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前夜


 いよいよ明日私は学院に向かう。竜との契約の為である。


 学院に着いてすぐ竜の森に入るわけではない。竜との契約の仕方、注意事項、三日分の装備を背負っての移動の練習やウォンドを使っての危険回避のおさらいなど竜の森に入る下準備が必要なため今回は十日間の余裕をもって学院に向かうのだ。


 学院では五年生と共に講義を受けることになる。







 出発前夜ジークが訪ねてきた。


「少し庭を散歩しないか?」


 ジークの誘いを受けて日が落ちたばかりの離宮の庭園に二人で向かった。


 夏が過ぎ秋の気配に彩られた庭園は涼しい風が吹いている。風に乗って秋の花の香りが鼻先をかすめていく。夜の庭園は小道の脇に等間隔に灯された明かりに幻想的な風景を浮かび上がらせていた。



 ジークとこうやってゆっくりした時間を過ごせるのも久しぶりだ。

 私はジークの腕に腕を絡めてゆっくりと歩いた。






 トシュタイン王国の侵攻に備えジークは、ジークばかりでなく陛下もお父様も兄様たちも皆忙しく日々を送っていた。


 実際に戦地に向かうのはフーベルトゥス騎士団長率いる第五隊から第八隊を主軸とする王国騎士団と竜騎士団の騎士たち。それに同行する軍医を含む救護班や従者、馬の世話や竜の世話係など諸々のスタッフを含む沢山の人々だ。


 フーベルトゥス騎士団長率いる王国騎士団は秋の大演習との触れ込みで堂々と王都を出発していった。


 そのほかにも王都や竜の森で爆弾テロの陰謀があったとかでその阻止のためにジークたちは忙しく働いていた。先日一斉検挙をし犯人たちを一網打尽にしたそうだ。その検挙は王国騎士団第四隊を主軸に憲兵などで組織された特別隊で統括指揮はジークが取ったそうだ。


 伝聞ばかりなのは私はずっと変わらない生活を送っていたからだ。学院で習うような学科の授業や魔術の授業はめっきり減って最近は王族のしきたりやマナーのような授業が多い。


 ジークや陛下お父様たちがトシュタイン王国の侵攻に備え忙しくしているのに私はのんびり王族のお茶会時のマナーなどの授業を受けているのが申し訳ないような気分になってくる。

 といっても未だ成人もしていない私にできることなど何もない。講師の方や周りの人間はトシュタイン王国の侵攻など知らないので不安や焦燥などは顔に出せない。気持ちはそわそわと落ち着かないが表面上はのんびりと優雅なふりをしていた。


 私の周りの人間は護衛騎士全員と侍女のレーベッカだけがトシュタイン王国の侵攻について知っている。お母様の側近もそうだ。側近以外ではよくお茶にお招きしているゴルトベルグ公爵夫人やビュシュケンス侯爵夫人も知っている。

 先日お母様はお二人にばかり頼って他の方たちとの交流をないがしろにしていたと反省して侯爵夫人や伯爵夫人を順番にお茶に招くことにしたらしい。


 お母様はいつも毅然とした態度でいながらふうわりと優しく、私にとってはとても頼れる存在だ。

 でも最近は張りつめたような危うさを時々感じる。その理由を知っているのはほんの一握りの人間だ。


『おとうさん』オリヴェルト様の挙兵が間近に迫っていた。


 我が国の騎士たち、フーベルトゥス騎士団長たちが戦地に向かうのも心配だ。戦争に行くということは生きて帰れる保証が無いということだ。たとえ我が国がトシュタイン王国に比べ圧倒的優位を誇っていたとしても。


 オリヴェルト様たちクーデターを起こす軍隊はそれよりももっともっと厳しい状況にある。彼らこそ生きて帰れる保証はないのだ。そして彼らは遠い異国の地で戦い、戦況などの情報が入りにくい。

 お母さまは居ても立ってもいられないほど心配に違いない。それでもお母様はじっとオリヴェルト様が迎えに来るのを待っているのだろう。


 私は……私にとってオリヴェルト様は実の父親だ。もちろん彼の身は心配だ。必ず生きて戻ってきてもらいたいと思う。それでもアウフミュラー侯爵のお父様やお兄様たちが戦地に向かうことになったらその方が心配になったと思う。ジークもお父様も兄様たちも今回は戦地に向かわないのでその点は安心しているが。


 もしジークが戦いに向かったら……私は夜も眠れないほど心配すると思う。いえ、追いかけていくかもしれない。だから私はお母様が心配なのだ。お母様とオリヴェルト様の固い絆は知っている。それは冬にオリヴェルト様に会った時も感じたし遠い昔、おとうさん、おかあさんと一緒に暮らしていた平民のヴィヴィも知っている。おとうさんの唯一はおかあさんで、おかあさんの唯一はおとうさんだ。それは何年経っても。





「ヴィヴィ、少し座ろうか」


 ジークの腕に掴まって物思いに沈みながら歩いていた私はジークの声で我に返った。

 小道の傍のベンチに並んで腰を下ろす。護衛騎士はどこかにいるのだろうが視界に入る範囲にはいなかった。ジークと二人きりのような錯覚さえ起こす。


「覚えてる?僕が竜の森に入る前夜、こうして二人でベンチに座ったこと」


 もちろん覚えてる。あの時私はジークに告白をしたのだ。今思い出しても赤面するような無様な告白だったけど。


「僕は嬉しかったよ。初めてヴィヴィに気持ちを伝えてもらった。僕はヴィヴィのことがずっと好きだったけどヴィヴィにとっては兄のような存在だと思っていたからヴィヴィにお嫁さんにしてほしいと言われて天にも昇る心地だった」


 そう言いながらジークは私の肩を抱き引き寄せる。

 私の頬に片手を当てゆっくりと自分の方に向かせる。

 私はジークの手の動きに合わせてゆっくりとジークの方を向く。頬に添えられた手はとっても熱い。そしてジーク方を向くと思ったよりも間近にジークの瞳があった。


 私は知らず知らずのうちにジークの胸に手を当てた。ジークの熱い鼓動を感じる。


「今もそう……思っている?」


 かすれた声でジークが聞いた。吐息がかかる距離だった。


「今の方が……前よりもずっと強く思っているわ。私はジークの事を愛し……」


 私の唇は塞がれた。ジークの熱い唇で。


 暫く私を黙らせたジークの唇はやがて名残惜しそうに離れていった。


 私はジークの胸に顔をうずめた。

 恥ずかしかったけど……とっても幸せだった。


 私も年頃だからジークとのファーストキスを想像したこともあった。でもきっと恥ずかしくて恥ずかしくてあたふたしちゃうんだろうなぁと漠然と想像していたのだ。だって想像だけでも恥ずかしくなって一人でジタバタしていたから。


 でも実際は……恥ずかしかったけれど幸福感の方が強かった。顔をうずめたジークの胸は凄く安心感があってジークの匂いに包まれていると落ち着くことが出来た。


「ふふっ幸せ……ジーク、好きよ」


 私が呟くとジークは「ヴィヴィ、それは反則だ」


 そう言ってもう一度唇を塞がれた。








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