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4.逃走の果ては恋

*


 突然キスをされて驚いてしまい、目を丸くしたまま体が動かない。辛うじてヒュ、っと喉が締まるような音がした。



―今目の前にいる彼がどうしてここにいるのか理解が追い付かなかった。



「ど、どうしてここにいるの…?」

「迎えに来たからだよ」

「え、迎え…?」



(逃げたのがバレるのが、早すぎない……?もしかしてかなり寝てしまっていた?)



 身動きが取れないまま布団の中でゴソゴソと自分の両手を顔のあたりまで引っ張り出す。そのまま布団をどかそうとすれば、上に乗っている彼に手を取られて失敗した。



「どこ行こうとしてるのリシャ?」



 笑顔のまま尋ねてくる彼の声色はどこか怖さを含んでいるように感じて思わず口を噤んだ。


 その態度が気に入らなかったのかレールズは掴んでいたリーリシャナの手をベッドに縫い付けるように抑え込んで、また笑った。

先程の優しさのある笑い方ではなく、パープルの瞳が弧を描くように冷たい視線を残した微笑で。


「レ、レイ……わたくしが逃げたことを怒っているの?」

「そうだね、怒ってるよ」

「わたくしも怒っていたわよ、さっきまで、あなたの事で」


「へぇ」と彼は細めた瞳をもっと細くした。

リーリシャナは負けじと手に力を込めて上に乗る彼をどかそうとジタバタ暴れながら声を上げた。


「あなたが浮気をしていたことを今日知ったわ!信じていたのにっ!」


レールズはリーリシャナの上に乗ったまま、びくともしない。

ただ上から押さえつけるようにして、話に耳を傾けているようだった。


リーリシャナは彼のその態度に謝罪の一つもないのかと、ムカついて言おうと思っていなかったことまで口にしてしまった。


「レイと手を繋いで、抱きしめられて、キスをして……全部スマートに熟していく姿を不思議に思っていたわ。なんだか手慣れているみたいで…わたくしがあなたの初めてではなかったのね?」

酷い人よ、浮気なんて信じられない。とそう伝え、手を離すように言うと彼は深くため息を吐いた。


「誰と浮気したってんだよ、俺が浮気なんてするわけねーだろうが」

「なっ」



「言えよ、誤解でした申し訳ございません。って謝罪を今なら受け入れてやるから」


彼の突然の横暴な態度に思わず言葉を失った。開いた口が塞がらない。


 さっきまでの柔らかい言葉遣いは一体どこへ消えてしまったのか。それとも自分の放った言葉に傷ついて彼が性格が前の性格に戻ってしまったのか…リーリシャナは頭が混乱したまま上手く舌が回らなかった。



「ア、メリさま、と……浮気していた、じゃない。わたくし見たもの」


ようやく出た言葉にレールズは目を見開いた。

そしてまたため息を吐いた。


「結局メイドの言った通りか」と小さく呟いてから。


ベッドに押し付けるように掴んでいた手を一度離して、すぐに手首を拘束するように上から握りしめた。



「アメリ夫人は俺の閨指導の家庭教師だ」

「わたくしにはそんな事教えてくれなかったわ」

「言ってねーもん」

「どうして?やましい事があったんじゃないの?」

「ないよ」

「…閨指導だなんて、そんな、あるに決まって」


「ない」


そう言い切って、リーリシャナを囲い込むように体を前に倒したレールズの顔が目の前にきた。

手首を掴んでいた彼の手のひらはまるで弄ぶかのように、手のひらから指先に滑る様に触れ絡め取られる。絡んだ指先を視線で追って、またレールズに向き直った。


「離してよ」

「離さない、浮気なんてしてないし全部リシャの誤解」

「今日のも?暗がりでアメリさまと二人きりで………イチャイチャしていたじゃない」

その言葉に数秒置いて、レールズは首を傾げた。

「…………いやしてねぇな」

「していたわ!わたくしはこの目で見たのよ?嘘をつかないで!?」

「いや本当にしてない。確かに暗がりで会っていたが…イチャイチャはしてない」

「会っていた事は認めるの?」

「会っていたな」


信じられない…暗がりで二人きりなんて…と言葉を零せば、彼は顔を近づけたまま触れるだけのキスをする。その行為にリーリシャナは信じられない!!とまた怒った。


「俺はリシャとしかイチャイチャしたことない、リシャが可愛いと思ったから今もキスしたし。でもさ、リシャが他の女とイチャイチャしてるとこ見たってんなら教えてよ。行動で、どこからがイチャついてんのか実演して」

