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オリヴェルトの訪問(1)


 卒業して四か月、今までの目まぐるしさが嘘のように私はまったりした生活を送っている。


 公務にも少し携わるようになったけど私に割り振られるのは孤児院や病院の慰問とか近場の視察だ。視察などはジークと一緒のことも多く楽しんでこなしている。

 

 新しくできた染色工場の視察で布を綺麗な色に染める工程を見学したり西方の国から輸入した野菜を試験的に栽培している農家にお邪魔して試食をさせてもらったり興味深い事ばかりだ。


 王都の孤児院は清潔に保たれており孤児たちが勉強する環境も整えられていて進学したいときには支援制度もあるらしい。


 オリヴェルト様やお母様はレーベンの孤児院で育ったと聞いた。

 王都の孤児院は勉学する機会に恵まれているが地方に行くとまだそこまでは環境が整っていないらしい。平民の識字率もぐっと下がる。

 お母様はそれでも飢えることもなく一般常識は教えてもらって育つことが出来たと言っていた。お母様はオリヴェルト様に教えてもらっていたからいろいろな知識も身に付いたそうだ。


 現在お母様は地方の孤児院や平民に対する教育の普及に心を砕いていて無料で最低限の読み書き計算を教える国立学校を国中に建てることを計画しているらしい。

 私もその仕事をお手伝いすることになった。


 それからお茶会や夜会への参加。


 お茶会はもっぱらお母様と一緒だ。お母様は慣れない間はビュシュケンス侯爵夫人やゴルトベルグ公爵夫人とばかりお茶会をしていたが今は順番にいろいろな方をお茶会に招き知己を広めている。最近はエミーリア側妃様も一緒だ。そこに私も加わるようになったので参加のご婦人方も私と歳の近い娘がいる方はご令嬢と一緒に参加されるようになり私は歳の近い方々と少しずつ交流し始めている。

 まだ全て年上の方々ばかりだけれど。同じ年の仲間はもう一年学院生だ。来年になったら彼女たちともお茶会が開けるだろう。



 お茶会や視察などをしていても毎日授業があったころに比べればスケジュールはかなり余裕がある。

 ディーと遊んだりお婆様の北の離宮にご機嫌伺いに訪問する時間はたっぷりあった。


 それからジークと過ごす時間。


 ジークはトシュタイン王国との戦が終わって仕事が随分楽になったと言っていた。

 なので食事を共にすることも増えたし離宮に私を訊ねてくることも増えた。

 

 手を取られて庭園で散歩するときに木陰に隠れて、夕食後に訊ねてきた私の部屋でメイドに外に出てもらって(夕食後はフィル兄様やレーベッカが帰宅した後なので)唇を求められることも増えた。抱きしめられた腕の力や何かが瞳の奥底で燃えているような私を見つめる表情も以前とは違うような気がしてドギマギしてしまう。

 ドギマギしてしまうが嫌ではない。むしろ期待してしまう自分がいるのだ。

 

「ああ、早くヴィヴィと結婚したい。ヴィヴィを完全に僕のものにしてしまいたい」


 耳元で囁かれるとそれだけで鼓動が跳ね上がる。

 でもまだ私とジークの婚姻の具体的なスケジュールは何一つ決まっていない。


 宙ぶらりんな状態なのは私の父親がオリヴェルト様だということだと思う。

 私の立ち位置がはっきりしていないのだ。ヴェルヴァルム王国の王女としてこのままジークと結婚するのかリードヴァルム王国の王になったオリヴェルト様の娘だと発表するのか、それはオリヴェルト様と国王陛下との話し合いではっきりすると思う。


 そして早春のある日、リードヴァルム王国の御一行がヴェルヴァルム王国を訪問した。




 謁見の間で国王陛下並びに王族、主だった貴族と対面したリードヴァルム王国御一行様は護衛や従者達を除けば国王オリヴェルト・ヴァイス・リードヴァルム様、宰相バルドヴィーノ・ロヴェーレ侯爵、外務大臣ラーシュ・シュトレーム侯爵というメンバーだった。ロヴェーレ侯爵は白髭の温和そうな顔つきをしたお爺さんだがただ温和なだけでは宰相は務まらないと思う。


