王宮の攻防(1)
ヴェルヴァルム王国の王宮に帰ってきた私たちは国王陛下の執務室で報告をしオリヴェルト様の書状を渡した。
「わかった、ご苦労だったな。ペーレント伯領に向かった君たちがどうしてトシュタイン王国に向かったのかはラウレンツから報告を受けている。パルミロ以下六名も牢に収監済みだ。勝手にトシュタイン王国に向かったことは……まあ「心配するだろう」とか「危ないことはするな」とかお小言はあるが……結果的にリードヴァルム王国軍の助けになったことだし……うん、過ぎたことはしょうがないな。お前たち、よくやった!!」
叱られると思っていたのだが逆にお褒めの言葉を頂いてしまった。
「オリヴェルト殿には私からも書状を送ろう。疲れただろう?部屋で少し休んだ後に昼食を一緒にどうだ?」
これは私とジークにかけられた言葉だ。
フィル兄様とエル兄様は一旦侯爵邸に帰って明日また出仕することになった。アロイスも他の護衛と交代して家に帰る。
私は離宮に戻った後お母様の部屋を訪れた。
昼食で顔を合わすがその前にオリヴェルト様の手紙をお母様に渡したかったからだ。
お母様はオリヴェルト様の手紙をそれはそれは大事そうに胸に抱いた。私からオリヴェルト様の無事を聞いてホッと安堵のため息を漏らした。
「ヴィヴィ、ありがとう」
私を抱きしめたお母様の身体はわずかに震えていた。泣いていたのかもしれない。
昼食が整えられた部屋に出向く。
形式ばらない昼食で日当たりのよいサンルームに軽食が整えられていた。気軽な服装でと言われていたので私は締め付けの少ない楽なドレスを着ている。
サンルームに足を踏み入れる。
「ヴィヴィ姉様!」
ディーが駆けよってきて飛びつこうとして躊躇したので私が両手を広げるとポスンとその腕の中に納まった。
マナーにうるさくないランチなのでディーも同席を許されたようだった。
はーーーー。ディーの可愛さは癒しだわ。私はやっと殺伐とした気分が和んでいくような気持がした。
王族の皆で集まってランチを取る。
最初に陛下からマナーに拘らず気軽に楽しもうと言われたので気も楽だ。ディーやエミーリア様も一緒でディーはもう満面の笑みだ。
「まあ!ディーが?」
「ああ。ディーが大活躍だったんだよ」
陛下の言葉に私が驚いてディーを見るとディーは「そんな……僕なんて大したことはしてません……」と謙遜したが照れながらも小鼻が膨らんで得意そうだ。
ああ!もう!可愛いんだから!!
「ディーは私の命の恩人なのよ」
お母様にも感謝されてディーは真っ赤になって「ローラントや皆さんのおかげなんです……」ともごもご言っている。
その後も和気あいあいと食事は進み私たちは久しぶりに楽しい時を過ごした。
まだフェルザー伯領で戦った騎士団は帰ってきていないし陛下やジークはお父様たちと共に後始末に忙殺されるのだろうけど今この時のつかの間の休息を私たちは楽しんだ。
私がジークを追いかけてペーレント伯領に向かった後、正確にはジークたちがペーレント伯領に向かった後、王宮では爆弾テロに備え騎士たちが忙しく動き回っていた。
王宮で爆弾テロと言うと嫌でも思い出されるのがユリアーネ王妃様が亡くなった十四年前の事件だ。
お父様は絶対に悲劇は繰り返さないと徹底的に捜索を行ったそうだ。
十四年前の事件ではお父様も最愛の奥様を失っているのだ。その悲しみは身をもってしている。
王宮に届けられる荷物や持ち込み品などは徹底して調べられ、同時に爆発で被害が大きそうな場所に不審物がないかも入念に調べられた。王族が立ち入る場所は特に入念に。
爆弾テロがあるかもしれないことは騎士、兵士にのみ通達されたが彼らが物々しく動き回っているので王宮で働く人々も何かが起こっていることは察せられただろう。
結局この大捜索で届けられた荷物二つから爆弾が見つかり、陛下が使用する廊下の花瓶の中に爆発物が仕掛けられていたのも回収できた。仕掛けた掃除担当の下働きと荷物を受け取る筈だった文官は拘束され現在取り調べ中である。そしてその下働きや文官に指示をしたと思われるタルナート男爵家、レッダー子爵家にも先日騎士団が差し向けられ身柄を拘束した。取り調べが今後進められることになる。タルナート男爵家にはもう一つ嫌疑がある。それが……