「え?」

「するって言うなら拘束外してやるよ」

「え、いやでも」

「見たなら出来るだろ?」



有無を言わせない態度に思わずじわりと目から涙が出そうだった。

パッと手を離す彼を見て、リーリシャナは手の自由を得て楽な気持ちになった反面、何を実演したらいいのか大いに困った。



(あの暗がりで見たこと……?確か手を取って、抱き寄せていた?)


思い出しながらそれを言葉で説明しようとしたがうまく行かない。

かと言って実演するのは気が引けてしまった。


「イチャイチャなんて実演出来ないわ、でも抱き寄せていたし手を掴んでいたのを見たの」

レールズはまだリーリシャナの包まる布団の上に乗っかっているままで、一生懸命に説明する姿を笑いながら聞いていた。


「なるほどなぁ、リシャの浮気って抱き寄せたり手を掴んだり、ってことか」

「そうよ、暗がりでそんな事しているなんて許せることではないわ!」

そう言ってぷんすか怒る姿に、彼は小さく息を吐く。


そしてリーリシャナの顎を手で掴んで自由を奪うように顔を向けさせ告げた。

「屋敷に戻ったら自分のメイドに聞いてみれば?……ちなみに俺は暗がりで転びそうになったアメリ夫人の手を取っただけだけど」と。


「え……でも」

「でもなに?」

「なんか甘い雰囲気のように思えたわ?それにレイが……いえ、何でもない」

「俺がなに」


 暫く無言を貫いていたが、見つめ合ったまま何も言わないレールズの態度に折れて、小さな声でぼやいた「昔みたいな口調で…アメリさまに甘えていたみたいだったから」そう口から出てすぐに自分の顔を両手で覆った。



(何、言ってるのわたくし……こんな、恥ずかしいこと…)



きっと耳まで真っ赤になっているだろう。

どうして口にしてしまったんだろうと後悔にさいなまれた。



「…嫉妬したの?はは、浮気に怒って嫉妬してって、リシャは忙しいね」

「うるさいわ」

「顔見せてよ、うわスゴイ耳どころか首まで真っ赤」

「やめて言わないで」

「今顔見せてくれたら、ちゃんとリシャの欲しい言葉をあげる。許してもあげる、けど…どうする?」


どうして自分がこんな目に、と唇を尖らせ、覆っていた手をゆっくりどけた。



優しい顔をしたレールズが嬉しそうに笑っている。


「リシャ、俺は浮気なんてしてないよ。俺が好きな女はリシャしかいないし、俺が手慣れてるように感じたんなら…まぁ努力の成果って事にしといてくんない?」


「言葉使い…昔に戻ってる」

「だって、リシャはこっちのがいいんだろ?」

「そうとは言ってないけど」と口をもごもごさせれば、彼は微笑んだ。



「あんま言いたくなかったけどさ、アメリ夫人には俺の性格矯正してもらってたんだよ。完璧で紳士的な王子様になるまで一年半もかかった。」

「完璧で紳士的な王子様…?」


「リシャの好みの男だろうが」と告げられ、思わず首を傾げた。

自分の好みの男性像が完璧で紳士的な王子様といつ言っただろうか、と頭をフル回転して考えた、が思いつかなかった。



(わたくしは優しい男の人が好きとは言ったかもしれないけど……)



