襲撃(3)
駆けつけてきたペーレント伯と従者や護衛の人達は何とか馬を下りたもののポカ――ンと口を開けてルーナを見ている。従者は白竜に見とれるあまり馬から落ちそうになっていた。
「ペーレント伯爵」
ジークが呼びかけるとやっと我に返った伯爵はジークに訊ねた。
「あああの殿下、この白竜は……いや本当に白竜なのか?私は夢を見ているのか?」
「夢ではないよペーレント伯爵。この竜はヴィヴィの契約竜だ」
「ヴィヴィアーネ殿下の……おお!なんという……」
なんかやたら感激している。
「ペーレント伯爵、魔獣はソヴァッツェ山脈に逃げ帰った。白竜の咆哮が追い返したのだ」
「え?ちょっと待ってジーク。ルーナを恐れて魔獣が逃げたってこと?そんなことないと思うわ」
なんか知らないところでルーナの手柄にされている。そもそも私たちは駆け付けただけで戦ってすらいないのだけど。
「俺もそう思うよヴィヴィ。白竜の咆哮が聞こえた途端、竜が言うことを聞かなくなったんだ」
エル兄様の言葉に呆気にとられた。
ルーナの一度目の咆哮の時、その場の全ての竜が動きを止めたのは乗り手の意思を無視してのことだったらしい。二度目の咆哮の時もそうだ。特にトシュタイン王国の者たちは野原に着地などしたくなかったらしいが竜が言うことを聞かなかったみたいだ。竜の背中で必死に鞭を振るうトシュタイン王国の者たちの姿が見えたそうだ。
竜に鞭を……それを聞いて私はふつふつと怒りが湧いてきた。
ただ唯一ジークの竜、イグナーツだけはルーナの咆哮に支配されなかった。ジークは他の竜が野原に下りていくのを見てイグナーツに「あそこへ降りてくれ」と指示したそうだから。
「あなたたちは竜に乗る資格なんてないわ!鞭を振るうなんて!!」
私がパルミロに向かって言うと彼はうっとおしそうな視線をこちらに向けた。
「は―――なんだよ。こんな竜がいるなんて聞いてなかった。こいつら軟弱貴族は使い物になんないし……何年もかけた私の努力が水の泡だ。おまけにあの業突くじじい……」
そこまで言ってパルミロは口を閉じた。
「お前たちの目的は何だ?陽動作戦か?それにしてはタイミングが遅い」
ジークがパルミロに問いただすがパルミロはそっぽを向く。
「おい!ほかにも竜がいるのか?どこかを襲おうとしているんじゃないか!?」
エル兄様が詰め寄るがその言葉を聞いて私は愕然とした。そうだ。トシュタイン王国の竜がここに居る六頭だけなんて保証はどこにもないんだ。
「そんなこと私がぺらぺら喋るわけないだろう。あ、私を逃がしてくれるなら喋ってもいいよ」
パルミロはうすら笑いを浮かべる。
「こいつらが竜と契約したのはあの時だ。私たちが竜と契約をしたとき。あの時にウルプル伯領の門から竜の森に入ったんだ」
ジークがエル兄様に話しかける。
「その時一度きりだとするとそんなに多くの人数ではないな」
「ウォンドを十本」
「何だ?フィリップ」
呟いたフィル兄様にジークが問いかける。
「アンゲリカの証言の中にウォンドを十本調達して欲しいとパルミロに頼まれたとなかったか?あの女の証言は90パーセントは何の役にも立たないものだったけど……ははっ役に立つ証言もしていたんだなぁ」
フィル兄様の言葉にジークは頷いた。
「とするとあと四頭か……」
「四頭で何ができる?放っておいてもいいんじゃないか?」
エル兄様が言う。確かに四頭でできることは限られている。
フェルザー伯領の戦場には竜騎士団がいる。四頭ばかりで歯向かっても秒殺だ。竜の森には数名の竜騎士が残っているし王国騎士団にも守られている。王国騎士団の騎士も私たちのように竜に乗れるものが半数以上いるのだ。それに王都や竜の森に着く前に見つかって捕獲されるだろう。
「ペーレント伯爵、領地には他に異変が無いか?」
「ありません殿下。隣のバスラ―伯領にも異変は無いと報告が来ています」
「王都……」
私が呟くとジークは私を見て言った。
「無理だよヴィヴィ。四頭ばかりで王都を襲おうとしてもその前に捕縛されるかやっつけられるだろうね。私としては無謀な賭けに出て掴まってくれれば嬉しいけど」
「ううん、トシュタイン王国の王都よ。さっきパルミロが業突くじじいって言ったじゃない。トシュタイン王国の国王に四頭寄越せとか言われたんじゃないの?」
私が視線を向けるとパルミロはニヤッと笑った。
「さあね、子猫ちゃん。子猫ちゃんは推理も得意なんだ?ねえ子猫ちゃん、可愛がってあげるからそこの怖いお兄さんたちに私の減刑を頼んでくれないかなあ」
