クーデター(3)
一部残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。
「お初にお目にかかる。国王直属軍第一隊長ジェラルド・デジデリオだ。リードヴァルム王国軍総司令官オリヴェルト殿とお見受けする。王宮に無断で侵入し玉座の間に乱入、王を殺害せんとする貴殿らの所業、見過ごすことは出来ぬ。尋常に立ち合われよ」
そう言ってデジデリオ隊長はすらりと腰の剣を抜いた。
「残念ながら初対面ではない、デジデリオ隊長。髪の色は違うが貴殿とは何度も顔を合わせている。貴殿はこの腐った王宮には珍しく清廉な男だ。できれば投降してもらいたいのだが。この国のために私の下でその剣を振るってもらうわけにはいかないか?」
オリヴェルトはそう言いながらも油断なく腰の剣を抜く。
部下たちも一触即発の状態だ。
デジデリオ隊長は目を細めてオリヴェルトを見た。
「なるほど宰相補佐官のグラート・カルドッチか。髪色と眼鏡で随分と印象が違うな。その鍛えた体つきは文官のものではないと思っていたが。……貴殿とは馬が合うと密かに思っていた。残念だ」
「どうあっても投降しないと?」
「腐った王室でもこの身は王家にささげたのでな。剣の誓いを覆すわけにはいかん」
「いち早く自分だけ逃げだすような王でもか」
デジデリオ隊長はもう答えなかった。
「参る」と一声かけて身を躍らせる。
オリヴェルトは彼の気合の入った一撃を自身も渾身の力で受け止めた。
そのままギリギリと力で押し込もうとするデジデリオの力を横に受け流す。それと同時にステップを踏んで一回転するとデジデリオのいた場所を横に薙ぎ払う。
しかしデジデリオも既にその場にいなかった。押した勢いそのままに前に駆け抜けると反転して下からオリヴェルトを薙ぎ払う。オリヴェルトは寸でのところでそれを躱すと足を飛ばしてデジデリオの体制を崩そうとする。
両者はパッと離れ同時にニヤッと笑った。
部下たちも戦闘状態に入ったが五対二十、デジデリオの部下は程なく制圧された。
「大した腕だな、オリヴェルト殿」
「デジデリオ隊長の足元にも及びませんよ」
そう言いながら今度はオリヴェルトから仕掛ける。
オリヴェルトの言ったことは本当だ、純粋な剣の腕なら。
オリヴェルトは孤児院に居た頃に退役した騎士に剣の手ほどきをしてもらっただけでラーシュと出会うまでは剣など握ったこともなかったのだ。
それなのにラーシュに剣を学んですぐ「お前の強さは何なんだ!!」と彼に叫ばれた。
どうやら無意識のうちに魔力を剣に乗せて戦っていたらしい。
だからオリヴェルトの剣は通常よりもかなり速いし重いし予想外の動きをする。
オリヴェルトとデジデリオの戦いはかなり長く続いた。しかしついにオリヴェルトの剣がデジデリオの額を抉った。同時にデジデリオの剣がオリヴェルトの脇腹をかすったが浅手だ。垂れてくる血がデジデリオの視界を曇らせた一瞬、オリヴェルトの剣がデジデリオの胸を貫いた。
デジデリオは数歩歩いた後その場にどうっとあおむけに倒れた。
口元には笑みが浮かんでいた。
オリヴェルトはもう何も映していないデジデリオの瞳を掌で閉じさせると冥福を竜神に祈った。
オリヴェルトとデジデリオの勝負がつきホッと息を吐いたのもつかの間、玉座の間に大勢の兵士が入ってきた。
そしてオリヴェルトの前に投げ出される老年の男。
この国の国王、アッボンディオ・トシュタインだ。
国王は床に投げ出された後、腰をさすって起き上がり物言わぬデジデリオを見て「ひっ!」と悲鳴を上げた。
「後宮の妃の衣裳部屋に隠れていました」
リードヴァルム王国軍の隊長の一人である地方領主が報告する。
「王宮内、隈なく制圧しました。リストにあった者は投獄、そのほかの者は拘束の上ホールに集めております」
また別の一人が報告する。
「こいつだけはお前の手で引導を渡した方がいいだろう」
ラーシュが言うと国王は床をはいずって逃げようとする。
その服の裾をオリヴェルトは踏んづけた。
デジデリオの血にまみれた剣を国王に向ける。
「まままま待て!話し合おう!何が望みだ?美しい姫か?黄金か?何でも叶えてやるぞ。そうだ!将軍の地位をお前にやろう。公爵でもいいぞ」
「お前の首だ」
「なななな」
「私が欲しいのはお前の首だ。何でもくれるんだろう?早く差し出せ」
オリヴェルトが剣をグイッと近づける。
「ばばば馬鹿なここ事を言うな!お前らなど揃って打ち首にしてくれる!!もうすぐサロモネが戻ってくる。そうしたらお前らなど……」
唾を飛ばし醜悪な形相で国王が喚きたてるが誰一人慌てている者がいない。
タイミングよく一人の兵士が駆けこんできた。
「ヴェルヴァルム王国の竜騎士が書状を持ってきました」
オリヴェルトが受け取り中身を改める。そしてふっと微笑んだ。
「ヴェルヴァルム王国の軍は見事サロモネの軍を撃破。サロモネを打ち取ったそうだ」
「馬鹿な……ばかなばかなばかな……」
よろめく国王の足元にオリヴェルトは部下から受け取った剣を放り投げた。
「トシュタイン王国国王アッボンディオ・トシュタインよ、旧リードヴァルム王国国王、王妃、リードヴァルム王国の数多の人々の仇だ。さあ立ち合え!」
よろめきながらも国王は剣を掴み突進した。突進しながら懐に忍ばせてあった何かの小瓶の液体をオリヴェルトにかけようとする。
オリヴェルトは飛び上がった。液体を回避し王の後ろに着地すると剣を一閃。
王の首は胴体を離れて空へ飛んだ。
七百年ほど続いたトシュタイン王国はヴァルム暦1689年終焉を迎えたのだった。
王宮のバルコニーにオリヴェルトを始めリードヴァルム王国軍の幹部が姿を現すと王宮の前広場は熱狂の渦に包まれた。
オリヴェルトが国王の首を掲げると人々は更に熱狂する。その陰でがっくりと膝をつく人々も見受けられたが。
「静まれ!」
ラーシュが両手を上げると広場の人々が口を閉じる。
「トシュタイン王国国王アッボンディオ・トシュタインはリードヴァルム王国軍のオリヴェルト・ヴァイス・リードヴァルムによって打ち取られた。トシュタイン王国は滅びたのだ!!」
広場にざわめきが広がる。そのざわめきは次第に大きな言葉になる。
人々は声を限りに叫んだ。
「「「リードヴァルム王国万歳!!」」」
「「「オリヴェルト国王万歳!!!」」」
その声は王宮のみならず王都中に広まった。
人々は……特に虐げられていた人々はいつまでも叫んでいた。
そして空から人々を見下ろしている白竜と黒竜に向かい手を合わせ祈りをささげたのだった。