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学院へ


 学院に行く日が来た。四年生の竜の森の演習だ。


 私はこの日を指折り数えて待っていた。

 みんなに会えるのは昨年のプレデビューの夜会の日以来だ。


 あの時はディーの問題でバタバタしていたが私もお母様も、もちろん陛下やジークも王族としてプレデビューの子たちの挨拶を受けなければならなかったので全員出席した。


 私に会えるかもしれないとアリーやカール、トーマスだけでなく旧一組のクラスのみんなが出席してくれてしばし旧交を温めあったのだった。

 そして春の竜の森の演習で私が学院に戻ってきたときに再度クラス会をやろうと約束しあったのだった。


 プレデビューの夜会の時はクラスメイト以外のあまり会いたくない人にも会ってしまったが。


「あら、私の親友のヴィヴィアーネ様ではありませんこと?」


 アリーとリーネ、グレーテと一緒にスイーツを食べようと移動していた時取り巻きの令嬢を二人連れて近づいて来たのはジモーネ様だ。


 ん?親友?いつなったんだと思いながらジモーネ様に向き直る。


「ごきげんようジモーネ様」


「さっき壇上でプレデビューの人達の挨拶を受けられていたのを拝見していましたわ。すっかり王族としての貫禄をつけられてさすがヴィヴィアーネ様ですわ」


 ……これは褒められているのだろうか?それとも太ったとかそういう意味だろうか?そういえば最近お腹周りが……


 私は微妙な顔で「ありがとうございます」とお礼を言ったがジモーネ様はニコニコしているので褒められたと取っていいのだろう……?


「最近の学院の様子とかヴィヴィアーネ様に教えて差し上げたいですわ。ゆっくりお話ししません?」


 いえ、アリーたちに聞いているので結構ですとはなかなか言えない。今までのように嫌みを言ってくればこちらも強い言葉を返せるのだがどうも調子が狂う。


「私たちあちらのスイーツを頂きに行くところですの。ですからまたの機会に」


 とやんわり断れば


「まあ!よろしいですわね。私たちもご一緒しましょう」と隣の令嬢に話しかける。令嬢たちもうんうんと頷いている。


 嫌だともいえず結局微妙な時を過ごしたのだった。











 「ヴィヴィアーネ様」


 王宮に戻ろうと学院の廊下をアロイスと歩いている時に声を掛けてきたのはジモーネ様だ。


 今日は取り巻きを連れていない。一人でぽつんと立っている。


 私は数日の学院生活を満喫して帰るところだった。


 クラス会は楽しかった。久しぶりに仲間に会ってみんながヴィヴィと呼んでくれて……王宮でヴィヴィ様、ヴィヴィアーネ殿下と呼ばれ、もちろんみんな大切にしてくれるけれども仲間や友人と言った感じではない。私も少しでも相応しくあろうと肩に力が入っているところがある。けれどもここではクラスの一人だ。大いに笑って軽口を叩き肩の力を抜いて過ごした。


 四年生の演習は個人だ。二年生はクラス単位で日帰り。三年生は四人一組で一泊だった。四年生は個人で一泊。そして五年生で竜と契約するために三日間竜の森に入ることになる。私は今年の秋に五年生と一緒に竜の森に入るが。


 四年生五十人はバラバラにスタートポイントに振り分けられる。そこから竜の森最深部にあるゴールを目指すのだ。最深部には美しい湖があると聞いていた。


 スタートポイントはゴールまで一日半くらいでたどり着ける場所に設けられている。

 スタートポイントまでは教師や騎士が付き添い騎馬で移動した。


 きつかったけれども楽しかった。一年生の夏の傷ついた竜とルーナを除けばこれまでになく近くで野生の竜たちを見た。彼らは私が手を伸ばせば触れそうな距離を悠然と歩いていくのだ。敵意の有無などわかるのだろうか。

 ゴール地点の湖も美しかった。見たこともない珍しい植物が湖に葉影を落とす。陽光に水面がキラキラと光る。ふと羽音に顔を上げると子竜が葉影を落とした植物の上の方になっている赤い実を食べていたりするのだ。それを見て既にゴールした仲間たちと笑いあう。

 楽しい、思い出に残る二日間だった。


 そうして楽しい思いに後ろ髪を引かれながら王宮に戻ろうと廊下を歩いている時にジモーネ様に声を掛けられたのだった。


「ヴィヴィアーネ様、今回はあまりお話が出来ませんでしたわ。最後に少しお話しませんこと?」


「すみませんジモーネ様、王宮に戻らなくてはいけないのです」


「あ、あら……そんなにお急ぎにならなくても……」


「いえ、戻る時間ですので」


 私は特にジモーネ様と話をしたいとは思わなかったがいつもと様子が違うジモーネ様のことが少し気になった。

 取り巻きを連れていないことも珍しい。


「わ、私たち親友でしょう?少しぐらい時間を頂いても……」


 いや親友じゃないし。……それでも焦ったようなジモーネ様のことが気になって承知することにし、私はアロイスを見た。彼が頷いてくれたので私はしばしジモーネ様とお茶をすることにした。