 何がどうなってそんな事になったのかよく分からなかった。

でも、レールズが自分の為を想って性格をぐるっと正反対に変えてくれたという事はとても嬉しく感じた。


「わたくしはレイが心を入れ替えたものとばかり思っていたわ、まさか演じていたなんて」

「性格矯正だって」

「演者になれるわよ?」

「性格矯正だってば」


はいはいそうね、と言葉を流し、ふうと息を思い切り吸って吐いた。


「わたくし、どうしてここまで逃げてきたのかしら」

「本当だよ」

「浮気、本当の本当にしていないのね?」

「当たり前だろうが」

「そっ、かぁ……わたくしの誤解、だったのね」

「あぁそうだよ」

俺が暗がりで会っていたのも悪かったけど、と付け加えて謝る姿に少しジーンとした。



「これからは秘密にしないで、わたくしの前ではレイのままでいて?」

「は?」

「紳士的で王子様みたいなあなたと恋をしたけど、わたくしはきっと我儘暴君なレイの事もちゃんと好きだったの。変わってから気づく…なんて可笑しいわよね」

「…………」

「わたくしにだけ、ワガママ言って欲しいの。ワガママ聞いてもらうのってあまり得意ではないってこの二年間で気づいちゃったから」


「はぁ、ほんと馬鹿。まぬけでアホ、鈍感で素直で……めちゃくちゃ可愛いから困る。ずっと困ってる。俺はずっとリシャのわがままなら聞いてもいいって思ってたのに」


 ベッドに座ったまま巻かれた布団から抜け出して、泣きそうな顔をした彼の事を思い切り抱きしめた。


「レイ、誤解して飛び出してしまったのに迎えに来てくれてありがとう。逃げ出したわたくしの事、許してくれる?」

小首をかしげながら彼にそう尋ねれば、「当たり前だろうが」と額を小突かれた。



「仲直りしましょう?」

「次は絶対に逃がさない」

「もう逃げないわ」

「………信じてもいい」


二人で指切りをして、そのまま重ねるだけのキスをする。

唇を離してゆっくり三秒見つめ合うと「ふふふ」と思わずお互い笑みがこぼれた。



 がたり、とリーリシャナの体は倒れ、気付けばベッドに押し倒されていた。レールズは思い出したような口調で「まだお仕置きしてなかったな」と楽しそうに言った。


「お、お仕置きって!?」

「誤解したことは許してあげるけどさ、逃げたのはダメだよなぁ」

「何をしたら…いいの?」

「リシャは何もしなくていいよ、俺が満足するまでお仕置きするだけだから」

「え」


言い終わると同時に両腕を上に持ち上げられて、レールズの片手で拘束するように捕まえられた。体にも彼が体重をかけるように乗っている。


「あ、あのあの、えっと、レイ?」

「大丈夫、ここで楽しくイチャイチャしたら一緒に屋敷に帰ろう?それで帰ったら俺がずっと準備をさせてた部屋で初夜を過ごそう。」

「でも、えっ」

「だって、リシャは俺から逃げないもんね」


有無を言わせぬその表情に思わず「はい」と返事をした。




*



 ぺろり、と唇を舐められる。彼の硬い手のひらが柔らかな肌を滑るように、体のあちこちに触れてくる。

なかなかキスをしてくれない彼に焦らされる思いでいっぱいになる。



 しゅるり、と肩から落ちてしまっていたワンピースの紐が解かれる音がした。


もう服を支えていないその紐を今解いた意味はあるのかしら?なんて頭の片隅で考えていたら、舌が口の中に入ってくる感覚を感じた。そのまま舌先は自分の舌に触れ、生暖かいもの同士が触れ合い始める。

唇を甘噛みされながら、ときたま舌も吸われるようにガジガジと噛まれた。呂律回らなくなりながらレールズの名を呼べば、それ以上名前を呼べないように深く口付けをされた。



「んん、ん。れーい、まってぇ」

「やだ」



 呼吸をするために離した唇を、彼はまた奪うように触れる。声を出そうとしてリーリシャナはゴクリと彼の唾液を飲んでしまった。


「んぁ」と甘い声が自分の口から漏れ出る、上手く呼吸が出来ないまま、されるがままにキスの嵐を受け止めた。


 無理やりあけられていた唇も、もう自分では閉じられないくらい蕩けてしまいリーリシャナはゆっくり瞬きを繰り返した。彼はその様子に愛おしい瞳を向け、何度も甘い声で名前を呼んでくれた。

