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お忍び外出(2)


 散歩がてら歩きたいからと馬車を断って公園への道を五人で歩く。もちろん少し離れて護衛はついて来ている。


 公園の中に入って木立の遊歩道を歩く。木々が夏の日差しを遮って爽やかな風が頬を撫でる。


 公園の中ほどまで進んだ時だった。


 私は奇妙なものを見た。


 木立の奥、遊歩道から外れた場所で一人の女の子と二人の男の人が踊りまわっていた。


 三人は手を頭や顔の前で振り回しながら辺りをくるくると回っている。女の子の身なりは良さそうで貴族の令嬢に見える。


 どうしてあんなところで踊っているんだろう?不思議に思って私はその三人に近づいた。


「ヴィヴィ様危険です!」


 途端に近づいて来たアロイスに止められた。


「蜂です」


 ああ、蜂……蜂?


 私が踊っていると思った三人は沢山の蜂に襲われているらしい。


「大変じゃない!早く蜂を追い払わなくちゃ!」


「刺されると危険です。両殿下はこちらでお待ちください、我々が対処します」


 ジークの護衛の人が私たちを押しとどめた。


「あ、ちょっと待って!」


 護衛の騎士がどういうふうに蜂を追い払うのかわからないけど刺されるかもしれない。それなら試してみよう。ウォンドを人に向けることは禁止だけどこれも怒られるのかしら?


 私は掌を踊りまわっている三人に向けた。蜂を追い払うくらい、だけど人には害を及ぼさないくらい……調整して魔力を放出する。ひゅうと風が起こった。掌をぐるりと回転させる。一陣の風が渦となって三人を取り囲み群がっていた蜂を吹き飛ばしていった。


 女の子の髪がばさばさになったことやスカートがめくれあがって太腿まで見えてしまったことは許して欲しい。


 三人は脱力したようにその場に座り込んでいた。


「お前……相変わらず規格外だな」


 カールの呆れたような声が聞こえた。


「規格外って?」


「ウォンドを使わないで魔力を放出すればすぐに拡散してしまうわ。呪文で方向性を与えないと。単純に魔力を放出して風を起こすなんて……」


 アリーの言葉に続いてジークが苦笑混じりに言った。


「私もそよ風ぐらいなら起こせるかもしれないけれどあんなに遠くまでは無理だな」


 え?それは噓でしょ?と思いながら三人に近づく。


 私たちの足音に気づいた三人が顔を上げた。


「大丈夫ですか?———ジモーネ様!?」











 ジモーネは不機嫌だった。


 あの日から彼女を取り巻く環境は一変した。


 あの日、夏期休暇で王都に帰ってきてすぐの王宮でのお披露目の日。


 学院ではヴィヴィアーネが姿を消していた。昨年のように伝染病だろうか?先生は違うと言ったけどどうして欠席しているかは教えてくれなかった。先生も知らないみたいだった。

 どんな理由にせよ彼女のいない学院生活はジモーネにとって快適だった。王太子殿下の婚約者にちゃっかり収まるなんて忌々しいけれどお父様が手紙でまだ追い落とすチャンスはあると言っていた。


 王宮から大事な発表があると通達が出され家族みんなで王宮に向かった。

 お母様がお茶会等で仕入れた情報では亡くなったと思っていたマリアレーテ王女が見つかったらしいということでお母様はちょっとピリピリしていた。社交界の夫人の頂点に君臨するお母様は自分より上の存在が許せないようだった。


「その情報は眉唾物だな。しかしもし本当だったら上手く取り入って操ってしまえばいい。社交界など出たことが無いんだ、ちょっと優しくすれば頼ってくるだろう」


 お父様は楽観的だった。


 でも本当にマリアレーテ王女が見つかって、しかもアウフミュラー侯爵家が保護していて、しかもしかも……ヴィヴィアーネがマリアレーテ王女の娘ですって!!!


