3.レールズの恋路は空回り
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初めてリーリシャナと会った時、自分を年下扱いしてくる生意気な女だと思った。でも何をしても後ろを付いてくる姿は嫌いじゃなくて、何度も我儘を言って困らせていた。
その度に彼女は微笑みながら「仕方ないわね」と言ってお願いを聞いてくれていた。
この人は自分のやる事を全部許してくれるのだと、一体いくつの時まで勘違いしていたんだろう。
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―初恋は婚約者が、恋に気付いたとき。
単純な話、恋をする女の子の顔に恋をした。
顔を赤らめながら、夢みたいな妄想を、砂糖菓子みたいに胸やけする言葉を、口からポロポロ零したのが始まりだった。
幼い頃の事なのに今でもその時の事は鮮明に覚えている。
“リーリシャナは幼馴染のアイザックに片思いをしていたのだ”
屋敷に遊びに来るたびにアイザックの話をする彼女に、いつもイライラしながら話を聞いていた。適当な相槌だけ打って空の青さと雲の白さを見比べる無駄な時間を過ごす。
話が終わる頃に蓄積したイライラをぶつけるように彼女に我儘を言ったり、悪戯をして困らせていた。
そんなある日、いつものようにわがまま放題で彼女を困らせて笑っていたら、「わたくしの婚約者がアイザックだったら良かったのに」と小さく呟かれた。
「は?お前何言ってんの?」
「そうよ、わたくしの婚約者がアイザックなら…こうして我儘に振り回されたりもなかったわ!それに彼はとっても優しい大人のお兄さんで…わたくし大好きなんだもの!」
目を輝かせるように楽しそうにアイザックを語るリーリシャナに最初はムカついた。
機嫌を損ねてその日はすぐに帰ってもらった。
それでも、彼女の言葉は棘のように刺さったまま全然抜けてくれなかった。
会うたび会うたびに話されていたアイザックの話題、婚約は彼としたかった、大人のお兄さんな彼の事が好き…彼女の言葉は何度も心の中でぐるぐると気持ちを掻き乱されるように思い出す。
―この時にリーリシャナは、アイザックのことが婚約したいほど好きなのだと。幼心に気付いてしまった。
同時に、煌めくような笑顔で彼を語る彼女が…自分を好きになってくれればいいのに。と己の恋心を知った。今覚えば執着に近い、振り向いて欲しい感情に近かったかもしれない。
そのすぐ後の事だった、アイザックの実家が没落してしまったのは。
正直喜んで彼女の事を取られずにすむとガッツポーズしたが、最悪だったのはその後没落したアイザックがリーリシャナの実家でお世話になるという事だった。
2人の距離は近づくばかりで、自分とリーリシャナの距離はどんどん離れていくようだった。寂しく思っても口には出来なかった。
だって……リーリシャナは、優しくて紳士的で王子様みたいな大人のお兄さんな人が好みだったから。
アイザックはとても優秀で、すぐにリーリシャナの姉であるメルティナの婚約者としてハルクベルン公爵家に迎え入れられるという話を両親から聞いていた。
少しだけ安心をしたのに、メルティナはその話を蹴りやがった。―自分の旦那は自分で決める、と。
その話に感化されたリーリシャナもアイザックが自分の婚約者だとうれしいと公爵に言ったらしいが一蹴されて終わったと後で聞いた(メルティナに)。
慌ててアイザックの事はルクスファーン公爵家で引き取り、自分の執事としたいとハルクベルン公爵に直談判してお願いをしてなんとか引き取らせてもらえることになった。
そこで初めてちゃんと彼と話をしてみたら、とてつもなくいい奴だと知った。きっとリーリシャナにはこういう男が似合いだろうと思ってしまうくらい…二人はとてもお似合いにみえた。
でも、アイザックにはリーリシャナに対しての愛情はあっても恋慕はなかった。話していてすぐに気付いてしまうくらい、彼の心はあっさりとしたものだった。
「可愛い妹分だよ、それ以上に思えたことはない」とそう言葉にする彼から嘘をついているようにも思えなかった。根が軟派な人間だったんだろう、純粋なリーリシャナが恋をしてしまう彼の魅力的な人間性を垣間見えたような気持ちだった。
(アイザックみたいな人間になれば、彼女は振り向いてくれるのだろうか…?)
