卒業に向けて
「陛下……今何と仰いましたか?」
陛下とジーク、私とお母様の晩餐の最中、陛下から告げられた言葉に私は吃驚した。
この場にディーとエミーリア様はいない。朝食、昼食はともかく晩餐は幼いディーはまだ一緒に取ることはできない。ディーが一人ではかわいそうだからとエミーリア様はディーと食事を共にしている。
「君の卒業を一年早めようと思っているんだ」
今現在私は学院に在籍しているものの授業は全て王宮で受けており竜の森の演習の時だけ学院に行くのみだ。卒業を早めようと何ら問題は無いのだけど……
「父上、どうしてヴィヴィの卒業を早めるのですか?」
ジークの問いかけに陛下は説明されたがなんとなく歯切れが悪かった。
「ヴィヴィアーネは既に座学は五年生と同じレベルまで進んでいる。魔術の方も問題ないそうだ。後は竜との契約だけだ。それなら春の四年生の竜の森の演習に参加した後秋に竜と契約し卒業しても問題ないだろう」
「そう……ですね。私は構いませんが……」
アリーやカール達と一緒に卒業できないのは寂しい。でも今だって毎日会えるような環境ではないし卒業しても会えなくても友情は続くと信じたい。それに竜との契約はワクワクする。早く私の生涯の友に会いたい。
「そうか。ではそのように手続きを進めておこう」
陛下の一言で私はあと一年での卒業が決まったのだった。
数日後、今日はジークとのお茶会だ。婚約者として定められている定期的なお茶会。
といっても普段からちょいちょいとジークと会っているので今更感はあるがジークが忙しい時などは全く会えなくなってしまうのでスケジュールにお茶会が組まれているのは有り難い。
そのお茶会にジークは少し遅れて現れた。
なんか憮然とした表情をしている。
「すまない、遅れた」
「ううん、それはいいんだけど……なんか面白くないことがあったの?」
「いや……あーーーー……うーーーん」
ひとしきり唸った後ジークは言った。
「どうしてヴィヴィの卒業を早めようと言い出したのかわかったんだ」
え?陛下が言ったことの他に理由なんてあったの?
そこでジークは私たちのテーブルの周りに防音の結界を張った。
私の卒業が?防音の結界を張るほど極秘事項なの?
戸惑った私にジークは「君の父上の話だから」と言った。父上とはアウフミュラー侯爵じゃなくてオリヴェルト様の事だろう。
「あーー、父上に聞いたんだけど、もし……もしという言い方は悪いな。クーデターが成功したらオリヴェルト殿はマリアレーテ様と君を迎えに来ると言ったんだろう?」
私は頷いた。
「その時の態度から絶対にマリアレーテ様はオリヴェルト殿について行くだろうと父上は思ったそうだ。そして君も……。でも僕と結婚していたら君はついて行くわけにはいかないだろう?」
「は?」
「だから!その……父上は君を早く卒業させて僕と結婚させてしまえばオリヴェルト殿のところに行かなくてもいいだろうという……その、すまない僕の為を思ってくれた親心なんだと思う……」
え?ジークと結婚?遠い未来にあると思っていたことが現実味を帯びてきた。でも通常で卒業してもあと二年、結婚準備で一年かかってもあと三年。たった三年後かあ……あ、でも三年あれば心の準備もできるし私も成長していると思う……って違った!三年もない!え?結婚?あと一年?いや準備もあるからもう少し後かな?