 クラクラした表情で彼の方を向けば、ギラリと光るパープルの瞳に胸を射止められるような気持ちになった。



そのままレールズは後頭部を押さえて深く深く、確かめ合うようなキスを続けた。



*




啄むようにキスをしてから、彼の首筋に顔を埋めた。


ベッドの端で二人で布団に包まりながら座る。

レールズは何度もリーリシャナの手を取っては、指先を絡ませたり手の甲にキスを落としたりしていた。

リーリシャナは疲れたようにぐったりとしたままレールズに抱き寄せてもらってなんとか座れている状態だった。



 ドロドロに甘やかされた。お仕置きなんてものではなかった。

そう言葉にすれば、彼は「俺にとってはお仕置き、これ以上の事をここではしてあげられないから」と甘い声を耳元で囁き、見つめてくる。



(屋敷に戻ったら、これ以上の事を…?)



そう考えたら、顔がボンっと赤く染まった。


「イチャイチャするの楽しかったぁ、これから毎日するからやり方覚えておいて」

「えっ」


毎日?と聞き返せば「勿論、これは練習…じゃなくてお仕置きだけど」と返す彼。

リーリシャナは心が持つかしら、と自分の胸をぎゅうっと抑えた。


「よし、帰るか~そろそろアイザックが部屋の片付けとか終えてるだろう」

「部屋?」

「帰った後のお楽しみにしてろよ」


 そう言ってレールズはリーリシャナのワンピースの肩ひもを綺麗に結びなおしてくれた。

ホテルに来た時の服で帰るつもりだったのに、なぜかその服はアイザックに回収されてしまっていた。


 ワンピース一枚は心もとないと毛布に包まっていたら、彼が毛布のままリーリシャナの事を横抱きにした。声を上げるよりも早く扉にかかった鍵を開け、彼はホテルから自分の乗って来た馬車へと移動してしまう。



(部屋、鍵を掛けられていたのね…知らなかったわ)


元よりこの部屋からは最初から逃げることなんて出来なかったのだ。



 屋敷に着くまでずっと彼の足の上に乗せられ、横抱きのまま抱きしめられていた。正直服の下に何も着ていなかったのでこれ以上引っ付かないで…と祈るばかりだった。




*



「お嬢様!!ご無事でよかった!!!」

「ミモザ……その、ごめんなさい、わたくし…」

「いいんです、それよりパーティーには戻られますか?」

「あっ、お父様たちは……気付いている?」

「いいえどなたもお嬢様が屋敷に居なかった事に気付いておりませんよ。」


ミモザの言葉に安堵してから、「どうして?」と尋ねた。

彼女はちらりとリーリシャナを横抱きにしているレールズを見てからにっこり笑った。


「パーティーに参加されている皆様は、もう既にレールズ様にお嬢様が抱かれていると思っておいでですから!」


真っ赤に顔を染めてリーリシャナはレールズの胸元をポカポカと叩いた。恥ずかしい…!と言って涙目になればレールズは逃走を誤魔化すためには必要な事だったんだと答える。


「まぁ、このまま俺の部屋に行くわけだし。朝まで一緒にいるから嘘ではないよ」

「ばかばか!」

「ほら、さっきの続きしよ?一緒に風呂に入るところからでもいいから」

「ばかばか!!」



イチャつく夫婦を目の前に、ミモザはふわりと優しい顔をして息を吐いた。

「お嬢様の大切な初夜ですよ!?しっかり準備をさせて頂くに決まっているでしょう!!!!さぁレールズ様、お嬢様をお返し下さいませ!」

「はぁ?」

「最上級の愛おしいお嬢様にして、お渡しいたします」


「…………わかったよ」


ちっと舌打ちしてレールズはリーリシャナを腕から下ろした。


ミモザはリーリシャナの肩支えるようにして用意されていた自室へ連れて行ってくれる。



ー数時間ぶりの帰還だった。




*




 部屋に到着すればすぐにお風呂に入れられ全身くまなく磨かれる。


 用意されていた香油はほのかにお花の香りがして塗りたくられても嫌な感じはしなかった。むしろ好みな香りでミモザにそう伝えると、香油はレールズが準備をしたものだと教えられた。