 ジモーネのハンクシュタイン侯爵家は一家そろってポカンと口を開けたままだった。


 だからビュシュケンス侯爵が王太子殿下とヴィヴィアーネの婚約に対し賛同の言葉を述べた時出遅れてしまった。


 ハンクシュタイン侯爵家は王太子殿下とヴィヴィアーネの婚約を何とか阻止しようと動いていた。ジモーネは王太子殿下やエルヴィン様といつも親し気にしている彼女が気に入らなかった。侯爵令嬢でありながら元平民や下級貴族と親しげに交わり軽口を叩く彼女はやっぱり庶子だと蔑んだ。その後平民だとわかり余計納得がいった。彼女には下賤な血が流れていたのだ。本当はジモーネの足元に這いつくばるのが当然なのに養子とは言えアウフミュラー侯爵家の名を名乗っているのが許せなかった。


 お父様やお母様もジモーネを後押ししてくれた。いえ、王太子殿下かエルヴィン様を絶対にものにしろとたきつけられた。その為にお母様やお姉様もお茶会でヴィヴィアーネの悪口を広めまくった。平民の血が流れている娘は王家に相応しくないと言いまわっていた。




 お披露目があった次の日からハンクシュタイン侯爵家にすり寄ってくる貴族がぐんと減った。


 お父様は「不味いぞ不味いぞ……」と呟きながら立場の挽回を画策していたがそれどころではなくなってしまった。

 家令のベーレンドルフが領地からやってきて私たちの散財で領地経営が苦しい事、当主がやるべきことまで肩代わりしているため是正して欲しいと訴えてきたのだ。それどころではないとお父様は怒り領地に帰そうとしたが彼は引かなかった。お父様は怒鳴った。


「そんな無能な家令は首だ!!とっとと荷物を纏めて出ていけ!!」


 彼は家族を連れて出ていった。ジモーネはグレーテという取り巻きを一人失った。グレーテはしばらく前からヴィヴィアーネにすり寄っていて気に食わなかったから良いんだけど……


 お父様は行くところがないからとベーレンドルフがすぐに謝ってくると思っていたらしい。しばらくたって彼がバルテル伯爵家に雇い入れられたと聞いた。バルテル伯爵はアウフミュラー侯爵家の縁者だ。


 お父様は今はベーレンドルフの穴を埋めるために忙しく毎日イライラしている。


 お母様とお姉さまは呼ばれるお茶会の数がぐんと減って二人ともイライラしている。


 お母様は先日ビュシュケンス侯爵夫人のお茶会に呼ばれて出かけていった。ビュシュケンス侯爵家は序列第二位だけど今まで領地に引きこもって社交界に出てこなかった。だからお母様がトップとして君臨できたのだ。ゴルトベルグ公爵夫人がいるけれど彼女はやっと三十歳になったばかりで子供も小さくやはりあまり社交界に顔を出していなかった。


 お茶会でその両夫人は「先日マリアレーテ殿下にお茶会に招かれ伺ってきましたの」


「これから力になって欲しいと頼まれてしまいましたわ」


「わたくしたちもこれからは積極的に社交をしなくてはいけませんわね」


「ええ、二人でマリアレーテ殿下のお力にならなくては」


 と自慢されたらしい。ほかの参加者は二人の夫人に群がりお母様は一顧だにされなかったそうだ。


 というわけで家の中はお母様という猛吹雪が荒れ狂っている。


 ジモーネは取り巻きと出かけようと思ったが皆「用事が……」とか「体調が……」とか言って断ってくる。


 頭にきて護衛を二人連れて街に出た。


 目当てのカフェに着いたら臨時休業だった。


 またまた頭にきて宝石店に行って高価なアクセサリーでも買おうと馬車に乗ったら少し走って止まった。

 行きにはちゃんと動いていたのに車輪の具合が悪くなったらしい。


 むしゃくしゃしてずんずん歩いていたら子供のような奉公人が打ち水をしているのに引っ掛かった。

 水を引っかけられたと言っても靴の先にちょびっとだ。夏の陽気にすぐ乾いてしまった。でもジモーネは許せなかった。

 だから護衛にその子を這いつくばらせて打ち据えるように命令した。


 護衛はためらったが「いうことを聞かないと首よ」と脅した。

 護衛がその子を捕えた時店の中からわらわらと人が出て来た。

 ジモーネと護衛は屈強な人足みたいな男十人余りに取り囲まれた。


 さすがに不味いと思い一人の護衛が牽制している間にもう一人の護衛がジモーネを庇いながら逃げ出した。


 走って走って公園の木立の中に逃げ込んだ。


「もうっ!!何なの!!」


 ジモーネはヒステリックに叫んで足元の小石を思い切り蹴飛ばした。淑女にあるまじき行為である。


 小石は運悪く蜂の巣を直撃した。




 かくしてジモーネは公園の木立の奥で奇妙なダンスを踊る羽目になったのだった。



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