王宮の攻防(2)
「飲んじゃ、ダメ――――!!!」
ディーは叫んだ。
マリアおば様やメイドたちがポカンとディーを見る。
「そ、そのお茶に薬が入ってるって……」
しどろもどろにディーが説明するとマリアおば様の護衛のユストゥス様がドアから素早く出ていった。
程なく数名の騎士と共にユストゥス様が戻ってくると足元にドサッと二人の縛られた男が投げ出された。
「何をするんですか!!僕は食材輸送部の職員で怪しいものではありません。業務で離宮に来ただけです」
「ふうん……じゃあなぜ仕事が終わった後もこそこそ物陰に隠れてたのさ。薬がちゃんと効くか見張ってたんだろ」
ユストゥス様がのんびりした口調ながらも問い詰める。
ディーは一生懸命言った。
「水に!水に睡眠薬を入れて離宮の人達を眠らせてマリアおば様を誘拐するって聞きました!あっ!他の人にも水を飲んじゃダメって言ってこなくちゃ!!」
「このガキ!出鱈目を言うんじゃない!」
縛られた男が凄んだがユストゥス様が剣の柄で殴った。
「ディートフリート殿下になんて口をきくんだぁ?これだけでも不敬罪だよなぁ」
その言葉を聞いて縛られた男は顔をさっと青くし黙り込んだ。
「ディー様、皆には暫く何も口にしないように言ってきたので大丈夫ですよー。マリアレーテ様、そのお茶は回収して調べます」
ユストゥス様が優しく言ってくれたのでディーはやっとホッとすることが出来た。
戸口からローラントが入ってきて「ディー様、お手柄でしたね」と褒めてくれた。
その後の調べで判明したことは物置小屋で倒れていたのはクレーメンス・ランメルツ。ランメルツ侯爵家の次男で王宮の食材管理長をしている。東の離宮で捕まったのはパルナバス・タルナートとその部下。パルナバス・タルナートはタルナート男爵家の嫡男で食材輸送部の職員だ。
タルナート男爵は先日爆弾テロの一斉検挙があった時に一度取り調べを受けたが明確な証拠がなく釈放された。家族共々監視対象になっていた筈だが監視の目をかいくぐって王宮に入り込んでいたらしい。
パルナバス・タルナートとクレーメンス・ランメルツは食材輸送部と食材管理長と言うことで職場が近く、二人とも左遷された経緯を持っていることからなんとなく親しかったらしい。トシュタイン王国の手の者が二人にというか二つの家に近づき接触を持った。タルナート男爵家は家ごとトシュタイン王国の甘言にその気になったがランメルツ侯爵は撥ねつけた。しかしクレーメンスは不満があった。バルナバスの説得もあり一味に加わった。
クレーメンスやバルナバス、その手下が任されていたのはマリアレーテ王女の誘拐だ。王宮の爆弾騒ぎに乗じて離宮の者を眠らせその隙にマリアレーテ王女を誘拐する。次の日には王都をパルミロ率いる竜が襲いその混乱の中マリアレーテ王女をパルミロに引き渡す計画だった。
その後は何食わぬ顔をして王宮勤めをしていれば折を見てパルミロから接触があり二人はトシュタイン王国の高位貴族として迎え入れられる……筈だったのだ。
「待っていてもパルミロは来ないぞ。いや、二日後には来るか。罪人として護送されて来るな」
取り調べの刑務の長官にそう告げられバルナバスは愕然となった。
とはいえバルナバスも失敗したのだ。発端はクレーメンスの裏切りだった。
「あいつは実行するときになってビビったんだ。情けない奴だ」
とバルナバスは吐き捨てたが実際は少し違う。
ビビったということもあるがクレーメンスは父を、家族を裏切れなかった。
クレーメンスはかつて宰相執務室で話していた内容を妹のイアルデに手紙で教えた。それはほんの軽い気持ちだった。イアルデがジークハルト殿下を慕っていることを知っていたから。
その時にジークハルト殿下のお相手として有力だったのはアウフミュラー侯爵令嬢。しかしそのアウフミュラー侯爵令嬢は本当は平民らしい。そのことでアウフミュラー侯爵と嫡男のフィリップが揉めている。これはチャンスだと思った。イアルデもランメルツ侯爵令嬢で家格として殿下の婚約者として不足はない。妹の恋を手助けしようと軽い気持ちで妹に手紙を書いた。
学院で噂が広がったのはクレーメンスのせいではない。不用意に防音の結界も張らずに話をしていた宰相たちにも非があると思う。それなのにクレーメンスは配置換えになった。新しい部署では肩書に長がつき一応の出世だ。しかし花形の宰相執務室と食材管理部では雲泥の差だ。