ジーク兄様がペーレント伯領に向かったその日、王宮は物々しい雰囲気に包まれていてディーはそわそわと落ち着かなかった。
王都のはるか南の地、フェルザー伯領というところでこのヴェルヴァルム王国とトシュタイン王国が開戦し竜騎士団や王国騎士団が戦っているらしい。
そして今朝西のソヴァッツェ山脈の麓で魔獣の大群が押し寄せていると報告が入りジーク兄様たちが出かけていった。
昼前に白竜が王宮に降り立つと知らせが入り急いでローラントと共に竜場に行くと真っ白でとても美しい竜からヴィヴィ姉様が下りてくるのが見えた。
ディーはとても嬉しくて一言ヴィヴィ姉様にお祝いを言いたかったのだがヴィヴィ姉様は父上やマリアおば様と話をするとすぐに行ってしまった。
「今はお忙しそうでしたね。今度お会いしたときにお祝いを申し上げましょう」
ローラントにそう言われ自室に戻ったが自室には騎士がいて何やら物々しい雰囲気だ。お母様の部屋にも騎士がいた。
「東の離宮に遊びに行きましょうか?」
そう言われ東の離宮に行ったがここにも騎士がいる。
「ごめんなさいねディー。もう少ししたら落ち着くと思うのでそうしたらお茶にしましょう」
マリアおば様にそう言われそれまで庭で遊ぶことにした。
ローラントと庭で遊んでいたが庭にも騎士や衛兵が物々しく行き交っており、ディーは邪魔にならないように徐々に庭の奥、人気のない方に進んで行った。
そうして庭の奥、手入れもされていないような使用人たちしか入らないような隅の物置小屋の近くまで来た。
「少しこの辺りを見回って危険が無いか確かめてきますね。ディー様はここで動かないで待っていてください。声が届く範囲しか行きませんので何かあったら大声で叫んでください」
ローラントがそう言ってディーの傍を離れた時物置小屋の中からガタンと音がした。
ビクッとディーは振り返り物置小屋を凝視する。
立てかけてあった道具か何かが偶然倒れたのかもしれないと思った傍からもう一度ガタッと音がした。
ディーは恐る恐る物置小屋の戸に手を掛けた。ガタガタと建付けの悪い戸を頑張って開けると中からガタガタと音がする。それと同時に「うう……ぐう……」と言うようなくぐもった声が聞こえた。
「ローラント!!ローラント来て!!」
ディーの叫び声に急いでローラントが駆け付け一緒に中に入ると縛られて床に転がされている男の人がいた。口も布で縛られていてだから喋れなかったらしい。
ディーとローラントが駆け寄り男の人を助け起こす。
男の人は頭から血を流していた。ディーは急いでハンカチを引っ張り出し頭に当てた。
ローラントが口を縛っていた布を外すと男の人は深い息を吐き「ありがとうございます」と礼を言った後あたふたと言った。
「そうだ!こうしてはいられないマリアレーテ殿下が危険なんです!」
男の人を殴って縛った犯人は離宮から騎士や衛兵が居なくなったタイミングで離宮の水に強力な眠り薬を混入するらしい。マリアおば様を誘拐するためだ。犯人は二人。
そういえばマリアおば様は「もう少ししたら落ち着くと思うのでそうしたらお茶にしましょう」と言っていた。急がなければ!
「あなたは大丈夫か?」
ローラントが男の人に訊ね彼が頷く。
「すぐに助けを差し向けるから」
そう言ってディーとローラントは駆け出した。
ローラントが途中で離宮の爆発物の捜査を終え引き上げていく騎士たちに駆け寄り事情を説明している間もディーは必死に走った。
離宮に飛び込むとテラスに向かう。マリアおば様は日当たりのよいテラスが好きで天気が良ければここでお茶を飲むことが多い。
部屋に飛び込むとまさにマリアおば様はお茶の支度を整えたところだった。
「あら、ディー。騎士たちの用事が終わったのでお茶にしましょう。今呼びに行こうと思っていたのよ」
「飲んじゃ、ダメ――――!!!」
ディーは叫んだ。