その言葉を聞くなり胸倉をつかみ上げパパパパパン!と何十往復ビンタを食らわせたのはフィル兄様だった。
「僕のヴィヴィになんてことを言うんだ!さあ吐け!王都に護送されて裁判で死刑になるのと今殴り殺されるのとどっちがいい?」
「フィリップ……お前のヴィヴィじゃない私のヴィヴィだ」
ジークがため息を吐きながら言うが胸倉をつかみ上げているフィル兄様を止めようとはしなかった。
「おい!止めろよ!何で黙ってみているんだ!」
パルミロは必死に言うが誰も止めない。フィル兄様はまたパパパパパンとビンタを繰り返した。パルミロの顔は腫れあがって元の優男が台無しだ。
「やめっ!やめろっ!わかった!言うからその手を離せよっ!うっ……グスッ……」
パルミロは泣き出した。彼は王子だ。人に殴られたことなんて無かったんだろう。部下を踏み台にしても自分以外の者を痛めつけても平気なくせに自分の痛みには弱かったみたいだ。
フィル兄様はかなり手加減しているのに。あの平手が拳だったらパルミロは今頃気を失っていただろう。
ドサッと地面に投げ出されるとパルミロはめそめそと話し始めた。
「ううう……そうだよ。グスッ……国王に四頭置いていけって言われたんだ。あのじじい王都なんか安全なんだから竜なんていらないのに……ヒクッ……竜を見て欲しくなったんだ……ううっ……私が十頭連れて来れれば今頃砦なんか破壊して魔獣がなだれ込んでいたのに……しっ……ぐすっ……失敗したのはじじいのせいだ……」
「お前たちはどういう役割なんだ?」
ジークが聞くと観念したのかパルミロは一つため息をつくと今度はスラスラと喋る。
「グスッ……ふーーー。竜の森と王都で爆弾騒ぎが起こっただろう?あれで竜騎士が分散されたはずだ。その隙にヘーゲル王国から父上が攻め込んで今頃は対岸の地を占拠しているはずだ。君たちは知っているだろう?驚き慌てふためいたんじゃないか?」
私たちは微妙な顔をしながら頷いた。そのどれもが失敗しているなどと言って口をつぐませたくない。
「本当はここで魔獣をなだれ込ませて王都の兵を魔獣に引き付けている間に私たちの竜が王都を急襲するはずだったんだ」
「たった六頭の竜で王都を制圧できるわけがないだろう」
ジークが呆れたように言うとパルミロは笑った。
「王都制圧なんて考えているわけないじゃないか。私たちの目的は高位貴族の令嬢、できれば昨年お披露目されたマリアレーテ王女の拉致だ」
「どういうことだ?」
ジークの声が心なしか厳しくなったような気がする。私がパルミロを睨む目は疑いもなく厳しくなっている。お母様を誘拐しようとしていたなんて!
「父上はここで手柄を上げれば王太子に決定なんだ。王太子に決まればあの業突くじじいはとっとと引退させる。そうすれば父上は国王だ。私は国王サロモネの第一子だからここで手柄を上げれば次の王太子になれるのさ。ヴェルヴァルム王国と全面戦争をすれば何年もかかるうえにこっちも痛手を負う。だからヘーゲル王国の対岸の地を占拠して住民を人質にとる。それだけでは弱いからマリアレーテ王女も人質に取って領土の割譲と竜を何頭かもらい受ける。ああ、父上はマリアレーテ王女を正妻の座に据えてやってもいいと言っていたな」
なんという身勝手!!でもその企みは悉く失敗しているのだけれど。
「君たちこんなところでのんびりしていていいのか?泡食って竜騎士団は父上の侵攻に対処するために南に飛んで行ったんだろう?だから魔獣の対処に君たちが来たんだよな。私はここでつかまっても父上が交渉してくれるはずだ。竜と契約した私にはまだ利用価値があるからね。だから私を粗略に扱わない方がいい」
「お前馬鹿か?お前の企みは失敗したんだからマリアレーテ王女が人質になる事もないだろう」
エル兄様が呆れたように言うがパルミロは尚も言い募った。
「私が失敗しても王都の爆弾騒ぎを起こした奴らがいるさ。驚くような高位貴族も私たちトシュタイン王国の味方なんだ。私の待遇次第では教えてやってもいいぞ」
それってハンクシュタイン侯爵家の事かしら?ああ、テロが失敗したことを知らないんだからハンクシュタイン侯爵家が味方だと思っているのも当たり前か……
それより私は気になっていることがあった。
パルミロはトシュタイン王国の王都に四頭の竜を置いて来たと言った。
王都には今頃あの人、オリヴェルト様たちクーデターの軍が攻め込んでいるはずだ。
クーデターの軍が危ないかもしれない……
パルミロはクーデターなんて知らなかっただろうけど実に厄介なものを王都に残してくれていたのだった。