竜との契約(2)
私が魔力を注いで暫くすると繭の表面に亀裂が走った。
ブチブチと中で蔓が切れるような音がする。
私は少し後ろに下がりその様子を見守る。
まずは口が出た。周囲の蔓を噛みきり穴を広げる。短い手が出て来て更に穴を押し広げる。
上半身が出た!ついには下半身も。背中の翼もすべて出て竜は喜びの雄たけびを上げる。
私はその様子を震えながら見ていた。
口が出たときは見間違いだと思った。顔が全部出てまさかと思った。上半身が出てやっと確信が持てた。
出てきた竜は 白竜だった。
伝説の白竜。今はもう物語の中でしか見たことの無い白竜が今目の前にいる。
どうして?と思う傍ら、あ!と思い当たる自分がいた。
私の父親オリヴェルト様は旧リードヴァルム王国の王太子だったと言った。リードヴァルム王家の竜は白竜、ヴェルヴァルム王家の竜は黒竜ではなかったか?
ヴェルヴァルム王国では竜との契約はずっと続いている。でも大昔、リードヴァルム大帝国が滅んで以来リードヴァルム王国も他の外国も竜との契約の道は断たれた。だから白竜は伝説になったのだ。
私は震えながら竜に近づいた。まだ契約は終わっていない。
顔を摺り寄せる竜の首筋を撫でる。
竜の顎の下に一つだけ逆さに生えた鱗がある。その鱗は私が触れるとほろりと手の中に落ちてきた。
それを躊躇わずに口に含む。鱗は口の中で溶けて竜の魔力が私の身体に染み渡る。
それを確認して私は閉じていた目を開いた。
目の前の竜と目を合わせる。
再び感動で私の身体が震えだす。
竜と契約して……心がつながってわかったのだ。
「ルーナ……なのね」
竜は嬉しそうにピギャ―――と鳴いた。
私はルーナの首にしがみついた。出会った時は私の腕にすっぽり収まるほどだった。再会したときはジャンとベニートという密猟者から私たちを守ってくれた。
そのルーナが立派な白竜となって私の前にいる。
ルーナにしがみついた私は涙があふれて止まらなかった。
「竜が一頭こちらに向かって飛んできます」
王宮の物見の塔の兵士の言葉に隊長は「契約の季節だからな。それとも戦地からの報告か?」と問いかけたが部下の意味不明の言葉に自身も急いで空を仰ぎ見る。
「え?そんな?見間違いか?いやでも……」
隊長は自分の目で見て部下の意味不明の言葉の意味がやっとわかった。
「白竜が飛んできた」
その知らせに王宮中の人々と言えるほど沢山の人が竜場に押し寄せる。
その頃には王都の民衆たちも白竜の姿を見て騒ぎ出していた。
王宮の竜場に下り立とうとして私は人の多さに吃驚した。
吃驚したけれど納得もした。伝説ともいえる白竜だ。みんな見てみたいよね。
国王陛下やお母様、お父様の顔が見える。ディーがローラントに抱えられてはしゃいでいる姿も見える。
だけど一番会いたい人を見つけられない。私の心に不安が生まれる。
竜場にルーナが着陸し私はその背から降りた。
国王陛下とお母様が前に出る。そこに歩み寄って私は挨拶した。
「国王陛下、私ヴィヴィアーネは本日無事竜との契約を終えることが出来ました。これなるは私の契約竜、名をルーナと申します。まずはご報告申し上げます」
陛下は「大儀であった」と労ってくださりお母様も「おめでとう」と言ってくださった。
でもここに私が探している人がいない。
震える声で私は聞く。
「陛下……ジークはどこに居ますか?フィル兄様は?エル兄様は?」
陛下は一瞬ためらって「王宮の中へ」と促したが、私は「ここでお聞かせください」と粘った。
お父様が素早く防音の結界を張った。
「今朝、ソヴァッツェ山脈の山道脇のペーレント伯領から連絡が入ったのだ。魔獣の大群が押し寄せていると。魔石により急ぎ広域障壁を張ったが長くはもたない。そこで急遽ジークと近衛騎士たちが現地に向かった。フィリップも一緒だ。今フェルザー伯領にいるアルブレヒトに連絡を取っている。竜騎士隊を一隊ペーレント伯領に回してもらうよう要請している。ヴィヴィアーネも王宮で———」
「私も向かいます!」
私は踵を返した。
ジークが魔獣討伐に向かった。魔獣は竜を恐れる。だから滅多に我が国には現れない。なのにこのタイミングでの魔獣の大群の襲撃、偶然だとは思えなかった。
戦場であるフェルザー伯領は王国南西部だ。ここから遠い。ここからならペーレント伯領まで半日で行けるがフェルザー伯領からなら一日か一日半?あちらの戦況次第ですぐに出発できるかもわからない。だからジークは自分が行ったんだ。王都の警備も王宮の警備も手を抜けない。自由に動けるのは自分だとの判断だろう。
お父様の結界はウォンドで魔力を当てて粉砕した。
そのままルーナに駆け寄り背に乗った。
後ろで陛下やお父様が何か叫んでいるが構わず声を掛けた。
「ルーナ、行くわよ!」
ピギャ――――と一声鳴いてルーナは羽ばたいた。
大空に駆け上がると北西を目指す。ソヴァッツェ山脈の山道辺りなら行方不明のジークを探しに行った時のコースだ。
暫く空を掛けていると一頭の竜が遠くからやってくるのが見えた。
私を連れ戻しに来たのだろうか?私は何と言われても引き返さないけど。
追いついてきた竜に見覚えがあった。
アロイスだ。
アロイスは自分を指さし私を指さし前方を指さした。
「お供します」
声なんか聞こえないけれどそう言っているように感じた。もっとレアなことにアロイスがニヤッと笑ったように私は見えた。