襲撃(2)
私はジークを追いかけペーレント伯領に向かって飛んでいた。
ペーレント伯領に入ってしばらく飛んで行く。太陽がだいぶ傾き辺りが赤く染まり始めた頃数頭の竜が見えた。
ジークに追い付いた!と思ったのもつかの間なんか様子が変だ。
戦っている!!
竜同士が戦っているのだ。正確には竜に乗った人間同士が。
混乱しながらもルーナに話しかける。
「大変!!とにかく戦いを止めさせなきゃ!」
ピギャ――――!!
ルーナは私の言葉がわかったように咆哮を上げた。
その途端、全ての竜が動きを止めた。
え?何?みんなどうしたの?
わからないけれど落ち着かなくちゃ。
「一旦広いところにみんなで降りて何で争っていたのか話し合いをしなくちゃ。あ、あそこなんてどうかしら」
山裾の辺りは野原が広がっている。ルーナに降りようと言うとルーナはまた一声鳴いた。
ギャオ――――ン
他の竜も皆野原に向かって降下していく。
良かった。みんなルーナが降りていくのを見て話し合う気になってくれたみたい。
私はこの時までずっと味方同士、ヴェルヴァルム王国の者同士で争っていると思っていた。
ジークは魔獣の大群をどうにかしようとしてペーレント伯領に向かったと聞いていたしヴェルヴァルム王国の者以外で竜と契約している者がいるなんて夢にも思っていなかったから。
だから魔獣討伐に向かったジークたちとペーレント伯領の人が何かの行き違いがあって争っているんだろうと思っていたのだ。
そしてみんなが白竜のルーナに驚いて自主的にルーナの後を追って野原に降りてきてくれたんだろうと考えていた。
野原に着陸すると一斉に皆は竜の背から飛び降りた。
私も下りようとすると
「ヴィヴィは下りてくるな!!」
ジークの声が聞こえた。
下りてきた人たちはしばし争っていたようだがすぐに片が付いた。
アロイスも加勢しようと竜を下りたが加勢の必要はなくルーナの前に陣取って私を守ってくれていた。
ジークたちと争っていたのは中年のおじさんや剣など持ったこともないような優男でウォンドの扱いもあまり上手ではなかった。一人だけ強そうな人がいたがエル兄様や近衛のラウレンツの敵ではなかった。
彼らは簡単に制圧され縛り上げられた。
私はルーナの背で高みの見物と洒落こんでいたが彼らが縛り上げられる頃には一人だけ強そうな人の顔に見覚えがあると気が付いていた。
「ヴィヴィ、もう下りてきていいよ」
ジークの言葉に従って私は地上に降り立った。
ラウレンツは誰かの治療をしていた。あ、ジークの護衛騎士の人だ。地面に寝かされて治療を受けているが命に別条がなさそうでホッとする。
エル兄様は縛り上げられた人たちを見張っている。
「ヴィヴィ、竜との契約おめでとう。白竜なんて初めて見た。吃驚したよ」
「ありがとうジーク。ねえ、この人なんだけど……」
「ああ、昨年取り逃がしたパルミロだ」
パルミロはふてくされたようにそっぽを向いている。
「じゃあこの人たちは……」
「トシュタイン王国の貴族だろうな。それも多分高位貴族だ」
ジークの声に縛られていた人たちが騒ぎ出した。
「わ、私はトシュタイン王国の公爵だぞ!!お前ら私をこんな目にあわせるなんて国際問題だ!国に帰ったら兵を差し向けて……」
なんか偉そうなおじさんはエル兄様に剣を突き付けられると口をつぐんだ。
「お前ら馬鹿か?トシュタイン王国の者が我が国に不法侵入している時点で十分国際問題なんだよ。それも竜に乗って?それって過去にも不法侵入していたって事だろ。生きて国に帰れると思っているのか?」
エル兄様が脅すと優男が泣きだした。