頭に浮かんだ考えはそのまま、自分の進むべき指標となっていく。―ただ、そこに行きつくまでにどうしても自分の傲慢さや暴君さを捨てられなかったが、彼女が婚約破棄を考えているという話をメルティナから聞いて初めて人格目標を定めた。
「リシャが好むような優しくて紳士的で王子様のような人間になる、絶対に」と。
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「こんな薄暗い部屋で2人でいるところを誰かに見られたらどうするんです?勘違いされますよ坊ちゃん。」
「坊ちゃんと呼ぶな」
「ハア………いいですこと?もう何度も申し上げておりますけど、アドバイスはこれで最後ですわ。本番ではきちんとリーリシャナ様のお顔を見て、そしてお声に耳を傾けるんですよ?了承の確認は3度はしてくださいね、坊ちゃんはいつも…」
「分かっている!顔を見て声を聞いて3回了承もらってから、だろうが!」
「分かっておいでなのに、どうしてわたくしをこんな暗がりに呼んだんですか?」
「……だって……これからと思うと緊張したから…」
「知りませんよ、わたくしパーティーに戻ります」
「まてまてまて!」と彼女の手を掴んだ。
二年前から家庭教師として屋敷にきてくれているアメリ・マーキュレス夫人にはいつもリーリシャナとの恋愛相談に乗ってもらっていた。
アメリ夫人はリーリシャナの憧れの人で、彼女自身もメルティナの友人でリーリシャナの事をとても可愛がっていたので何かとアドバイスをもらえるのではと…という打算的な考え方で雇わせてもらった。
一応は閨指導という名目もあったが、直接的なことは一切なく知識の共有、というよりも自分の恋愛相談と人格形成がメインだった。
彼女の腕を掴んで「た~の~む~よ~」とぶんぶん振る。
嫌そうにため息をついてから「坊ちゃん……」と吐く息なく掠れ声でこちらをひと睨みした。
その時、後ろのドアがギィ…と音を立てて小さく開いた。
「……誰だ」
そこには侮蔑の視線を送るリーリシャナのメイドが立っていた。
そして「うわ」と声を出すとすぐに取り繕ったような笑顔で「お邪魔致しました」とドアを一度閉めて。
ばんっと、思い切りまたドアを開けられた。
「レールズ様!?浮気ですか!?正気ですか!?!」
殴り掛かられるような勢いでドカドカ部屋に入って来る。
彼女の勢いに引きながら、なんとか怒りを収めてもらうと現状の説明を丁寧にした。
「そんな、信じられるわけないです!こんな薄暗い部屋で…ってあら?マーキュレス夫人、お召し物が乱れておいでですよ?大丈夫ですか?」
「あ、これはさっき部屋で躓いたの。ほらこんなに薄暗いんだもの」
灯りをつけますね、とメイドのミモザはすぐに火を灯す。
「あぁ、ありがとう」
軽くお礼を告げ、どうしてこの部屋に入って来たのかを彼女に尋ねれば「部屋のドアが少しだけ開いていたからですよ」と答えた。
「私のように勘違いする使用人もいるでしょうし、今後は控えて下さいねレールズ様。リーリシャナ様もこんな所見たら絶対に勘違いしますよ」
「あぁ気を付けるよ」と一言返し、ミモザをもう一度見ると彼女は何かを思い出したように手を叩いてから「パーティーの服の色を確認に来たんでした!」と笑って答えた。
どうやらリーリシャナがドレスの色をお揃いにしたいと話をしていたようで、まだウェディングドレスを着たまま部屋で待っているようだった。
それなら一緒に部屋まで行って決めようと、アメリ夫人にはその場でジェスチャーで“気合い入れて頑張ってくる”と伝えた。
彼女は呆れ顔のままジェスチャーで“成功と健闘を祈る”と返してくれた。二年間ずっと相談に乗ってくれていた師からの激励(?)が一番効いた。
「リシャには好きな色のドレスを着て欲しいなぁ」
「それは本人に言ってくださいませ」
「分かってるよ」
ぶつくさと言い合いながらリーリシャナが待っているであろう部屋に入ると、そこには。
「なっ…………はあ?」
誰の気配もなかった―部屋はもぬけの殻だったのだ。
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結婚式までのラブラブだった空間は一体どこに行ってしまったのか。
というより、部屋の真ん中に脱ぎ散らかされたウェディングドレスと、床に置かれたヴェールとティアラ。
何故か黄色のドレスがベッドの近くに置かれていて一度着たのかぐしゃりと背中部分の布が折れ、ファスナーが開いていた。
それよりも…………。
「部屋の窓が全開なのは、なぜだ」
「わ、わかりません…」
「隣のクローゼットの部屋にもリシャは居ないのか?確認しろ」
「は、はいっ!!」
一体どうなっているのか、何がなんだか分からない。
よく見たら大きなカバンに荷物が詰め込まれている。
「なんだよこれ?」
中にはドレスや数日過ごせそうな食料など色んなものが入っていた。リーリシャナは一体どこへ行ったんだ?