それだけではなく、お風呂にあった石鹼や入浴剤、トリートメント剤などの全てを彼が一人で選んでそろえたのだと聞いた。


「前にお嬢様が香油の香りが得意ではないと言っていたのを思い出されたのかもしれないですねぇ」

「そ……そうかしら、ね」


 彼の用意してくれた部屋。数刻前に浮気を疑って怒って飛び出し逃げ出したこの部屋をお風呂から上がったリーリシャナはゆっくり見まわした。



(あの時は余裕がなくてちゃんと見ていなかったけど……)



「この部屋の家具も絨毯の色も、レースのカーテンも…全部わたくしの好きそうなものばかり……ちゃんと考えて、思ってくれていたのね」

「レールズ様はお嬢様と一緒暮らせるのを本当に楽しみにしていたんですねぇ」

「…ほんとうね、わたくしってば全然気が付かなかったわ……」

「お嬢様は少し鈍感な所がありますから、でも……これからはきっと大丈夫ですよ。」


そうね、と頷いてリーリシャナは少し涙の溜まった自分の瞳を拭った。ミモザも髪を櫛で梳かしながら優しく頭を撫でる。


「ねぇ、お嬢様。今幸せですか?」

「え?」

「お気持ちを聞かせて下さいな」

「……えぇ、とっても!わたくしは幸せよミモザ」


良かった。と呟いたミモザは真っ白なバスローブをリーリシャナの肩にかけ、部屋の扉を開いた。


「いってらっしゃいませ、お嬢様」



小さく手を振って、一歩足を踏み出した。

―彼の待つ部屋に向かって。



*




ノックを三回、扉は勢いよく開き、中からレールズが飛び出してきた。リーリシャナは驚いて目を丸くしながらくすりと笑う。



「逃げないわ、ちゃんとここに来たでしょう?」

「あぁ良かった」



ぐいっと腕を引っ張られ部屋に入ると、ラベンダーの香りがほのかに鼻孔を掠めた。


良い香り、と目を瞑ると何故かそのままレールズに横抱きにされてベッドまで運ばれた。


「なっ………!?!?一人で歩けるのに!!」

「バスローブ脱げよ、ていうかちゃんと着てきたわけ?」

「え?」


首を傾げ上目遣いで彼の事を見上げれば、頬を染める彼にバスローブのベルトを抜かれる。

はらり、と落ちてしまったバスローブに思わず手を伸ばして「きゃっ」と声をあげると、ニマニマした顔をするレールズと目が合った。


「やっぱその色にして正解だったな」

「ちょっと」

「リシャはラベンダーが肌に映えると思ってたからさぁ、もしメルティナの選んだの着てたらどうしようかと思った」

「……」



(どうしてメルお姉さまからもプレゼントしてもらった事知っているのかしら…?)


不思議そうな顔を彼に向けても、教えてはくれず「まぁ追々にでも」とだけ言って後ろからリーリシャナの事をゆっくりと抱きしめた。



 指先を撫で爪の一枚一枚を磨くように指の腹で触る。うなじに顔を埋めるとぐりぐりと頭を擦り付けてくる。そうして、耳元に唇を寄せてレールズは嬉しそうに声を潜めて囁いた。


「ぜんぶ、いい香り、俺の選んだものとリシャの香りが混ざって…すごい興奮する」


―胸の鼓動が鳴り響く。

自分では止められないほど早く、彼に触れられたところが全部熱を持っていく。



「レイ…すきよ。わたくの全部をあげるから、あなたの全部をわたくしに頂戴?」



 いつか彼が自分に訊いてくれた言葉だった、疑心なんてものを考えもせず、信じることすら出来なかった自分が彼に託してしまった言葉。でも今ならちゃんと言える、こんなに自分の事をいっぱい考えてくれる人を疑ったりなんてしない。



(あなたの全部が欲しいから、わたくしの全部をあなたにあげたい)



