう言って私を引き寄せ唇にキスを落としジークは今度こそ去って行った。






 竜たちが空に舞い上がる。


 王都の上空を旋回しやがて隊列は北東の空に消えていった。


 私はその姿をいつまでも見送っていた。


 その姿が蟻のように小さくなっても見えなくなってもいつまでも見送っていた。






次が最終話になります。

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