クーデター(4)
太陽が地平線に沈み夜のとばりがすっかり下りたころバルコニーから手が降られ私たちは王宮の前広場に降りることにした。
夜になったと言っても前広場は随所にかがり火が焚かれ辺りを明るく照らしている。
しかし明るいと言っても当然昼間よりは暗くかがり火が焚かれていない場所は闇に包まれている。
私にとってはこの闇が有り難かった。物が壊れた跡や柱や床の傷、何より血の跡を見なくて済んだので。
今日ここで行われたのは本当の本物の戦闘で殺し合いなのだ。それは必要な事だったと思うしなるべく被害が少なくて済むようにオリヴェルト様たちは尽力したとは思うが大勢の人が傷つき死んだ。その痕跡を実際に見てしまうことは恐ろしかった。
覚悟を持ってこの地に来たと思っていたのだが私はまだまだ甘いのだろう。
前広場を埋め尽くした民衆は今は門の外に出されている。
それでも下りてくる竜を見ようと門の外にびっしりと人が群がり兵士立ちに制止されている。
街のいたるところから「「「リードヴァルム王国万歳!!」」」「「「オリヴェルト国王万歳!!!」」」の声が聞こえ人々の興奮が未だ冷めていないことがわかる。
夜になってしまったため私たちはここで一晩泊めてもらい翌朝ヴェルヴァルム王国に帰ることになった。
オリヴェルト様を始めリードヴァルム王国軍の人達は夜を徹して様々な後始末をするのだろう。
戦いの跡が残る王宮を整えるばかりでなく捕えた者たちを隔離したり怪我人を手当てしたり、王宮、王都に警備を派遣してこっそり王都を逃れようとする者を捕獲するのと同時にそういう者たちが虐げられていた人々に襲われないように保護する必要もある。ひとたび暴動が起これば街が無法地帯と化してしまうからだ。
そんな忙しい時に私たちだけのんびり休ませてもらうことは後ろめたいが私たちはこの国の人間ではないのでせいぜい迷惑を掛けないようにおとなしく一泊して翌朝速やかにこの地を去るだけだ。
案内されたのはエリオ殿下の離宮だった。
エリオ殿下の離宮に泊めてもらった夜、オリヴェルト様とラーシュ様が訪ねてきた。
私たちはサロンで彼らと話をした。
「ヴェルヴァルム王国のご尽力、本当に痛み入る。最大の武力を誇るサロモネの軍を引き受けていただいたばかりか今回この場にも駆けつけてくださった。そちらのご厚意に対しては国が落ち着いたら必ず報いたい。本当にありがとう」
オリヴェルト様は挨拶が終わった後ジークと握手を交わしながらそう言った。
「私たちも長年の敵国であり最大の懸念事項であったトシュタイン王国が滅びこんなに嬉しいことはありません。今後はこの国と信頼ある国交が出来れば父である国王ヘンドリックも喜ぶことと存じます。そして今回の事は私の一存です。ヴィヴィの為ですから」
そう言ってジークは私を見た。
「そうか!ヴィヴィ、ありがとう。たった四頭の竜だが私たちの軍は瓦解寸前だった。君が駆け付けてくれたおかげで私は父や母、祖国の人達の仇を討つことが出来た。今後はこの国の人達が安心して暮らせるような国づくりをするつもりだ。それが国を奪った私の責任だ」
オリヴェルト様が私に言葉を掛けるのをラーシュ様は不思議そうな顔で見ていた。そのラーシュ様を見ながらオリヴェルト様が続ける。
「ラーシュたちも力を貸してくれるだろう」
「もちろんだ。お前を担ぎ出した責任は私もきっちりとるぞ。まあ私なんかより頼りになる人間は沢山いる。それに王宮に潜入して宰相補佐官まで成り上がった手腕には期待しているよ、オリバー」
ラーシュ様はオリヴェルト様に向かってウインクをする。オリヴェルト様は苦笑いでそれに応じた。