「…当たり前だろうが、もう全部を捧げてるよ」

「レイ、大好き!」

「俺の方がずっと前から大好きなんだよ、逃がしたくないし逃がせないから…俺に愛される覚悟だけはしてて」

「うん」


 見つめ合って、パープルの瞳に嬉しそうに笑う自分の姿が映る。きっと自分の薄い水色の瞳にも彼の愛しくて…執着的な表情が映っている事だろう。



「愛しているよ、俺の初恋のひと」

「え、…んんぅ」



落とされたキスは唇を溶かしていくみたいに、2人の境界線をかき消した。




 優しい気持ちに包まれる、彼と一緒に幸せな未来を見たい。

繋いだ手は離さないで、紳士的で王子様な彼の一面…と我儘暴君で意地悪な本当の彼にとっての大切な女性にしてもらった。



「いじわるすぎるのは、嫌って言ったのに……!!!」

「でも本来の俺のが好きなんだろ?いいじゃん」

「王子様な対応もお願いします!」


「んー…気が向いたら、な」

「もう……!」


何かを思い出したようにレールズはリーリシャナの頭を撫でながら真剣な目で見つめてくる。

「あ、リシャ、続きしてもいい?」

「いいよ?」

「本当にこの先もいいの?」

「???、いいよ?」

「…しちゃうよ?」

「いいってば!」

レールズは3度も尋ねて、その度にリーリシャナの顔をじっとガン見した。一体何なのかと首を傾げながら彼と視線を合わせてしっかり頷く。


「確認もしたし、言質もとった…」

ぼそりと呟いた言葉に余計に首を傾げ、またレールズを見るめる。

彼は長かったなぁと感慨深い表情を浮かべながら、リーリシャナの髪を先を指でくるくると弄んだ。


「目一杯愛させて」


ゆっくり伸びてくる彼の手に身を委ねる。

あの確認は何だったのか、不思議に思ったけどもう気にも留めることはなかった。



本日……恋した彼との幸せな初夜、始めました。

甘いだけじゃない、痺れるような意地悪な夜を。




*




 朝の眩しい日差しを感じて目を覚ました。

幸せ過ぎる、そんな感想しか出てこない朝だった。


 隣を見ればもう目を覚ましている愛しい旦那様、そういえば昨晩彼が言ってくれた“初恋のひと”という言葉が嬉しかったのにそう伝えられずにいた事を思い出した。


「初恋のひとって昨日言っていたわよね?」

「あ?言ったかなぁ」

「言ってたわ!ちゃんとこの耳で聞いたわ!それに…わたくしの初恋もレイだったからあの言葉とっても嬉しかったの!」


「………ハ?」



彼の腕の中で耳元に顔を寄せ、すう…と香りを嗅いだ。

「ふふ、好きな香りだわ。相手の匂いが好きなのは遺伝子レベルで相性がいいらしいの、わたくし達って本当にお似合いだったのねぇ~」


浮かれながら彼の胸元に抱き着けば、変な顔をしたまま固まったレールズがギギギと顔をこちらに向けた。


「リシャの初恋は…アイザックだろ?」


「え?えー?違うわ!アイザックは憧れのお兄さんよ、確かに子供の頃は男性の基準を彼にしてたことはあるけど………わたくしが恋を自覚したのは、レイが優しくなってからだもの」

だからあなたの事しか好きになったことがないわ!とプイっと顔をそむけた。


レールズは盛大なため息を付いてから、何でもお見通しだったアイザックの事を思い出して大きく舌打ちした。


「あの野郎………」

「レイ?どうしたの?」と彼に触れれば、ちゅ、と可愛い音をさせて口付けられる。


「最初からずっと嫉妬し続けてたのって俺だけかよ」

ぼそりと何か言ったレールズにリーリシャナは目を潤ませて見つめた。


「何?何言ったの?」

「ううん、なんでもない。はは、今日はもっとずっと引っ付いてよ。絶対離したくないから」



有無を言わさないその圧力に、リーリシャナは胸をときめかせ微笑む。



そしてレールズの事を抱き寄せ顔を胸元に埋めてから囁いた。

「ずっと、わたくしの事を捕まえて離さないで」と。




*

*


読んで頂きましてありがとうございます。

これにて完結になります。

年始に久しぶりに書いてみよう!とリハビリ感覚で一気に書いたものだったので

上手く繋がっているか不安ですが、楽しんでいただけますと幸いです。


更新ペースはゆっくりのままですが、

本年もよろしくお願いいたします。


*

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