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ディートフリート第二王子(7)


 エミーリア様はディーは今現在の勉強にも真面目に取り組んでいない。今の勉強も遅れがちなのに新しいものばかり欲しがる。それに気を許しているとどんどん我儘になるから厳しく接した方がいいと言った。


 私がそれは違うと怒りに任せて言い募ろうとした時ジークが静かに口を開いた。


「私はディーと接した時間がそんなに長いわけではない。けれどディーの言動で不快になったことは一度もないしディーが我儘だと感じたことは一度もありませんよエミーリア様」


 ジークは微笑みながら続ける。


「ディーは私が風邪をひいて体調を崩した時に心配してくれました。それは上辺だけの心配ではないと感じました。社交界には美辞麗句を並べ立て裏でその人を貶めるような人も沢山います。皆多かれ少なかれ表の顔と裏の顔を持っている。私は色々な人と接する中で少しはその人の為人(ひととなり)を判断できるようになったと思っています。ディーはどちらかというと不器用な方だと感じました。狡さとは真逆ですね」


「でも……アルフォンスも家庭教師もあの子付きのメイドも……」


 パン!と陛下が手を打った。


「こうしていても埒があかない。普段のあの子の生活を見てみようじゃないか」


「え?でも……どうやって?あの子は私が姿を見せた時には大人しいふりをすると……」


「そうだな……こんなのはどうだ?」










 それから三日後、プレデビューの夜会の次の日ディートフリート殿下の私室で小さな工事が行われた。小さいとは言え工事をするのでその日は一日ディートフリート殿下を始めとするすべての者は他の部屋で過ごした。

 そして次の日私室に戻って来てみると部屋の一角に大きな作り付けの書棚が出来ていた。両開きの立派な扉の付いた書棚は床から天井までの高さで幅は大人の男性が三人両手をのばしたほど、奥行きも男性が一人両手を伸ばしたほどはある。


 ディートフリート殿下の私室は遊んだり寛いだり勉強をしたりするためにかなり広いのだがそれでもこれほど大きな書棚は圧迫感があった。特に今はぴったりと扉が閉められている。中が一切見えないので聞いていなければ書棚だとは思わないであろう。


 緻密な装飾が施された両開きの扉は今は鍵がかかっている。


「えらい立派な書棚だなぁ。どうして急にこんなものを作ったんだ?」


 家庭教師の男がアルフォンスに訊ねる。


「三日前に陛下たちとエミーリア様たちのお茶会があったんだ。そこでエミーリア様はディートフリート殿下が勉強嫌いで怠け者で困ると訴えたらしい。そこで陛下はディートフリート殿下が勉強好きになるようにこんな大きな書棚を作ることにしたらしい」


「それにしても大きすぎるだろう。入れる本なんか何もないぞ」


「本はこれから選定して入れていくそうだ。本が入ったら扉の鍵を渡すからアルフォンスが管理するようにと陛下直々にお言葉を頂いた」


「へえ、信用されているんだな」


「エミーリア様はディートフリート殿下が我儘で狡い性格をしていると訴えたそうだ。『君達には苦労を掛けるがディーの教育をよろしく頼む』と俺に仰られたよ」


「はははっ悪い男だなあ。しかし陛下も簡単に騙されるんだな。それともディートフリート殿下に興味が無くて丸投げなのか?」


「おい、お前も同罪なんだからな。お前もメイドたちもみんな同じ穴の狢なんだ。俺ばかり悪者にするな」


「お前がそそのかしたんじゃないか。メイドだってディートフリート殿下に同情的な娘は難癖付けてやめさせたり配置換えさせたりしてさ。今じゃ性格の悪い娘ばかりだ」


「お前も含めてな」


「引きこもりの側妃と見捨てられた第二王子。第二王子の従者になった時はああ出世もここまでかと思ったけれど今の暮らしも悪くないな」


「そうだな。俺も家庭教師に指名されて側妃様にそこまで優秀に育てなくていいと言われたときは呆気にとられたが考えてみればこんな楽な職場は無いな」


「たいして仕事もしないで遊んでいられて給料もらってストレス発散用のガキもいるしな」


「ちがいない」







 アルフォンスと家庭教師の男がそんな話をしているなんてつゆ知らずディートフリート殿下は日常を過ごしていた。


 ディートフリート殿下は暫く東の離宮に行くのを禁じられていた。プレデビューの夜会があり忙しいためと言われたがこの機会に勉強を頑張るように、改善がみられなければ東の離宮に遊びに行くことも禁止すると言われ落ち込んでいた。


 それを隣で聞いていたアルフォンスは益々ほくそ笑んでいたのだが。









「しー、静かに。そっと歩いてくれ」


 私たちは今暗い通路を進んでいる。暗い通路とは王宮の隠し通路。王宮が攻められたりして危機に瀕したとき脱出する隠し通路が王宮にはあると小耳に挟んだことはあったけど、本当にあったんだ……と今私は変な感動をしている。

 その王宮の隠し通路の一部がディーの私室のすぐ裏を通っていたようで、陛下は一日の工事でその通路とディーの部屋を繋げ、ディーの部屋に大人が数人隠れられるようなスペースを作ってしまった。一見書棚に見えるその隠れ場所は(いや、大きすぎて書棚には見えないという意見もあるが)緻密な装飾が施された両開きの扉で今は塞がれている。しかしその扉は装飾に紛れていくつものぞき穴があり部屋の中の様子がわかるようになっていた。