 国王陛下と彼らは儀礼的な挨拶を交わした後休憩を挟んで国王陛下の談話室で話をすることになった。









 談話室にオリヴェルトが赴くと国王ヘンドリックが出迎えた。

 室内には宰相ルードルフと筆頭侍従のノルベルト、扉の外には複数の騎士が立っているが室内の護衛はフーベルトゥスのみである。


 双方がソファーに座りノルベルトが紅茶を入れる。


「昨年の秋には過分なるご助力感謝いたします。おかげで祖国の仇を討ち無事リードヴァルム王国を建国することが出来ました」


 オリヴェルトが感謝の言葉を述べ双方握手を交わす。

 ヘンドリックは微笑みながらしみじみと言った。


「わが国も長年トシュタイン王国の企みで大事な人たちを失ってきました。トシュタイン王国は我が妻の仇でもあります。よく滅ぼしてくれたとお礼を言いたい」


「建国したと言っても国内情勢が完全に安定したわけではない。やっとトシュタイン王国の主だった者たちの粛清を終え役職や領地配分が決まり国としてはスタート台に立ったというところです。ヴェルヴァルム王国には教えを乞うことも沢山あると思います。どうか引き続きご助力願いたい。お願いばかりで申し訳ないが」


 オリヴェルトのその言葉にヘンドリックは深く頷いて一度目を瞑るとゆっくりと語った。


「太古の昔この大陸は聖リードヴァルム大帝国のものでした。七百年程前に聖リードヴァルム大帝国は滅び様々な国が生まれた。我が国も公爵領から独立してヴェルヴァルム王国となった。聖リードヴァルム大帝国はリードヴァルム王国となり我が国とも国交はなくなった。しかし……オリヴェルト殿、ヴェルヴァルム王家とリードヴァルム王家は共に竜神の末裔だ。竜神の長男の子孫のあなたと竜神の次男の子孫の私たち。私はあなたに兄弟のような親しみを感じているのですよ」


 ヘンドリックの言葉に今度はオリヴェルトが深く頷いた。


「ヘンドリック殿、私も似たような気持ちを持っています。いやそれ以上だ。祖先を同じくしているだけでなく貴方はマリアの家族だ。そして私はこの国で育った。この国は私の第二の故郷なのです」


 そこで一呼吸置きオリヴェルトは一気に言った。


「今回の訪問はあなたに、この国にお礼を述べに来たということもありますがもう二つ、一つはマリアをもらい受けたい。ご存じの通りマリアは私の妻です。十年以上も放っておいてお互いに立場も変わってしまいましたが彼女は紛れもなく私の妻でヴィヴィは私の娘です。二人を引き取らせていただきたいのです」


 ヘンドリックは即答を避けた。


「それについてはすぐにお返事は出来かねます。彼女たちは既にこの国の王族として周知済みです。ただ私個人としては彼女たちの意思を尊重したい」


 ヘンドリックは続ける。


「オリヴェルト殿、先ほど同じ竜神の子孫だと話をしたでしょう。ヴェルヴァルムの王家はつがい意識というか生涯を通じて伴侶と決めた相手は只一人。ものすごく一途なのですよ。歴代の王家を見ても側室を娶った王は片手の数ほどです。私は側室がいますがユリアーネ亡き後ジークしか子供がいないことを心配した臣下たちを安心させるために娶りました。彼女に家族としての情は感じておりますがやはり私の唯一はユリアーネなのです。……ですからあなたとマリアレーテの仲を裂こうとは私は思っていないのですよ」


 ヘンドリックの言葉にオリヴェルトは思い当たることがあった。

 オリヴェルトの両親も非常に仲の良い夫婦だった。旧リードヴァルム王家も側室という制度は無く代々妻一人を愛しぬく国王だったと聞いている。

 思えばトシュタイン王家のように何人も側妃や愛妾がいるような王は一人もいなかったのである。

 そして自身もまた妻は、人生を共にする女性はマリアしか考えられなかった。マリアもヴェルヴァルム王家の血を引いている。だから私たちは十年以上も離れていてもお互いの相手は自分しかいないと確信できたのだろうか。昨年マリアに会った時オリヴェルトの愛情は少しも変わっていなかった。そしてマリアの気持ちも少しも変わっていないことがよくわかったのだ。


「オリヴェルト殿、あなたとマリアレーテの仲を裂くことはできないでしょう。これから友好国となるリードヴァルム王国とヴェルヴァルム王国の絆を深めるためにマリアレーテが貴方に嫁ぐことは何も不思議ではない。私は会議でそう提案するつもりです。その代わりと言っては何ですがジークハルトとヴィヴィアーネの事をあなたに認めてもらいたい。この二人の仲を裂かないでもらいたいのです」


「二人と……マリアとヴィヴィと話をさせてもらえますか?」


「もちろんです。外国の賓客は通常西の離宮に滞在していただくことになっていますがあなただけは東の離宮にお泊り下さい。彼女たちの住まいです」


 ヘンドリックの計らいにオリヴェルトは感謝した。

 





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