父との対面(1)
王都の繁華街から一本外れた閑静な場所に建つ隠れ家風レストラン
瀟洒な建物の個室に私たちは通された。私たちは知らなかったが通された部屋は先日ジークたちが密会をした部屋とは離れているらしい。ジークたちが密会をした最奥の部屋の付近は今修繕中であるので使えないのだとか。
室内に入ると正面のソファーに座っていた人物が立ち上がった。
王宮の庭であった人物だった。
彼は数歩私たちに近づいた。
突然彼は膝をついた。
「長い間待たせてすまなかった!帰れなくてすまなかった!寂しい思いをさせてすまなかった!」
やっぱり……やっぱり彼は『おとうさん』だった。
ショックを受けている私の横でお母様が言った。
「あなた、謝罪なら昨日聞きましたわ。顔を上げてください。そして立ってくださいな」
お母様は昨日の夜会で『おとうさん』に会っていた。そして言葉を交わしていた。昨日の夜会で目の前の人が夫だと発表したのだろうか?皆に非難は受けなかったのだろうか?
そして私は国王陛下とお父様が一緒に来た理由を考えた。
トシュタイン王国の者との婚姻は認められないと言う為?お母様と『おとうさん』の結婚を無効にするために来たのだろうか?
私はかなり心配そうな顔をしていたのだろう。お父様が皆に声を掛けた。
「ひとまず座りませんか?落ち着いて話をしましょう」
お父様の言葉で『おとうさん』は初めて陛下とお父様が目に入ったようだった。
そうして私たちはソファーに座り紅茶を入れてもらった。
防音の結界を張ってもらった後で陛下が口を開いた。
「改めて。貴殿と直接話ができることを嬉しく思う。先日の会合での話は聞いた。我が国は全面的に協力しよう。そして目的が達成できた折には貴殿とは親密なる付き合いをしたいと思う」
友好的な挨拶をする陛下を私は戸惑いの眼で見つめた。
第七王子とジークを助けたラーシュという人はトシュタイン王国の虐げられている人たちとクーデターを計画していると聞いていた。でも目の前のこの人はトシュタイン王国の国王サイドの人間だと聞いていたのだ。
だから……今まで数々の非道を働いてきたトシュタイン王国の国王の手先が『おとうさん』ではないかと思ったからこそ私はあんなに悩んだのだ。
今の国王陛下の言葉は『おとうさん』がクーデターを計画している人たちの仲間だと言っているようなものだった。
「ヘンドリック国王陛下、ご協力感謝します。そして我が妻と娘と言葉を交わす機会を作って下さったことにも深く、深く感謝します」
『おとうさん』は陛下の手を握った。というよりは二人は固く握手を交わした。
私は目でお母様に事情を聞いたがお母様は首を振った。
お母様も訳が分からないようだった。
「オリヴェルト殿、二人が混乱しているようです」
お父様の言葉に益々混乱する。オリヴェルトって誰?
「ああ……すまない……」
『おとうさん』はまた私とお母様に謝った。
「長い間君たちを騙していた……マリア、本当にすまない。私は平民のオリバーではない。私の名前はオリヴェルト・ヴァイス・リードヴァルムと言う。今は亡きリードヴァルム王国の王太子だ」
そう言いながら『おとうさん』は鬘を外し眼鏡も外した。
現れたのはサラサラした眩いばかりの銀髪と深い湖のような青い瞳。
この瞳の色は私と同じだ。深い深い青い瞳。小さい頃「ヴィヴィとおとうさんはめんめの色がおんなじね」と笑いあったことを思い出した。
髪の色は違うけれども心配そうにこちらを窺う表情の中に『おとうさん』の面影があった。
「言い訳になってしまうけれども……聞いてくれるか?」
『おとうさん』はお母様と私に向かって話し出した。