「わ、私は嫌だったんだ!ピエルパルミーロ殿下に強制されたんだ。私は侯爵家の嫡男で戦ったりするのは苦手なのに……殿下が無理やり……剣の稽古もウォンドの稽古もやりたくなんて無かったんだぁ―――」
私たちは呆れた顔を見合わせた。
「トシュタイン王国って人材不足なの?」
「わが国以外の国では竜と契約できるほど魔力がある者は王族か高位貴族しかいない。そういう点では人材不足だな」
私の問いかけにジークは肩をすくめて答えた。
その時に夕焼け空の向こうに四頭の竜の姿が見えた。
一瞬身構えたジークはホッと息を吐き出した。
「フィリップ達だ」
「ヴィヴィ!!会いたかったよ!!この白竜はもしかしてヴィヴィの竜か?おめでとう!さすがは僕のヴィヴィだ。伝説の白竜と契約をするなんて!!」
フィル兄様は竜を下りてすぐ私に気が付くと駆け寄ってきて私を抱きしめた。
他の人達は唖然とした顔でルーナを見ている。それも無理はない、白竜なんて伝説上の生き物だと思われていたんだから。
「フィリップ、報告が先だろう」
ジークが私をフィル兄様から引きはがしながら言う。
私は最近はフィル兄様はジークを揶揄っているんじゃないかと思い始めている。
「タリスの砦以外の二カ所には攻撃を仕掛けるような竜は見当たりませんでした。四人で相談の上障壁の裏に回り込み魔獣の誘導を試みたのですが……」
「上手くいかなかったのか?」
「いえ、タリスの砦方面から魔獣の群れが押し寄せ……いや逃げ出してきて他の魔獣を巻き込み一目散にソヴァッツェ山脈の山奥に逃げ帰って行きました」
「ということは?」
「障壁に沿って飛んでみましたが魔獣の影も形も見当たりません」
「どうしていきなり逃げ出したんだ?」
エル兄様が問いかけた。
「白竜の咆哮のせいじゃないかと私は思うんだが……」
ジークが推測を述べるとフィル兄様が聞き返す。
「白竜の咆哮?」
「ああ、ヴィヴィの乗っていた白竜が咆哮を上げたら俺たちの竜が———」
エル兄様が説明しようとした時だった。
「はわわわわわわ……」
奇妙な声に一同が振り向く。
ずっと泣き叫んでいたトシュタイン王国の侯爵の嫡男とかいう男の声だった。
彼は半分白目をむいている。
彼の周りに魔力が渦巻いている。私が作る竜巻にも似たそれは彼の身体を取り巻き渦を作り出している。もっとも私が作る竜巻よりは大分規模が小さいが。
「な、何だこれは……お、おい!何とかしてくれ!」
侯爵の嫡男の隣に居た洒落髭のおじさんが縛られた身体を盛んにゆすって渦を巻き始めた彼から何とか遠ざかろうともがいていた。
「魔力暴走だな」
「魔力暴走?」
「ああ、ヴィヴィの起こしたものよりは大分小さいが」
私とジークが話しているとフィル兄様が割り込んできた。
「ヴィヴィが魔力暴走だって?僕は聞いたことが無い!いつ起こしたんだ?」
「ああ、ヴィヴィが五歳の時だ。それがきっかけでヴィヴィはアウフミュラー家の養子になったんだ。ヴィヴィの魔力暴走は二階建ての家がすっぽり入るくらいの竜巻だった」
「お、おい!お前ら!何を暢気に話しているんだ!早くなんとかしてくれ!!」
喚く洒落髭のおじさんを一瞥してジークはウォンドを魔力暴走を起こしている彼に向けた。
「う―――ん……これでいいか」
ウォンドの先から物凄い勢いで水が噴き出すとかなりの水圧で彼を直撃、彼は後ろにドーンと跳ね飛ばされると失神した。
途端に魔力暴走が治まる。
濡れ鼠のまま失神している彼を見下ろしながらフィル兄様が言った。
「ジーク……まさか僕のヴィヴィにもこんなことを……?」
「する訳ないだろ!!」
遠くから走ってくる数頭の騎馬が見えた。
「ペーレント伯も来たようだ」
ともあれ魔獣の脅威は去ったようである。