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ヴィヴィ九歳(3)


 領地に向かう朝、ヴィヴィは動きやすいドレスに編み上げブーツ姿で部屋を出た。


 荷物は既に荷馬車に全て積み込み済みである。長期の滞在となるためにかなり大荷物となってしまった。

 領地に向かう一行は、フィリップとヴィヴィが乗る馬車が一台、メイドのマリアやフィリップお兄様の従者のロータル達使用人が乗る馬車が一台、荷馬車が一台、それと護衛が十名。


 エントランスで顔を合わせたフィリップは機嫌が最悪でヴィヴィは道中を思いやってため息をついた。


 それというのもフィリップは初め赤竜に乗って領地に向かうつもりだったらしい。しかしルードルフに却下された。領地に向かう一行を取りまとめるのはフィリップの役目だ。「一行が無事にトラブルなく領地にたどり着けるようにすることがお前の初仕事だ」と言われ嫌々ヴィヴィと一緒の馬車に乗ることになったのだった。



「それでは父上、行ってまいります」


 それだけ言うとフィリップはさっさと馬車に乗り込んだ。

 ルードルフはため息をつく。

 傍らのヴィヴィを見て屈みこむと額にキスを落とした。


「行っておいでヴィヴィアーネ。君は君の思うとおりに行動しなさい。大丈夫だ。きっとフィリップとも仲良くなれるよ。もしダメだったらいつでも帰っておいで。私もエルヴィンも君を愛してる」


「はい、お父様」


 ヴィヴィはルードルフの頬にキスを返してロータルに抱き上げてもらって馬車に乗り込んだ。


 ルードルフは傍らに控えたマリアに向かって言った。


「私が頼むのもおかしいかもしれないがヴィヴィアーネを頼む。それとあちらでの様子を手紙で教えてくれ」


「かしこまりました、旦那様」


 マリアはにっこり微笑んだ。










 馬車の中の空気は最悪だった。


 会話などあろうはずもなく、ヴィヴィはひたすら窓の外を眺めていた。できるならマリアたちと一緒の馬車に乗りたかったが言い出せず大人しくフィリップと一緒の馬車に乗っている。

 フィリップとの会話は馬車に乗り込んだ時の「フィリップお兄様、よろしくお願いします」「ああ」「なるべくご迷惑かけないようにしますね」「ああ」で終了した。後は何を話せばよいかわからない。ヴィヴィはひたすら窓の外を眺めた。


 領地の屋敷までは十日ほどかかるという。十日もこの状態が続くのだろうか……ヴィヴィはフィリップに話しかけて少しでも打ち解けるよう努力したらよいか空気に徹するべきなのか思い悩んでいた。


 昼食の休憩で馬車が停まった。まだ王都にほど近い小さな町だ。小さいが街道の要所にあるため人も多く活気づいている。


 馬車が停まるとフィリップはさっさと降りた。ヴィヴィは一瞬途方に暮れたが従者のロータルが抱いて下ろしてくれた。


 フィリップは昼食の指示をしていたが、チラッとヴィヴィを見てすぐ視線を戻し指示の続きをしていた。


「お嬢様、参りましょう」


 昼食の店が決まったようでマリアが声をかけてきた。

 ヴィヴィは嬉しくてマリアに沢山話しかけた。おしゃべりが止まらなかった。


 記憶を失う前は知らないが、ヴィヴィはアウフミュラー家のお屋敷を出るのも、ましてや王都を出るのも初めてだ。

 王都の街の活気ある様子や様々な店、王都を出た後の広々と広がる畑や農作業に励む人たち、遠くに見える山々の様子や街道をせわしなく行き来する馬車やのんびりと牛に引かれる荷車、空を飛ぶ竜の姿も一度見た。とにかく話したいことでいっぱいだったのだ。


 マリアは身振り手振りを交えて話すヴィヴィを優しい瞳で見つめていた。


 





 馬車では空気に徹し休憩や宿に着くとマリアを相手におしゃべりをして八日間、だいぶアウフミュラー侯爵領に近づいてきた。この八日の間ヴィヴィは数度フィリップに話しかけてみたのだが「余計なことはしゃべるな」と言われ改めて空気に徹することにした。

 今日は少し高い山を越える。この山を越えたところがアウフミュラー侯爵領である。




 朝、馬車のところに行くといつもと御者が違っていた。


「あら?ラウルは?」


 ヴィヴィの声を聞いて使用人たちの馬車の御者をしているマルクが近づいてきた。


「ラウルは昨日急病で街の診療所に行きました」


「まあ!知らなかったわ!大丈夫?」


「なあに、変な物でも食べたんでしょう。腹は痛がってましたけど治ったら追っかけますと言ってたから大丈夫ですよ」


「こちらの方は?」


「ちょうどラウルが具合が悪くなった時に食堂に居合わせたんですよ。診療所に行くのも手を貸してくれて。最近まで御者をしていてこの山も幾度も越えたそうです。昨夜フィリップ様に相談して臨時で御者として雇うことに決めたそうです」


 マルクの言葉を受けてその男は二ッと笑って挨拶した。


「ゲルトだ。嬢ちゃんよろしく頼んます」


「おい、お嬢様と呼べ」


 マルクの注意をゲルトは笑って受け流した。


「あーわかったよ。しっかし嬢ちゃんは別嬪だなあ」


「おい!」


 マルクが再び注意したところで「出発するぞ。早く乗れ」とフィリップから声がかかりヴィヴィは急いで馬車に乗り込んだ。

 今日はマルクに乗せてもらった。



 しばらくは無言で馬車に揺られていた。


 細い山道に差し掛かった時だった。


「馬がいうことをきかねえ!わあ!」


 ゲルトの叫び声と共に馬車が無茶苦茶なスピードで走り出した。


 ガッタンゴットンと酷い揺れでヴィヴィは手摺に掴まったものの翻弄され壁や床に叩きつけられそうになった。


 フィリップが咄嗟に呪文を詠唱し障壁を張る。


 やがて馬車はどこかに停まった。


 ふーっとフィリップは安堵のため息を漏らした。


「お兄様、ありがとうござい——」ヴィヴィが体を起こしながらお礼を言おうとしたとき、


 ドンドンドン!!  乱暴に馬車の戸をノックする音が聞こえた。


「坊ちゃん!嬢ちゃん!大丈夫ですかい!」


 フィリップが馬車の戸を開けながら答える。


「ああ、僕たちに怪我は無い。それよりここは———」


「チッ!」


……〝チッ〟?


「はあ……気絶でもしててくれれば手間が省けたのによ」


 言うなりゲルトはフィリップの手を勢いよく引いて馬車の外に放り出した。そのまま馬車の中に踏み込んでヴィヴィを抱え上げる。外に出たところでフィリップが反撃しようとした。


「おおーっと」ゲルトはニヤニヤ笑ってそれを躱す。


 フィリップがウォンド―—魔力を攻撃に変換する杖——を取り出したと同時にヴィヴィの喉元にナイフが当てられた。


 フィリップが一瞬躊躇する。一瞬の躊躇で十分だった。フィリップは後ろから来た何者かに蹴られウォンドを叩き落された。


 ゲルトは一人ではなかった。十人ほどの盗賊が二人を取り巻いていた。





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