「…………逃げた?」
嫌な予感がした。
ぞわりと背中を悪寒が走る。
戻って来たミモザにリーリシャナがどこにもいない事を伝えられる。手の感覚がどんどんなくなっていくみたいに冷たく、そして気が遠くなった。
「昨日まで…いやさっきまで、確かに幸せそうに笑っていたよな?全部順調に進んでいたよな?間違いなく……―リシャは俺の事が、好きだったよな?」
自問自答するみたいにブツブツと声に出した後、ミモザに声を掛けられるまで頭がちゃんと働かなかった。
「先ほどまで一緒にいたリーリシャナ様は…確かに幸せを嚙みしめておいででした」
では、なぜ?
自分の心がバラバラに崩れてしまいそうな恐怖と悲しみに襲われた。
ミモザは先ほど部屋の中で見つけたという紙を、困惑した表情のまま手渡してくる。そこには"さよなら"と一言だけ記されていた。他にも両親に宛てた謝罪が書かれたものもあったが、全てぐしゃりと握りつぶしてゴミ箱に捨てた。
「は、さよならだって?なんで……リシャ…どこ行ったんだよ」
これだから………。
これだから目が離せない。こんな事になるなら…ちゃんと自分の元に繋いでおけば良かったのに。
胸の内に秘めていた気持ちがムクムクと広がる。
黒い感情が口から漏れだしそうになった所でミモザに頭を叩かれた。
「レールズ様、悪いお顔になってます。そんな顔絶対にリーリシャナ様には見せないで下さいませ……絶対にですよ」
「……だって逃げてんじゃんお宅のお嬢様」
「何か理由があるはずです。一緒に探しましょう」
「理由…って?」
そう尋ねると、ミモザは少しだけ目を見開いてからため息を吐くように言った。
「レールズ様の性格の悪くてクソガキ我儘暴君な所が治っていない事に気付き幻滅したのでは?」と。
俺は唇を尖らせて睨んだ後、彼女の頭をはたいて「るっっせ!」とキレておいた。
(さっきの今でずっと隠してきた…この元々の育ち切った性格の悪さがバレるわけないだろうが。ずっと完璧な紳士的な王子様を演出してたんだから)
見えないように悪態をついてから、ミモザと部屋の中を隅々まで捜索した。が結果、よく分からなかった。
特に持ち出されたものなんかも無く、―準備のようなものはされていたが―リーリシャナは身一つでこの部屋から出ていったという事くらいしか今の段階では分からなかったのだ。
*
暫くして屋敷の使用人の一人がリーリシャナの部屋に飛び込んできた。
「坊ちゃま!いますか!?坊ちゃま~~!!!!」
ばたばたと足音をたてて駆け寄ってくるメイドに一喝してから、彼女が手に持っていた急ぎだという手紙を受け取った。
手紙の送り主は“アイザック”だった。
なぜ同じ屋敷にいるであろうアイザックから手紙なんて…と不思議に思ったが、送り先を見て思わずヒュッと喉が締まった。
―ホテル・ロトレードン
「ハ………………?」
ホテル・ロトレードンといえば貴族専用のリゾートホテルだ。
街にお忍びで遊びに行く際に休憩所として利用したり、恋人同士の逢引きに使用されたりする場所だった。
どうしてアイザックからの手紙がそんな場所から届くのかと、嫌な予感しかしなかったが手紙の封をべりべり破って中身を確認する。
手紙の中には一枚の紙が入っていて、そこには
『夢見る姫の護衛中~!浮気したなら誠心誠意謝るべし!』とだけ綴られていた。
その手紙に書かれた一言を読んでから、ちゃんと理解するのにとても時間がかかった。
だって…わけが分からなかったのだ。
「護衛?浮気?アァ?なんだそれは」
すっと手に握っていた手紙をミモザに抜かれ、彼女が目を通してから盛大なため息をつかれた。
「レールズ様、お迎えは任せてもよろしいでしょうか?」
「え?」
「え?ではありませんよ。浮気については何か誤解があるようですので…例えば、先程の私のように。ちゃんと言い訳を考えて迎えに行って下さい」
「は…」
いいですか?と念を押され、身に覚えのない浮気への言い訳と謝罪の言葉を用意してリーリシャナがいるというホテル・ロトレードンへ向かった。
