お披露目の会
夕食の席で陛下が言った。
「君たちのお披露目の日が決まったよ。二週間後の週末だ」
私とお母様は最近は週に二度ほど陛下とジークと食事を共にしている。ジークだけだともう少し多い。ジークだけの時は高確率でフィル兄様が同席する。それ以外の時は一人かお母様と二人で食事をする。
陛下と一緒の時は略式でも正装するのでレーベッカが張り切る。ジークと一緒の食事でフィル兄様が同席するときはレーベッカがフィル兄様を大抵威嚇している。
お小言の多いレーベッカにも慣れて来た。
お披露目については当初から聞いていた。具体的な日時は今聞いたけど。学院が夏期休暇に入った今のタイミングで貴族や平民の有力者を集めてお披露目をする。これは昼間に行われる。ホールでお披露目が行われた後バルコニーに出て民衆にもお披露目をする。この日は王宮の本宮前広場が解放される。その広場を見渡すバルコニーに立って民衆に挨拶するのだった。
諸外国の賓客などを招いた夜会は晩秋に予定されていた。夜会でのお披露目はお母様だけだ。私はまだ学院生で本デビュー前なので。
部屋に戻ってレーベッカにお披露目の話をするとレーベッカが力強く言った。
「腕がなりますわ!当日はヴィヴィアーネ殿下を誰よりも美しく装ってみせますわ!」
まあほどほどにお願いしたい。
「あ、ヴィヴィアーネ殿下にお手紙が届いておりますわ」
レーベッカの差し出した手紙は一通はアリーから。夏期休暇が明けてすぐ竜の森で演習が行われる、それについてだった。
そしてもう一通は
「王太后様?」
王太后様からのお茶のお誘いだった。お母様のお母様。王太后様にはお会いしたかったのだが、私たちが王宮に来た時は遠方の保養地に行っていらした王太后様はお母様が生きていたという知らせを受けてすぐに保養地を発たれたらしい。大事を取ってゆっくりと王都に向かい先日北の離宮に入られたそうだ。
次の日、私とお母様はお茶のお誘いを受けて北の離宮に向かった。
案内を受けて王太后様の待つサロンに入る。
北の離宮は全体的に年嵩の使用人が多かった。そしてその方たちが皆お母様を見てこっそりと涙ぐんだり歓喜の表情を浮かべたりしている。
部屋に入ると大きな窓の前に整えられた瀟洒なテーブルとソファー。その座り心地よさそうなソファーから一人の上品な老婦人が立ち上がるのが見えた。一目でわかった。お母様によく似ていたから。
年を取ってなお美しく白髪混じりの豪奢な金髪を上品にまとめ凛としたたたずまいの婦人だった。
私とお母様はカーテシーをした。
「王太后陛下、お初にお目にかかり……」
「初めましてではないわ!!」
王太后さまはしっかりとした足取りでお母様に近づいた。
「ああ、マリアレーテ顔を見せてちょうだい」
お母様が顔を上げる。
「抱きしめても……いいかしら」
「はい」
王太后様は涙ぐんでいらっしゃった。涙ぐみながら自身より背の高いお母様をしっかりと抱きしめた。
「マリアレーテ……こんなに大きくなったのね……攫われたときあなたはまだ赤子だった。もう……もう二度と会えないと……」
お母様を抱きしめながらはらはらと涙をこぼす。いつしか抱きしめられているお母様もそれを見ている私も涙ぐんでいた。いえ、部屋の隅でメイドや侍従、近衛騎士まで涙ぐんでいた。
「お母様と……お呼びしてもよろしいでしょうか」
お母様が震え声で聞くと王太后様は泣き笑いで頷いた。
「当たり前じゃない。ああ……あなたにお母様と呼んでもらえる日が来るなんて……竜神様に感謝しなくてはいけないわね」
そうして王太后様は私に向き直った。
「あなたがヴィヴィアーネね。私にこんな可愛い孫がいたなんて……嬉しくて嬉しくて二十歳くらい若返ったかもしれないわ!」
茶目っ気たっぷりにそう言うと私をぎゅっと抱きしめてくださった。
「あなたは私のことをお婆様と呼ばなくてはダメよ。私のことをお婆様と呼んでくれるのはあなたしかいないのだから」
お婆様はウィットに富んだ明るい方で私とお母様は穏やかで楽しい時を過ごした。
そうして再々北の離宮を訪れることを約束して私とお母様はお婆様の元を辞したのだった。
お披露目の日がやってきた。
今日は朝から晴天で抜けるような青空が広がり夏の日差しが降り注いでいる。
私は早朝から起こされレーベッカ指導の下沢山のメイドに磨き立てられている。
「ああ……今日の日差しは強すぎますわ。民衆のお披露目の時にヴィヴィアーネ殿下が日に焼けてしまうわ……」
