竜との契約(1)
その知らせがもたらされたのは五年生と一緒に竜との契約のためのレクチャーを受けている時だった。
私は今学院にいる。学院に向かう前夜のジークとのむにゃむにゃを思い出すとどこに居ようと授業の最中だろうと赤面し、わーーーーと叫び出したい気分になっていたが五日ほど経ってようやく落ち着いたところだ。
「トシュタイン王国と開戦した」
先生の言葉に教室がざわッと揺れる。
「場所はどこですか?」
聞いた生徒はソヴァッツェ山脈の山道に領地が近いのかもしれない。心配そうな顔をしている。
「メリコン川の河畔、フェルザー伯領だ。ちょうど大演習で近くにいた王国騎士団が急ぎ駆けつけ竜騎士団も出動している。民衆を含め被害は今のところないらしい。皆、安心してくれ」
先生の言葉にホッとした空気が流れる。
「竜との契約はどうなりますか?」
「君たちの行動に変更はない。このまま予定通り竜と契約を行う。ただし戦地に近い場所に領地のあるものは竜との契約後領地に戻らず直接学院に帰ってくるように」
講義終了後の放課後、私は四年生の教養コースの教室に向かった。フェルザー伯領はリーネのところだ。不安な思いをしているのではないかと心配したのだ。
「「ヴィヴィ!」」
アリーやカール達もこちらに向かって歩いてくるところだった。
みんながリーネを心配して集まってきていた。
一緒に教室の扉を開ける。
中に入ると沢山の人に囲まれているリーネが見えた。
「ヴィヴィ!皆さんも!来てくれたのですね」
リーネが驚いたように声を掛けてくる。傍らにしっかりと婚約者のヘンデルス様が陣取っていてリーネの肩に手を置いていた。
「皆さんありがとうございます。私は大丈夫ですわ。心配していないと言ったら噓になりますけど先に先生に状況を説明していただいていましたの。トシュタイン王国はメリコン川対岸のヘーゲル王国から攻めてきたそうですがいち早く異常を察知した領騎士団によって皆安全に避難をしたそうです。演習中の王国騎士団も竜騎士団も駆けつけたので心配はないと先生はおっしゃられていました」
リーネが落ち着いているので私は安堵した。
ヘンデルス様が「リーネ、不安があったら私に言うんだよ」と優しく肩を抱きリーネが「ヘンデルス様……頼りにしていますわ」と二人の世界に入ろうとしたのでみんなで一斉に咳払いした。
ゴホン、コホンと咳の音が鳴り響き離れたところに居たジモーネ様たちが近づいて来た。
「あら、風邪が流行っているんですの?」
近づいて来たジモーネ様は私を見つけると目を輝かせた。
「まあ!私の大親友のヴィヴィアーネ様ではありませんの!!」
ついに大親友まで格上げされた……
でもジモーネ様の瞳が春に見たときに比べて格段に明るいので『まあいいか!』という気分になった。
「大親友同士お茶でもいただきませんこと?サロンに参りましょう」
「すみません、アリーたちと約束があるのです」
やんわりと断るがジモーネ様はめげない。
「あら、どちらへ?私たちもご一緒しますわ。ねえ皆さま」
取り巻き令嬢たちもうんうんと頷いている。
カールがあきらめたように肩をすくめた。
私は目でカール、アリー、トーマスに謝った。『まあいいか!』という気分ではなくなっていた。
竜の門の前に集合した私たちはこれから竜の森に入る。
いよいよ竜と契約を結ぶのだ。私の生涯の相棒となる竜はどんな子なんだろう。期待に胸は爆発寸前だ。
トシュタイン王国と開戦して皆忙しい思いをしている。命の危険に向き合っている人もいるかもしれない中で不謹慎かもしれないが今日ばかりは許して欲しい。
私は背中に背負った荷物を背負いなおし気合を入れた。
今までも渡されていた信号筒や野営に必要な荷物のほかに今回は竜に着ける手綱も渡されている。