 ジモーネ様と二人きりでお茶を飲む日が来ようとは……ちょっと感慨深い気分になってしまった。




 ジモーネ様は私をサロンの一室に案内した。


 サロン付きのメイドにお茶を入れてもらった後彼女を退出させる。ジモーネ様はアロイスをチラッと見た。彼にも外に出て欲しそうだったが私の護衛騎士を勝手に退出させることはできない。アロイスも素知らぬ顔をして梃子でも動かなかった。


「彼なら大丈夫ですわ。私が言えば絶対に何も喋りません」


 私が言わなくてもアロイスは必要最低限しか口を開かないが。


 暫く黙ってお茶を飲む。ジモーネ様は私を誘った割にはなかなか話をしようとしなかった。


 ふうっとため息をついて私は「そろそろ時間なので」と腰を上げようとした。


「お父様が!い、いえお母様が……」


 焦って叫んだジモーネ様に向かって「はぇ?」と間抜けな声を出してしまった。


「あああの今更こんな相談をするなんて図々しいかもしれませんけど……いえ、私たちは親友よね。親友なら相談を持ち掛けてもおかしくないわ。なんて言ったって親友なんですもの」


 なんか自分で納得してジモーネ様は話し始めた。


 冬期休暇で帰省した時屋敷の雰囲気がおかしかったこと。見慣れぬ使用人がいて偶にこそこそお父様と話をしていること。お母様が情緒不安定で浮かれたと思ったら落ち込んでいたりすること。お姉さまがずっと怖い顔をしていること。そうしてある晩、お父様が暗い居間に一人で座りお酒を飲みながらブツブツ言っていたこと。その中にトシュタインという名前と「これでいいんだ」「我が家はもっと大きくなる」という呟きが聞こえた事。


「何でもないことかもしれません。でも私気になってしまって……」


 私は真剣な顔をして黙り込んでしまった。

 だってこれは捨てておけないことだと思う。彼女はそれをわかっている。そしてそれを()に相談するということの意味も。私は王室の人間なのだから。


「お父様もお母様も悪い人間ではないのです。それは……ちょっと権力を欲しがるというか野心がある人間だとは思いますが……私は小さいころからジークハルト殿下かエルヴィン様と結婚しろと言われて育って来て……そうすれば我が家はもっとのし上がれる、もっと幸せになれると言われて……最近はマリアレーテ様の側近がゴルトベルグ公爵夫人とビュシュケンス侯爵夫人だと言われ多くの人がお母様のもとを去ってしまったのです。今までは社交界のトップだと言われていたのに。それでお母様は凄くヒステリックになられてお父様に詰め寄ることも多くなって、お父様は領地経営が思わしくなくて忙しいからカリカリしていて……でもその頃よりももっと我が家の雰囲気がおかしくなってしまったのです……」


 彼女はすすり泣いていた。今まで張りつめて虚勢を張っていた糸が切れてしまったみたいだった。


「お父様もお母様も……悪い人間では無いのです。私もお姉様も可愛がってくださいました。見栄っ張りですけど……でも……でも……」


 私はジモーネ様にハンカチを渡しながら言った。


「ごめんなさい。私は何が正解かわかりません。でも私は王室の人間ですからジモーネ様に聞いたお話は私一人の胸に秘めておくわけにはいきません。ジモーネ様は……お父様やお母様のことが大事なのですよね」


 私の言葉に泣きながらもジモーネ様は頷いた。


「まずはお父様やお母様としっかり話し合うことだと思います。お父様たちが何をしようとしているのか。そしてそれがこの王国に仇成すことならばそれをやめさせる。もし何かを犯してしまった後ならば潔く申し出て罪を償う。そう説得するべきだと思います。罪を犯したうえでの幸せなど無いのだと。ジモーネ様はそんなことを望んでいないのだと説得するべきだと思います。幸いもうすぐ(と言ってもあと一か月くらいあるけど)夏期休暇です。今から帰省しちゃってもいいのじゃないかしら」


「私に……出来ますかしら……」


「やらなくてはいけないと思います。学院の方は早めに夏期休暇をとっても補習とちょっとしたペナルティーで済むように学院長に話しておきますわ。前例があるので大丈夫です」


 私の言葉にジモーネ様は力強く頷いた。


 そうして私は学院長室に寄った後今度こそ王宮に向けて出発したのだった。

 もちろんアロイスの竜に同乗させてもらって。




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