ディートフリート第二王子(3)
「ディートフリート殿下がお見えになりました」
レーベッカの後についてディーが恐る恐るといった感じで部屋に入ってきた。
「ディー、遊びに来てくれて嬉しいわ!」
私はディーに駆け寄った。
手を握ると恥ずかしそうに「僕も嬉しいです」と言ってくれる。
心臓がまたきゅうんとなった。
ジークの部屋を辞す時、私はディーに東の離宮に遊びに来るように誘ったのだ。私は講義などでいないことも多いけれどディーはいつでも入れるように話を通しておくから気兼ねなく遊びに来てねと。
私とディーがテラスで美味しいお菓子をつまみながら話をしているとレーベッカがやってきた。
「やはりあの男が来たようですわ」
あの男、ディーの従者のアルフォンスがディーを探しに来たのだ。
びくっとしたディーに向かってレーベッカが言った。
「大丈夫ですわ。ディートフリート殿下。東の離宮には不審な男は入ることはできません。入り口で足止めされています」
「不審な男って……」
私はプッと吹き出した。
「ディー、気兼ねなくお茶の続きをしましょう」
私たちは楽しく歓談し、その後は図書室に行って本などを読んで過ごした。
わかってる。私のところにディーが遊びに来ても問題の解決にならないことは。ディーはきっと部屋に戻ればあの従者に叱られてしまうのだろう。
だからまず私はディーの気持ちを解きほぐし現状を聞き出すことにした。
ディーは最初は遠慮がちで何をしてもすぐ謝ってばかりいた。
私は何度も謝らなくていい、ここにはあなたを叱る人はいない、あなたの希望を口にしてもいいんだということをソフトな言葉で根気強く説明した。
ディーが帰って行った後、私はレーベッカに言った。
ちなみにディーは私の専属護衛の一人がちゃんと送っていった。
「レーベッカが協力してくれるとは思わなかったわ」
レーベッカはちょっと傷ついたような顔をして言った。
「私は子供好きなんです」
そうして急いで訂正した。
「私はヴィヴィアーネ殿下を守りヴィヴィアーネ殿下にお仕えすることが仕事です。実際の危険からは近衛兵が守って下さいますが危険な目に合わないように気を配ったり苦言を呈したりすることもお役目の一部だと思っています。それは醜聞だったりヴィヴィアーネ殿下の評判に関することも含まれます。ディートフリート殿下はまだ幼くていらっしゃるので醜聞にはなりえませんし王太子殿下の弟君と仲良くなられることは喜ばしい事だと思います。どっかのヴィヴィアーネ殿下にすぐに抱き着く変態筆頭補佐よりはよっぽど安全です」
変態筆頭補佐は今頃くしゃみしているかもしれない。彼は妹である私を愛してくれているのであって変態ではないし私は彼によって精神的に救われることも多いのだといつかはレーベッカにわかってほしい。
ディーは側妃様の子だ。側妃様には私は会ったことが無い。というか側妃様は奥宮の側妃様たちの居住スペースから出てこないのでほとんどの者が会ったことは無いそうだ。年嵩の人達は知っているかもしれないけれど。
王妃様亡き後、国王陛下は側妃を娶ることを何度も勧められたらしい。ジークしか子供がいないのだから当然だろう。国王陛下はかたくなに拒否していたがとうとう根負けして側妃様を娶られたそうだ。ジークの立場が揺らがぬよう権力に無縁の伯爵家の次女で大人しい性格の女性を選ばれたらしい。そして誕生したのがディーだ。ディーは八歳だといっていた。八年前、ジークはアウフミュラー侯爵家によく遊びに来ていた。私はジークをジーク兄様と呼んで慕っていた。
ジークが足繫くアウフミュラー侯爵家を訪れていたこととディーの誕生に何か関係があるかどうかはわからないけれど少なくとも今はジークはディーの事を嫌ったり疎んだりしていないのはわかる。
それなのにディーは異常なほどジークに遠慮しているように見えた。
それは近くにいる誰かがそういうふうに育てたからだろう。もちろん絶対的にあの従者は関係していると思う。でも従者だけでそんなことはできないだろうとも思う。
それからもう一つ気が付いたのはディーはあまり教育を受けていないらしいということだった。
離宮の図書室にはそんなに多くの書物があるわけではない。ましてディーのような幼い子供が読む本は。その数少ない書物をディーは一生懸命読んでいた。
「ディー、その本面白い?」
「はい!知らないことがたくさん書いてあって面白いです」
「ディーはお勉強の時間は無いの?」
「午前中に少しあります」
「ディーはお勉強嫌い?」
私のその言葉をディーはくい気味に否定した。
「好きです!!あ、そのう……知らないことをいっぱい教えてもらうのは楽しいです。でも……アルフォンスがこれ以上必要無いって」
「どうして?どうしてアルフォンスはそんなことを言うのかしら」
「僕は……しかたなく作ったスペアだから。スペアが目立っちゃいけないし担ぎ出されることが無いように愚かな方がいいって」
「誰!!?アルフォンスがそんなことを言ったの!!?」
私は怒りが頭に上ってつい強い口調でディーを問い詰めてしまった。
「あ、あ、ごめんなさい……アルフォンスがお勉強の先生とお話しているのをこっそり聞いちゃったんです……ごめんなさい……でもお母様もいつも僕に『目立っちゃいけません。王族の方々に迷惑かけてはいけません』って言うからアルフォンスの言うことは正しいのかなって……ごめんなさい……」
涙目になったディーを見て私は失敗したと反省した。
「ディー、謝らないで。私はディーに怒ったわけじゃないの。大きい声を出してごめんね。ディーはお勉強が好きなのよね。それならここにきていっぱい本を読むといいわ。私が教えられることなら教えてあげる。図書室にもディーが読める本をいっぱい取り揃えておくから私がいないときにも自由に入って読んでね」
ディーの頭を撫でながら言うとディーは小声で「いいの?」と聞いた。「迷惑じゃない?」
「ぜーんぜん迷惑なんかじゃないわ。ディーが来てくれると私も嬉しいもの。ほかにはディーはどんなことが好き?お庭で遊ぶのは?」
私の問いかけにディーはこっくりと頷いた。
「ふふっ私も好きよ。明日は私お勉強は午後からお休みなの。お天気ならお庭でいっぱい遊びましょう」
そうしてディーが帰った後、私は時間を取ってもらうようにジークに連絡を入れた。
先日『おとうさん』のことで悩んだ時私は一人でグルグルと考えた。グルグルと考えて何の結論も出なかった。『おとうさん』のことは解決したわけじゃないけれど一旦悩みは解消した。
その時に私はジークに相談するということを学んだのだ。
私はジークと一生を共にしていく決心をした。だから問題も私の気持ちもジークと分かち合いたい。ジークにも悩みを打ち明けて欲しいし問題が起こった時は一緒に解決したい。
ましてや今回はジークの身内の問題だ。ディーはジークの弟なのだから。
ジークに相談しないという選択肢はなかった。