父は配置換えを知っても怒ったりはしなかった。「しっかりお役目を務めるように」と言っただけだ。
でもクレーメンスはずっと不満を抱えていたからトシュタイン王国の甘言に乗ったのだ。
トシュタイン王国の手先となった後もクレーメンスは父の姿をずっと見ていた。寡黙でありながらヴェルヴァルム王国のために精一杯働く父の姿を。トシュタイン王国の甘言に乗ってしまったことを後悔しながらずっと見ていた。
だからいざ実行するという時になって国を、父をやっぱり裏切れないと思ったのだ。
クレーメンスはバルナバスを説得した。こんなことは止めよう、宰相殿にトシュタイン王国の企みを打ち明けようと説得したのだ。
結果、殴られ縛られて物置小屋に放置された。事が済んだら殺されていただろう。
バルナバスはその日は仕事が休みだった。というかまともに仕事をしないので部署ではつまはじきだ。ほかにも問題行動があったようで自宅謹慎になっているはずだ。それなのにこっそりと手下を連れ王宮にやってきた。クレーメンスを縛りながらパルミロと共にトシュタイン王国に行くのだと言っていた。あちらの国では竜と契約しているだけで高位貴族になれると笑っていた。
クレーメンスとバルナバス、その手下は捕えられたがその刑は大きく違うものになった。クレーメンスは王宮勤めはもちろん首になったが一年の強制労働で済んだ。一度は計画に加担したものの実行はせず事件を未然に防げたことはクレーメンスによる証言が大きい。
ランメルツ侯爵は爵位の返上か降爵を求めたがそれは認められなかった。今回の戦いでランメルツ侯爵は身を粉にして働いた。降爵もしない代わり褒賞も無しということで手を打ってくれと国王ヘンドリックは言った。忠義の臣下を失いたくないのだと。これからも私を支えてくれとランメルツ侯爵の手を握りながら言った。
クレーメンスは面会に来たランメルツ侯爵と目を合わせられなかった。しかしランメルツ侯爵ヴィンフリートは頭を下げた息子を見下ろしながら「精一杯お努めに励め。刑期を終えたら帰ってこい」と穏やかに言って帰って行った。
バルナバスとその手下は極刑となった。手下はタルナート男爵家の縁者でバルナバスに進んで協力する代わりに高額の報酬を約束されていた。
タルナート男爵も極刑、男爵家は取り潰しとなった。
今回の戦いにおいてルードルフが最も力を入れたのが情報の遮断である。もちろんルードルフの独断ではなく国王ヘンドリックと相談の上であるが。
トシュタイン王国のサロモネの軍、王国に入り込んでいるトシュタイン王国の密偵、それらがトシュタイン王国の王宮と、または相互に連絡を取り合うことを徹底して遮断したのだ。
まず開戦一週間前から港を封鎖、それからメリコン川を渡る隣国ヘーゲル王国や他の国への通行も厳しい検問を儲け密書などが渡らないよう徹底した。
ヴェルヴァルム王国内も馬便、馬車便などに期間限定であるが検閲を行った。後は鳥による密書のやり取りだが鳥による伝達は帰巣本能を利用するものなので行先が限られるうえ手紙を運ぶ鳥の種類も限られる。王都、竜の森周辺、フェルザー伯領の空を見張り手紙を結んだ鳥は全て捕えた。
これらの情報の遮断にルードルフは竜騎士団の三つの隊を割いた。三つの隊ですべての密書を封じ、逆にトシュタイン王国の企みがすべて上手くいっていると偽の報告をしていた。
だからパルミロもトシュタイン王国の国王も自分たちが有利な状況にあることを疑っていなかったのだ。
ともあれ王都の安全、王宮の安全は守られた。
フェルザー伯領での戦いはヴェルヴァルム王国の騎士団が勝利をおさめトシュタイン王国の第一王子サロモネを打ち取った。
そしてトシュタイン王国内でのクーデターが成功しトシュタイン王国は滅びた。
隣国は長年の敵トシュタイン王国からリードヴァルム王国と名を変えこれからは友好国となるだろう。
戦勝のお祝いは王国騎士団、竜騎士団が帰ってきてからになるが国王ヘンドリックは宰相ルードルフ、筆頭侍従ノルベルトと共に、いや長年の親友であるルードルフ、ノルベルトと共に密かに祝杯を挙げた。
大っぴらな祝杯はもう一人の親友フーベルトゥスが帰って来てからになるだろう。




