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ヴィヴィ九歳(4)


「おい!あまり傷つけるなよ。その綺麗なツラの兄ちゃんも商品だ。

 それからお前らは馬車を探れ!金目のものはこの馬車に積んでるはずだ」


 ゲルトの命令に盗賊たちが動き出す。


 ゲルトが手を離したのでヴィヴィは急いでフィリップに駆け寄った。


「お兄様!大丈夫ですか!?」


 フィリップは後ろ手に拘束されながらもゲルトを睨みつける。


 その時、遠くから馬の蹄の音と叫ぶ声が聞こえてきた。


「フィリップ様ーー!ヴィヴィ様ーー!ご無事ですかーー!」


 五頭ほどの護衛騎士を乗せた馬がこちらに向かって走ってくる。

 先頭は護衛騎士隊長のハーゲンだった。


「くそっ!もう追いついてきやがった!おい、お前ら、応戦しろ!」


 盗賊の拘束が緩んだ隙にフィリップはヴィヴィの手を引いて走り出した。

 護衛騎士と合流しようとしたが盗賊たちは弓矢を放ってきた。


 すんでのところで方向を変える。

 いつしか二人は崖に追い詰められていた。


 盗賊たちが迫ってくる。

 そこへハーゲン達護衛騎士が割って入った。

 辺りは混戦模様になった。


 崖際の木の陰に身を潜めようとした時だった。


 ガラッ……フィリップの足元が崩れた。


 ヴィヴィは反射的にフィリップの手を掴む。フィリップの体重に引きずられそうになり、咄嗟に木の股に自分の足を引っかけた。


 崖際に生えていた木は根元で二つに分かれておりその股の部分に足を引っかけたのだ。


 ヴィヴィとフィリップ、二人の体格差は大きい。九歳の女の子と十七歳の男性である。崖に投げ出されたフィリップの体をヴィヴィ一人で支えるのは無理だった。

 

 ズズ……

ヴィヴィの体が引っ張られる。地面や木と擦れてヴィヴィの体は傷だらけだったが構っている余裕はなかった。


 フィリップは夢中で崖にあるわずかな出っ張りを掴み、わずかな窪みに足を掛けた。


 フィリップの体はヴィヴィに掴まった右手、わずかな出っ張りを掴んだ左手、わずかな窪みに掛けた両足、という不安定な体勢で崖にへばりついていた。


「お兄様!大丈夫ですか?」


 フィリップの頭の上からヴィヴィの声が聞こえた。


「大丈夫だ。ヴィヴィ、耐えられるか?」


「私は大丈夫です!」


 ヴィヴィは健気に答えるも、この状態が長く続かないことは明らかだった。


 フィリップは魔力を練り上げ、自身の赤竜を呼んだ。


 詳しくは後に説明することになるだろうがこの国の成人——魔術学院を卒業した者——には契約を交わした一頭の竜がいる。

 その竜は自らの魔力を介して呼ぶことができる。

 フィリップは自身の相棒、赤竜のウルバンを呼んだ。


 しかしウルバンがどこにいるかはわからないが来るまでに多少の時間はかかるだろう。それまでヴィヴィの体力が持ってくれとフィリップは祈る思いだった。


「うっっ!」


 頭の上からうめき声が聞こえ、一瞬手の力が緩んだ。

 フィリップはヒヤッとしたがすぐに力を込めて握られた。


「に……いさま……だいじょぶ……です……もうすぐハーゲン……たちが盗賊を倒して……駆けつけてくれます……もう少し頑張って……」


 ヴィヴィの必死の声にフィリップも答えた。


「ヴィヴィ!もう少しだけ耐えてくれ。今、赤竜を呼んだ。あいつが来ればこの手を放しても大丈夫だ」


 気の遠くなるような時間——多分実際はそれほど長い時間ではないが——が過ぎ、竜の咆哮が聞こえた。


 ウルバンだ————


 ウルバンは崖の近く、フィリップの下まで飛んでくる。


「ヴィヴィ!もう手を放しても大丈夫だ!」


 手の力が緩むとともにフィリップはウルバンに向かって飛んだ。

 ウルバンは難なくフィリップを背で受け止めるとそのまま崖上まで舞い上がった。



 崖上に赤竜が姿を現すと盗賊たちは一目散に逃げだした。


 崖上の開けた場所を探しウルバンを着地させるとフィリップは背から降りた。

 護衛騎士隊長のハーゲンが駆け寄ってきた。


「フィリップ様、ご無事で何よりです。なかなか救出に向かえず申し訳ありませんでした」


「いや、よく駆けつけてくれた。盗賊たちは?」


「赤竜の姿を見て逃げ出しましたが、数名は捕えています」


「わかった。ヴィヴィは?」


「ヴィヴィ様は……」


 数名の騎士が盗賊を引立ててくるのが見えたがヴィヴィはいない。急ぎフィリップは自分が落ちかけていた崖のふちに向かった。


 そちらに向かうとすぐに倒れているヴィヴィの姿が目に入った。


「ヴィヴィ!」


 フィリップは一目散に走りだした。

 ヴィヴィの足、大腿のあたりに一本の矢が突き刺さっているのが目に入ったからだ。



 ヴィヴィに駆け寄り矢に触れぬよう体を抱き起す。


 一緒に駆け付けたハーゲンがヴィヴィの脈をとり言った。


「脈も呼吸もあります。気を失っているようです」


 なんてことだ!!

 フィリップは彼の手を握るヴィヴィの力が一瞬緩んだ時を思い出した。あの時うめき声も聞こえた。

———きっとあの時ヴィヴィは足に矢を受けたのだろう。

 

 足に矢を受けながら、痛みの中でも懸命にフィリップを引っ張り続けた。

 ……こんな小さな身体で……


 普段フィリップに対しては大人びた口調で話す。だからフィリップは目に見える姿が子供でも子供だということを忘れていた。

 まだたった九歳の子供だということを……


 抱き上げたその身体の小ささに、軽さに実感したのだった。


「失礼します」


 ハーゲンが矢を短く切り、スカートを捲り上げると大腿の傷が露になった。

 フィリップが矢を抜こうとするとハーゲンに止められた。無理に引き抜くと肉を抉ってしまうらしい。


「このまま固定して医者のもとに連れて行った方がいいと思います」


「わかった。馬車は使えるか?」


 駆け寄ってきた護衛騎士に訊ねたが騎士は首を振った。


「駄目です。手綱も馬を繋ぐ綱もズタズタに切られています。馬も逃げてしまいました」


 かといって馬に乗せてヴィヴィを運ぶとなると傷に障ってしまう。


「私が馬で戻って馬車を連れてきます」とハーゲンが言った。


 時間はかかるがそれが最善の方法だろうヴィヴィの体力が持つかどうかが心配だが……



 ヴィヴィを抱き上げウルバンの元に戻るとフィリップはウルバンに言った。


「ウルバン、来てくれてありがとう。僕はもう少しここにいるからお前は戻るがいい」


 ウルバンはフィリップを見つめグルルル……と鳴いた。


「ウルバン?」


 ウルバンはフィリップを見つめる。


 フィリップはウルバンが「俺の背に乗れ」と言っているように感じた。


 




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