レーベッカは嘆きながらも支度をきびきびと進めて行く。私は平民生活を送っていた時も領地に居たときも夏は外で遊ぶのが大好きだった。日焼けなんていまさらなんだけどなあ……と思いながらされるがままになっていた。
時間が来て本宮に向かう。
私の後ろにはレーベッカ、前後をアロイスとローラントに護衛されて進む。学院に居たときの自由感が懐かしいがこればっかりは慣れるしかない。
私とお母様の存在は既にかなり噂になっているらしい。基本的には東の離宮と奥宮にしかいないが魔術の授業は騎士団の訓練施設をお借りしているので本宮にも出入りする。偶にジークの執務室に行くこともあるので見かけた人はいるだろう。
王族の控室で過ごした後ホールの王族が登場する扉に向かう。
壇上の王族登場口から姿を現すとホールにものすごい数の人々がいるのが見えた。
プレデビューの夜会や卒業パーティーで人が多い催しには参加しているがその時は壇上にいたわけではない。婚約発表の時に初めて壇上から挨拶をしてあまりの人の多さにくらくらした。今日はそれ以上の人が固唾をのんでこちらを注目している。
私は心配になってこっそりお母さまを見たがお母様は落ち着いていた。……ように見えた。後で教えてくれたが手も足もガクガク震えていたそうだ。
それでもお母様の横にお婆様が付き添い背中にずっと手を当ててくださっていたそうだ。
そう、お婆様もお披露目に出席してくださったのだ。公の場に出るのは十数年ぶりらしい。
最初に陛下が、次にお婆様とお母様が、最後にジークにエスコートされて私が登場するとホールはどよめきに包まれた。
「本日は皆よく集まってくれた。今日この場で皆にこの発表ができることは私にとって、いやこの国にとって望外の喜びである」
そうして陛下はお母様を促した。
お母様はお婆様と一緒に前に進み出る。
「先の国王陛下の第一王女マリアレーテだ」
陛下の言葉に再びホールがどよめきに包まれる。人々の反応は様々だ。比較的若い人たちは戸惑ったような表情をしている。しかし年齢が高い人たちは感激した表情をしている人たちが多い。中にはむせび泣いている人もいる。
少し喧騒が収まった時点で国王陛下が続けた。
「マリアレーテ王女は皆も知っている通り三十年前にトシュタイン王国の陰謀により王宮から連れ去られた。その後市井で育ち結婚をした。ある時アウフミュラー侯爵の目に留まり保護をされていた。彼女の出自に疑問を抱いた侯爵は調査をしこの度マリアレーテ王女であると判明し確証が得られたのでここで皆に発表することができた」
盛大な拍手が巻き起こる。「マリアレーテ王女様万歳!」の声も聞こえる。その中にいくつかの「正当な王位継承者」の声が混じっているのに私は気が付いた。
騒ぎが収まると今度は国王陛下は私を呼んだ。
ジークと共に前に進み出る。
「皆にもう一つ発表がある。王太子ジークハルトの婚約者ヴィヴィアーネ・アウフミュラー侯爵令嬢はマリアレーテ王女の娘である。よってこの二人を王族に迎え入れ王女とする。またジークハルトとヴィヴィアーネの婚約は続行とする」
再び拍手が巻き起こる。皆が笑顔で手を叩いている。
私とジークの婚約発表の時、一部の王宮勤めの人は喜んでくれたけれども反対の声も多く様子見と言った態度の人が多かった。私は頑張ってその人たちに認められるようになりたいと思った。あれから数か月私はまだ何をしたわけでもない。立場が変わっただけだ。でもここにいる人たちはもろ手を挙げて歓迎している。もちろん反対の人はいるだろう。でもその声は物凄く小さいものになった。特にお年を召した方たちはとても喜んでいるように見える。
アルブレヒト先生が前に進み出た。
「陛下、先王陛下の孫にあたられるヴィヴィアーネ殿下とジークハルト王太子殿下の婚約、これほどめでたいものはありません。我がビュシュケンス侯爵家は強くこの婚約に賛同の意を示します」
アルブレヒト先生の声に続いて我が家も賛同いたしますの声がしばらく続いた。
別にわざわざ賛同の意を示すことは無い。婚約は王家からの発表で決定事項だ。それも数か月前の時点で。
アルブレヒト先生がわざわざ賛同の意を示したのはこの婚約の後ろ盾の一つにビュシュケンス侯爵家がなるという意思の表れだ。
私は複雑な心境だった。皆が賛成してくれることは嬉しい。でも私の生まれによって態度を変えられるのはなんか納得がいかなかったのだ。表面はニコニコして内心はもやもやしてお披露目は終わった。