「リードヴァルム王国の王太子として育った私は八歳の時トシュタイン王国の襲撃を受けた。父を母を私を可愛がってくれた周りの人を殺されそれでも私を匿い戦ってくれる人たちに守られ私はヴェルヴァルム王国に逃れた。孤児院で育ちながら私の頭にあるのは復讐だった。父を、母を、乳母を、護衛騎士を、姉のように可愛がってくれたメイドを、全てを奪っていったトシュタイン王国は許しておけなかった。いつかきっと私の手でトシュタイン王国を亡ぼすことを目標に私はあらゆる知識を身に着けようと努力した。図書館に通い本を読み漁り退役した騎士と知り合って剣の手ほどきも受けた。孤児院を出てから王立魔道具研究所に勤めて魔道具の知識も学んだ。魔力があることを明かすことはできなかったから魔術だけは習うことができなかったけれど」
『おとうさん』は一旦話を切った。
「私、気づいていました」
「え?」
「あなたが何か大きな思いを抱えているのに気づいていたんです」
お母様が静かに言葉を紡ぐ。
「孤児院で暗い部屋に一人でポツンと座って空を睨んでいる時、結婚してから夜中にうなされている時、何かの折にあなたがとても暗い眼をして辛そうにしているのに気づいていたんです。でも私はどうやってあなたに寄り添えばいいかわからなかった。何かわからないけれどあなたは深く傷ついて苦しんでいる。それを少しでも軽くしてあげたかったのに」
「いや、君は私を癒してくれたよ。君のおかげで私はまた幸せと言うものを感じることができたんだ」
『おとうさん』は話を続ける。
「マリアはヴェルヴァルム王国に向かう途中ソヴァッツェ山脈の谷底で拾った。いや拾ったという言い方は悪いな。その時私は最後まで私を守り一緒に逃げてくれた乳母を失ったばかりだった。なにか形見の品でも持っていたいと谷底に落ちた乳母を探した。その時に岩の上にポツンとおかれた籠の中から赤子の泣き声が聞こえたんだ。籠も着ていた物も粗末だったから平民の捨て子だろうと思えた。乳母を失いこの世で一人きりになってしまった私に竜神様が授けてくれたぬくもりだった。したこともない赤子の世話は大変だったけどそのおかげで私は正気を保っていられた。生きる気力が湧いたんだ。赤子を背負った子供の私に同情してくれる人も沢山いて私は各地をさまよった挙句レーベンの孤児院に身を寄せることができた。赤子の肌着に縫い取りがあって擦り切れていたがかろうじてマリアと読み取ることができた」
お父様、アウフミュラー侯爵が深いため息をつくのが聞こえた。お父様はずっと『おとうさん』のことを調べていたのだ。長年の謎が解けたのかもしれない。
お父様と『おとうさん』紛らわしいな。私は『おとうさん』をこっそりオリヴェルト様と呼ぶことに決めた。
小さい頃の思い出はあるけれど、血のつながりは感じられるけれども私にとってお父様は五歳から娘として育ててくれたルードルフ・アウフミュラー侯爵なのだった。
オリヴェルト様の話は続く。
「マリアは私の唯一の家族だった。私の生きる希望だった。私は家族の仇を討とう、復讐しようと思っていたが唯一の家族であるマリアの幸せを見届けてからにしようと決めていた。マリアが孤児院を出る日迎えに行った。私が身元引受人になってマリアをいい人に嫁がせようと思っていたんだ……それなのに……」
オリヴェルト様は照れたように言葉を切った。
「美しく成長したマリアが居たんだ。私を一心に慕ってくれるマリアが」
「私は小さいころからオリバーのお嫁さんになるって決めていましたから」
お母様は微笑みながら言う。
「私は幼いころからあなただけが好きでした。大きくなったら絶対にオリバーのお嫁さんになるって決めていたんです。だからあなたが迎えに来てくれた時に絶対に落として見せるって決心したんですの」
うーん親のラブロマンスはなんか気恥ずかしい。
照れたような表情をしながらオリヴェルト様は続ける。
「君と結婚してトランタの町で生活していた時が一番幸せだった。ヴィヴィが生まれて私は復讐心を捨てた」
え?でも『おとうさん』は家を出ていって今こうしてクーデターを計画しているんじゃないの?
「本当にあの時までは一平民としてトランタの町で親子三人仲睦まじく暮らしていこうと思っていたんだ。十年前、メリコン川を渡ってトシュタイン王国が攻め入ってくるまでは」
十年前のトシュタイン王国の侵攻、それが私たちの運命を変えたのだった。