「ヴィヴィ、落ち着いて」
真っ赤な顔でグルグルと考え事をしていた私はジークの声で落ち着くことができた。
「安心して。結婚については僕は待つつもりだから」
ジークは私を落ち着かせるように隣に座って頭を撫でながら言った。
「僕は急かすつもりも無理強いするつもりもないよ。結婚するのなら君の本当の父上であるオリヴェルト殿にも祝福してもらいたいしね」
「結婚……私はジークしか考えられないけど……うん、待ってもらえるのは有り難いわ。正直実感がないし今も王宮で暮らしているからジークと頻繁に会えるし……あれ?それなら結婚してもしなくてもあまり変わりがない??」
いや、大ありだ!とジークは思ったが口に出さないことにした。ジークはヴィヴィを早く独占したかったししたい事もあれやこれや……とにかくジークもお年頃男子だ。
「コホン。とにかく僕はちゃんと待つからゆっくり……あんまりゆっくりは我慢できないかも……いや、とにかく待つからちゃんとみんなに祝福されて結婚しよう」
「うん。ありがとうジーク!」
私は頭を撫でていたジークに飛びついた。
「やっぱり結婚早めようかな……」
「どうして?」
驚いて身を離す私に向かってジークが微笑んだ。
「冗談だよ。ただ卒業はもう決まってしまったことで準備に入っているから覆せないけど」
「あ、それはいいの。今だって学院に行っているわけではないし早く竜と契約できるのは嬉しいわ」
ジークが言った通り卒業に向けてのカリキュラムが組まれているようで次の魔術の授業の前、私は本宮のある一室に連れていかれた。
そこでは魔術院の鑑定士の方が待っていて私は最終段階の封印解除をおこなったのだ。
早速魔術の授業でアルブレヒト先生にどの程度魔力が上がったのかを試された。
魔力測定の道具ではもう測れないのでどうするのかと思ったらアルブレヒト先生が言った。
「ヴィヴィアーネ、竜巻を起こせるか?」
あ、あれだ!この人はオリヴェルト様の話を聞いていた筈だ。オリヴェルト様と同じことが私にできるか知りたいんだ。
今貸し切り状態の魔術院の訓練棟には私とアルブレヒト先生、そして後ろの方でジークと陛下、お母様、お父様(アウフミュラー侯爵)が見学している。
「やってみます」
私は両手を前に突き出した。手から魔力を放出する。びっくりするほどの風が起こった。手をゆっくり回転させる。風に渦を起こさせる。
これは呪文を唱えていないけど魔術の一種じゃないかなあとふと思った。
呪文の代わりに意志の力で魔力に方向性を持たせているのだ。
手を回転させながら風の渦を強める。訓練棟のだだっ広い空間に小さな竜巻が発生した。
私は手を上げたり左右に広げたりしながら竜巻をコントロールする。
小さい頃、ほんの幼い頃に魔力暴走を起こして竜巻を発生させた。今の魔力量はあの頃より桁違いに大きいけれどちゃんとコントロールできている。
私は腕を大きく上に払い竜巻を消滅させた。
「できました。もう少し大きくすることもできそうです」
アルブレヒト先生に向き直るとアルブレヒト先生は感激したように私の肩を掴んだ。
「素晴らしいよ!!ヴィヴィアーネ!次は——」
「あの、でもこうするともう少し簡単にできます」
アルブレヒト先生と言葉が被ってしまった。先生が「ん?」と促すので私はウォンドを取り出した。
ウォンドに魔力を流し込みウォンドの先端を操って竜巻を作る。さっきより威力のある竜巻が素早くできた。
ウォンドは魔力を集約させて増幅する機能があるのだ。
「「おおっ!」」
「私にもできるだろうか」
ジークが背後から歩いてきた。
「たぶんできると思うわ」
私が言った通りジークは数度試しただけでコツをつかみ私と同じくらい大きな竜巻を発生させた。
それからはお母様以外の人達、陛下やお父様、アルブレヒト先生まで竜巻を発生させる訓練を始めてしまった。
私の授業どこ行った?
「うん、これは威力は弱くても多数の敵には有効ですな」
「武器を巻き上げたり砂を巻き込んで目つぶしをしたり使い道は多そうです」
「コントロールが完璧なら市中でも使えるのではありませんか?犯人を傷つけず武器だけを弾き飛ばすとか」
三人は話が尽きないようなので私は今日の授業は諦めた。