馬車に乗っている間も頭の中では、どうしてアイザックと一緒に逃げたのか…浮気とはどういうことか…なんで今日決行したのか、と言葉がぐるぐる回っていた。
ムカついていた気持ちもホテルが近づくにつれ次第に“見つけたらどう拘束してやろうか”という気持ちに変わっていっていた。
「俺に出来る全部で苦労してリシャの望む姿になってたのに…それでも留まっていてくれないって、どういうことだよ……」
(絶対に全て上手く行っていたはずなのに)
*
可愛い可愛い俺のリーリシャナは、すこやかな顔で寝息を立ててベッドの上で大の字になっていた。
無事を確認して安堵してから部屋を出る。
そして地を這うような低い声で「アイザック」と呼べば、ベッドルームの外のドア付近に控えていた自分の執事が傍に寄って来た。
「はい、レイ様!」
「どういう状況だ、これは」
「えっと……最初から報告するべきか?」
「当たり前だろうが」
そうだよな~と苦笑いしたアイザックは事細かに……―屋敷の窓からリーリシャナと飛び降りて脱走したことや屋台で食べたトッピング全部乗せのストロベリーパイ、そしてホテルで疲れて眠ってしまった事を説明した。
眉をぴくりと動かすと、彼は困ったように笑って…落ち着いた声で訊ねてくる。
「―浮気なんてしてないよなレイ?」
その姿がいつものおちゃらけた執事の顔ではなく、出会った当初の兄のような表情で一瞬だけ身じろいだ。
「するわけない」
目を見て、睨むようにそう告げると彼はふう、と息を吐いていつものように笑った。
「だよなぁ~!でもリシャはなんで浮気されたと思ったんだろ?」
「しらん」
「結婚式でどこぞの可愛い令嬢にでも言い寄られたか~?」
「この世界で可愛い令嬢なんてリシャしか存在していない」
暫しの沈黙。
その後に口を開いて一言「………あー…アメリさまのことさ、あの子になんて説明してた?」と。
たどたどしく尋ねる彼の視線は分かりやすく泳いでいて、自分の手を遊ばせるように掴んだり離したりを繰り返す異様な態度をしていた。
「なんてって、普通に行儀見習いの家庭教師って言ったが?」
ぶわっと汗を搔いたような顔を向けられ、アイザックは顔を両手で覆った。
「うわぁ………うわぁうわぁ、やっちゃったかも…わるい……」
そう言いながら全くこっちを見ずに謝罪してくる彼にどうしたんだと尋ねれば、彼は俺が隠していた最悪な事を口にした。
「リシャにアメリさまはレイの閨の指導しているって言っちゃった」
「は…………はぁ~~~~!?!」
息が止まるかとおもった。
閨指導なんて聞いたら絶対誤解されると思ったから敢えて伝えていなかったのに、なんでこいつがバラしてんだ!?と怒りが湧き上がってきたが、冷静に……目を赤く充血させながらにこりと微笑んでやった。
「何言ってくれてんだよアイザック」
ぽろっと出ちゃった、なんて言う執事の肩に頭突きをして腹にもチョップを入れてやる。
こんな事で怒りは収まりもしなかったがやらないよりはマシだった。
「つまりリシャはアメリ夫人と俺の仲を疑って逃げた、ってことか?」
「え?うーん、どうだろう…俺がアメリさまの事をリシャに伝えたのはこのホテルだったから、関係ないんじゃな……いや、でも屋敷にいる時も2人の仲を気にしてたな…?あとなんか誰かは知らんが浮気現場?見たって……?」
「は…………?」
開いた口が塞がらず、アイザックの顔を凝視してから彼の口から続く言葉を待った。
「あー…そういや屋敷でアメリさまの話題の後すぐに逃がして欲しいって言ってて、それで少しだけだからって言うから…リシャ疲れてんだろうなと思って服変えて窓から飛び降りたぞ」
「せめて玄関から出てくれ…」
「次からそうするわ!」
「次なんて許さねぇよ」
ははっと乾いた笑い声の後、アイザックはまた困ったような表情で言う。
「なぁレイ、ちゃんと捕まえてたんじゃなかったの?リシャまた言ってたよ“俺が婚約者なら”って」
「んな…はあ?そんな事言うわけないだろ!?今日愛を誓って結婚式挙げてんだぞ、おれら…は……」