ただ背に乗るだけなら竜は乗った人間を落としたりしないが曲芸的な乗り方をしたり竜騎士団のように竜に乗ったまま戦うのに掴まるところが無いと不安定だ。だから契約を結んだ竜にはすぐに手綱を装着する。この綱を握ったり身体に回して支えることで姿勢が安定するのだ。
時間になり私たちは竜の森に入る。
「お気を付けて」
アロイスに見送られて門をくぐる。いつも学院に向かった時は行きと帰りはアロイスの竜に乗せてもらっていたが今回は私自身の竜で王都に帰るのだ!だからアロイスは私を見送った後は王都に先に帰っていることになっていた。
まずは外周の街道を騎馬で進む。ある程度進んだところで馬を下り徒歩で竜の森に分け入っていく。
どの地点から森の中に入るかは個人の判断だ。心の赴くままということだ。
竜が繭を作る時期なので森の中を進んでいくと大木の根元や草原の真ん中、河原などで繭を見つけることが出来るそうだ。
もちろんまだ繭を作る年齢に達していない子竜や成竜もそこかしこにいる。
とても不思議なのだが数個の繭を見かける中でこれが自分の生涯の相棒だと確信する繭と出会うそうだ。むしろその繭に引き寄せられて森の中を進んだと言っている人もいた。魔力がひきつけあうとかそういうことなのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると遠くの木々の間に乳白色の丸っこい物体が見えた。
あれが繭かも?と思い歩いていく。
……繭は想像していたよりも大きかった。近づいてみると丈は私の背の1.5倍くらい幅は私が二人両手を広げたくらいの楕円形をしていた。表面は遠くから見たときは柔らかそうに見えたが近くで見ると固そうな太い蔓のようなものが幾重にも巻き付いているといった感じだった。
あんなに大きな竜が繭の中から出てくるのだから繭が小さいわけはないのだがなんとなくイメージとして小さい繭を想像していた私はその大きさに吃驚した。
初めて見た繭には興奮したがその繭自体には感じるものがなかったので私はまた歩き続けた。
一日目は数個の繭を見つけたものの何かを感じることは無く二日目。私は岩場を歩いていた。
何かを感じる……というのはとっても曖昧な表現だ。ビビッときた!なんてきてみなければわからない。もしかしたら今まで見つけた中にビビッときたものがあったのかもしれない。私が鈍すぎて気が付かなかったのかもしれない……なんて不安に駆られながら私は黙々と歩いていた。
水が流れる音が聞こえ始め川が目の前に現れた。川に沿って進んでいくとごうごうと水音が変わる。
滝が見えてきた。なぜだろうその滝がとても気になった。
滝の真下に到着すると滝のちょうど裏側に洞穴があるのに気が付いた。飛沫で全身びしょびしょになるのも構わず私はその洞穴に足を踏み入れた。全身濡れ鼠になるにはちょっと寒い時期だったがそんな事よりも私をとらえて離さない何かが洞穴の中にあったのだ。
洞穴は大きかった。私が昔トランタの町で暮らしていた家ならすっぽり入ってしまいそうだ。
その洞穴の真ん中、まさに中心部分にその繭はあった。
私は確信した。これが私の繭だ。私の相棒だ。いえ、滝に近づいたときにはもう確信していたかもしれない。
私は躊躇うことなくその繭に両手を当て魔力を注ぎ始めた。
いよいよトシュタイン王国との戦争がはじまりました。
そしてヴィヴィは竜と契約。次話でヴィヴィの竜が登場します。その竜とは……?
トシュタイン王国の第一王子サロモネの軍とフーベルトゥス騎士団長たちの軍はフェルザー伯領にて戦いの火蓋が切って落とされたのですが、ジークたちものんびりと王宮にいるわけではありません。ある知らせが入り……?
そしてオリヴェルト達クーデターの軍の戦いは……?
物語は終盤に入ってきました。失速せず最後まで面白いと思っていただけるように頑張りたいと思います。
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