 もちろん工事は信用のおける口の堅い業者が行っている。


 ディーの私室に着き、私たちは書棚の中に入って様子を窺った。

 私たちというのは陛下、エミーリア様、私、ジークの四人だ。お母様は私たちが戻ってくるのをお茶の準備をして待っているわと言っていた。




 丁度ディーは午前の勉強時間になったところで家庭教師を待っているところだった。

 ディーはちゃんと椅子に座り背筋を伸ばして家庭教師を待っている。


 二十分ほど遅れて家庭教師が入ってきた。


「先生、よろしくお願いします」


 とディーが挨拶するのに家庭教師は尊大に頷いた。


「テキストの10ページを開いて」


「あの……先生……そこはずっと前にやりました。……そのう……僕は勉強が遅れているみたいで……このテキストではなくもう少し難しいものを……」


 ディーの手元にあるのはもう何十回も読み直してくたくたになった薄いテキストだ。


「ディートフリート殿下。あなたは私の教育にケチをつけるのですか!」


「いえ……すみません……そんなつもりは……」


 項垂れるディーに家庭教師は言った。


「いいですかディートフリート殿下はスペアです。スペアがそんなことを考えなくてもいいのです。罰としてそのテキストを五十回書き写しなさい」


「なっ!!」


 声が出そうになった私の口をジークが素早く塞ぐ。ここまでのやり取りで既に扉から飛び出しそうになった私の肩をジークが抑えていた。もっともジークの抑える手も震えていたのは怒りのせいだろう。


 横を見るとエミーリア様が信じられないと言ったように目を見張り陛下はそれを静かに見守っていた。

 静かにと言っても陛下の拳は固く握られており陛下も怒りを抑えていることがわかった。



 ノックとともにアルフォンスが入室してきた。


「ディートフリート殿下、お勉強は進んでいますか?」


 優し気に聞くと家庭教師が答えた。


「ディートフリート殿下はまた我儘を仰られたので罰として五十回の書き取りを命じたところですよ」


 家庭教師を諫めるどころかアルフォンスは薄ら笑いを浮かべた。


「ふうん……それはいけませんねぇ。ディートフリート殿下、スペアはスペアなりにほどほどに頑張ってくださいね」


 そうして家庭教師に向き直る。


「お前、ただ書き取りを眺めていても暇だろう?どうだ?」


 とカードを取り出す。この国で遊興や賭け事に広く使われているカードだ。


「いいねえ」


 二人は少し離れたテーブルでカードで遊び始めた。ディーは一生懸命書き取りをしている。


 もう飛び出してもいいか?と私は陛下に目で訊ねたが首を振られてしまった。



 暫くしてノックの音と共にメイドが入室してくる。

 ワゴンにお茶の用意とおやつが載っている。これは毎日ディーのために厨房で用意されたものだ。


 メイドのワゴンはディーの前を素通りして奥でカードゲームに興じている二人の前で止まった。


「面白そうなことをしているわね」


 とメイドが言い三人分のお茶を手早く入れるとテーブルにセットした。

 そしてこともあろうにメイドはアルフォンスの隣に座り三人でお茶を飲み始めたのだ。


「今日のお菓子は美味しいわね」


 などと歓談している三人にディーが声を掛けた。


「あの……先生……」


 途端に三人はディーを睨みつけた。ディーは縮こまりながらもなんとか声を絞り出す。


「……書き取り終わりました……それと僕も喉が渇いたので……」


「じゃああと五十回書きなさい」


 家庭教師がぞんざいな口調で言う。


「おい、お偉いディートフリート殿下がお喉がお渇きになりましたって言ってるぞ」


 アルフォンスが揶揄うような口調でメイドに告げるとメイドは面倒くさそうに立ち上がった。


「はっ!?喉が渇いた!?全くもう我儘なんだから!!」


 ぞんざいな手つきでお茶を入れるとガシャンとディーの前に置く。


「またディートフリート殿下が我儘を申されました、私たちはとっても困っていますとエミーリア様に報告させていただきますから!」


 睨むように言うとディーは縮こまって「すみません」と謝った。



 もう、もういいでしょう!もう見ていられない!私は陛下を見ると陛下も深く頷いた。


 バターン!!と書棚の扉を開ける。もちろん内側からは開けられるように作ってあったのだ。


 私は飛び出すとディーに駆け寄った。


 傍のメイドが驚いて目を剥いている。奥の方で家庭教師とアルフォンスが立ち上がるのが見えた。


 私はディーをぎゅう―――と抱きしめた。


 ディーは今までずっとこんな仕打ちに耐えてきたんだ。この小さな身体で。要求したことは全て我儘と言われ母親に訴えても逆に叱られる。周囲の大人全てに我儘だと言われれば幼い子供はそうなんだと思ってしまうだろう。



 私に続いてジークとエミーリア様が姿を見せると三人は目に見えて狼狽えだし必死に言い訳を始めた。


 エミーリア様は涙を流しジークは厳しい顔をして立っている。

 最後に陛下が姿を見せるとアルフォンスはがっくりと膝をついた。


 書棚に隠れて見ていたことから既に疑われていたことを悟ったのだろう。家庭教師やメイドはアルフォンスに騙されたなどとまだ見苦しい言い訳をしていたが。




 そうしてジークが近くに待機させていた衛兵を呼び入れ三人は拘束され引っ立てられていった。

 この場にはいなかったがディーの部屋付きのメイドは後二人いる。彼女たちも拘束され取り調べを受けることになる。


 身体的に危害が加えられていないとしても彼らのやったことはかなりの重罪になるだろう。彼らは忘れていたようだがディーは王族なのだ。国王陛下の血を継いでいるのだ。職務怠慢や不敬などといった軽い罪では済まないだろう。


 彼らが連れ去られて室内には私たちだけが残った。扉の外には私たちの護衛騎士が待機しているが室内には私たちだけだった。







 

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