ぽんと頭に手を置かれ、ゆっくり撫でられる。その手を思い切り跳ねのけてアイザックの事を睨んだ。
「なんて答えたわけ?俺からリシャを奪おうとか考えて…」
「そんな事言うなって伝えたよ」
「は?」
「リシャが恋しく思ってんのはレイだけだ。でもさ俺を逃げ道にしようとする癖…昔から変わってなかったから……だからちゃんと手掴んでおけよ」
そう言って寂しそうに笑うアイザックは、大きく息を吸ってからゆっくり吐いた。
そしてまた頭に手を乗せるとガシガシと乱暴に撫でてくる、それを跳ねのけられず、されるがままに撫でられ続けた。
「リシャの言葉は本気じゃないよ、あの子はレイに恋してて本当に浮気されたと思って傷ついて落ち込んで逃走して……それでここで心を休めてる。だから早くそばに行って誤解を解いてやって、そんでもって2人で仲良く帰ってこいよ。屋敷で先に部屋の準備をして待っててやるからさ、な?」
そんな顔すんなよ、とアイザックの手は撫でられていた頭から移動し、両手でレールズの頬を掴んで引っ張った。
「いってぇ…」
「ふは、変な顔。」
「お前のせいだろ」
「わはは、あー…そうだ、我儘暴君のレイ様のままでいいんじゃない?」
「え、は?何言ってんの?」
「多分、だけど。あの子はそういう一面を見た時に喜んでたよ」
そう言い残してアイザックは屋敷に帰って行った。
「多分、か……そんなわけがないだろ、リシャは優しくて紳士的な王子様が好きなんだから。昔のアイザックみたいな、そんなやつが…………。」
*
ガチャリ、とベッドルームに入ってから部屋の鍵を閉めた。
ベッドの上で眠るリーリシャナは無防備で白いキャミソールのワンピースを一枚だけ着ている状態だった。髪はしっとりとしていて、きっと乾かさずに眠ってしまったんだろうと、そのキャラメルのような綺麗な色の髪の毛を優しく指で梳いた。
んん、と身じろぐ彼女はむにゃむにゃと嬉しそうに笑って寝返りをうった。
横向きになった彼女をどう起こしてやろうか考えて、ハッとした。
「こいつ、まじでワンピースしか着てないのか?」
ワンピースの隙間から覗く肌を見て思わず喉がごくりと音を立てる。ここから見えただけでも間違いなく下着は着けていないように思えた。
いや、まさか…とワンピースの胸元をぐいっと引っ張れば…。
「うわあっ、アウトだろ!?」
その下には何もつけていない事が分かってしまった。
(これはいかん、あかん、あかんすぎる。)
初夜を前にして婚約者の肌を、いや胸をバッチリ見てしまった。
このまま眠られては理性を総動員しても間違いなく手を出す、せっかく色んな準備を屋敷でしていたのにここで手を出すのだけは絶対にダメだ。と目をぎゅっと瞑る。
そしてパッと閃き、彼女に掛けられていた布団を手に掴んだ。
「巻こう!着てないなら触れられないようにグルグル巻きにしよう、そうしよう」
リーリシャナの体をゴロゴロ転がして布団に包んで元の場所まで戻した、これでいいだろうと頷いた所で魘されたような声を出して彼女が目をパチリと開けた。
可愛い彼女の瞳が瞬きを繰り返す。
そして、まるで目の前に信じられない光景が広がっているかのような顔をした。
俺はそんなことお構いなしに優雅に微笑んでから言う。
「あ、おはようリシャ。目覚めはどう?」と。
「な、なにこれ…………」と、悲壮感たっぷりの声色でリーリシャナは顔を真っ青にして呟く。
その顔はまるで俺の加虐心を煽るかの如く、愛おしく、そして食べたくなるような可愛らしい表情だった。
でも何も言わずごくりと喉を鳴らすと、グルグル巻きにした彼女の布団の上に被さるように腕をついて、真正面から唇を奪った。
「悪い子にはお仕置きが必要だと思わない?」とそれだけ呟いて。
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読んで頂きましてありがとうございます。
次で最後になります。
引き続きよろしくお願いいたします。
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