私は使節団として来ていた時は彼らのやり取りを聞くことなど無かったのでオリヴェルト様に心を許せるような友人がいたようでなんかホッとした気分になった。
「父を……よろしくお願いします」
私がそう言うとラーシュ様は目を丸くした。
「えっ!?父って?え?」
私とオリヴェルト様を交互に見やる。
「ヴィヴィアーネ殿下は銀に近い金髪で……目の色は同じか?……え?ヴィヴィアーネ殿下が娘?え?たしかにあの白竜は……」
「あーーすまん、言いそびれていた。ヴェルヴァルム王国のマリアレーテ王女は私の妻でヴィヴィは私の娘なんだ……」
ばつが悪そうにポリポリと頬を搔きながらオリヴェルト様が言う。
「い、言いそびれてたって……おま、そういう重大な事は早く言えよ!え?でもどうして?どこで知り合って?」
「それは今度ゆっくり話すよ。落ち着いたらマリアを迎えに行かなきゃいけないしな」
オリヴェルト様の言葉に渋々とラーシュ様が頷いた。「王妃が隣国の王女……国際問題……交渉……」小声でブツブツと言っている。
オリヴェルト様の言葉にジークたちも身を固くした。もちろん私も。そうか、クーデターは成功した。目の前の人は「勝って必ず君たちを迎えに来る」とあの時言った。お母様はそれを待っている。私も決心しなければいけないだろう。
「ヴィヴィ、心配しなくていい。私はどこに居ても君を愛している。君の幸せを願っている」
オリヴェルト様は私に向かって微笑む。その微笑みの中に私は遠い昔の『おとうさん』の面影を見つける。
「初めてご挨拶申し上げます!フィリップ・アウフミュラーと申します!ジークハルト殿下の筆頭補佐官を務めております」
突然フィル兄様の声が割り込んだ。
「ああ、君たちもありがとう。よくぞこんな遠い地まで駆けつけてくれた。君たちのおかげで事を成すことが出来た。礼を言う」
オリヴェルト様はフィル兄様、エル兄様、アロイスと順に握手した。
「いえ、ジークハルト殿下のお供というよりは可愛い妹の為ですから」
相変わらずのフィル兄様にジークは苦笑している。
「妹?」
オリヴェルト様の問いかけにフィル兄様は胸を張って答えた。
「ヴィヴィは僕の最愛の妹です。身分や立場が変わってもそれは変わりません。僕は妹が望む事なら何でも叶えてあげるつもりでいます。それが兄の務めですから」
エル兄様も言った。
「兄上は少々大袈裟ですが俺も同じです。ヴィヴィのことは可愛い妹だと思っています」
「そうか、君たちはアウフミュラー侯爵家の……ヴィヴィを慈しんでくれてありがとう。君たちの気持ちは肝に銘じておくよ」
ああそうか。フィル兄様は牽制をしたんだ。お母様と一緒に私が連れ去られてしまわないように。オリヴェルト様がお母様を迎えに来たらその娘である私も一緒にこの国に来るのが当たり前のことだろう。
でもヴェルヴァルム王国側にしてみればやっと増えた王族を手放すかどうかの問題もあるし私とジークの婚約もあるし「はいどうぞ」と言うわけにはいかないだろうけど。
「この国がある程度落ち着いたら必ずヴェルヴァルム王国に迎えに行く。それまでもう少し待っていてくれとマリアに伝えてくれ」
オリヴェルト様は私にそう言うとジークに向き直った。
「ある程度落ち着いたところで正式にヴェルヴァルム王国を訪問したい。此度の感謝も直接国王に伝えたいし国交に関しても話し合いをしたい。国王にお願いしたいこともある。頼み事ばかりで恐縮だがご恩は決して忘れないし後々返していきたいと思っていると国王にお伝え願いたい」
「わかりました。必ず父に伝えます」
オリヴェルト様は手紙を私とジークに託しもう一度握手をしてラーシュ様と共に戻っていった。
話し合いをしている間この館の主のエリオ殿下はずっと隅に控えたままだった。