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2.リーリシャナの恋路は退路のみ

*



(そ、総員!!!退避ぃーーーーーーーー!!!!!!!)



怒りを超えに越えた。だって今日は、結婚式をしたのだ。

好きなひとと、永遠を誓うと。というかさっき誓ったのだ!信じられるだろうか、ついほんの…つい先ほど永遠の愛を神の前で誓ったばかりなのだ。



「おいおいおいおいおい神様も呆れてものも言えないわよ!?こんな展開は」



令嬢らしからぬドスドスした足音を立て、ドレスの裾を引きずって歩く。自分に用意された部屋まで着くと勢いよくドアを閉めた。


一体さっき見た光景はなんだったのだろうか、見間違いか?でも確かに2人は至近距離で顔を近づけて……キスしているように見えた。角度が悪かったのかしら、と首を傾げてみるがそんなわけない、あれは確かにしていた。白か黒かと問われれば真っ黒だ。完全にOUTなやつだ、間違いない。


「結婚して既婚者になる前にナイスバディを一回抱いとくか!みたいなテンションかしらぁ!?記念受験ですの!?あーーーー、ダメ無理信じられない」


あからさまな暗がり…触れ合う肌、そして近づく唇…………


「むり」


着ていたウェディングドレスがなんだか急にとても汚らしいものに思えてきてしまった。頭に乗ったティアラを床に投げ、絨毯の上を軽くバウンドした所を見てなんだか泣けてきた。


「砕けて、壊れてしまえばいいのに」


ティアラは自分の心のように形を保ったまま、地面にころんと転がっている。


目の前で浮気をされた。間違いようのない浮気行為だ。それも結婚式の後に。


そしてこれから控えているのは……。


「両家のパーティーと、そのあとに……レイとの初夜」



こんな気持ちで彼に抱かれるの?と昨日馬鹿みたいに喜んでワクワクしながら準備してしまった事もあって余計に傷ついた。



「最悪すぎるわよ神さま」




*




結婚式の会場からレールズの屋敷まで移動をしてきて両親たちはみんなパーティーに参加している。主役である彼と自分は衣装を変えてからパーティーをしている広間に行く予定で……彼にドレスについて尋ねようと部屋を訪ねた時に、あんなものを見てしまった。



(何も知らずに愛されていた方が幸せだったのかな……)



掻きむしるようにヴェールを外し、そのままドレスを乱暴に脱いだ。



―本来ならミモザがこの後の準備を手伝ってくれると言っていた。


ミモザはリーリシャナの結婚後も付いてきてくれると言ってくれた大切なメイドだった、この屋敷に着いてすぐに挨拶や場所の確認に行ってしまったため、一人部屋で待つはめになったのだが…今は一人で良かったかもしれないと思った。


きっと彼女が傍に居たら、愚痴が絶え間なく溢れていって…リーリシャナは自分を嫌いになってしまいそうだったから。―そのくらい口が悪くなりそうだった。



「パーティー………ドレスに、着替え……ふぅ」


何色を着ようが別にお揃いじゃなくても良くないか?と脳裏に浮かんだ言葉をグッと抑え、適当にドレスを選んで身に着けた。


すると外から控えめなノック音が聞こえ「どうぞ」と声を掛けると、外からスラリとした高身長の男の人が入ってきた。

見覚えのある彼の姿に思わず大きな声が飛び出した。


「あ、アイザック!?!?」

「おわっ!?リシャ~久しぶり!」

「わぁ!会いたかったわ!―さっきの結婚式では姿を見なかったから」

「他にやる仕事があってさ、あれ…もうウェディングドレス脱いじゃったんだ」

しゅん、と肩を落とす彼にリーリシャナは困ったように笑う。

「あーごめんなさいねアイザック」


 彼はアイザック・ティノス、レールズの執事でリシャにとっての幼馴染のお兄さんだ。


 元々貴族だった彼の家は10年前に没落してしまい、最初はハルクベルン公爵家の行儀見習いとして仕えていたが、あまりに有能だった為にレールズの専属執事としてルクスファーン公爵家に引き取られる事になったのだ。

 小さい頃は幼馴染として何度も一緒に遊んだりしていたが、ここ数年は会えていなかったので久しぶりの再会にリーリシャナは大喜びしていた。


「アイザック元気にしていた?」

「おう、めちゃくちゃしごかれたけど元気だったぞ」

「そっかぁ、カッコイイ執事になったのね。成長が見て分かるわ」

「ありがとな、リシャも素敵なお嫁さんになったな」

その言葉に思わず表情が硬くなる。

「え」と小さく声をあげるとアイザックは不思議そうに首を傾げた。


「…なんかあった?」


優しい声色の彼に、リーリシャナは思わず先ほど見た光景について口にしてしまいそうになったが、む…と口を噤んで我慢した。


その代わりに1つだけ彼に訊ねた。


「ねぇアイザック………レイとアメリさまって、その…仲がいいの?」と。



「アメリさまって言ったらレイの家庭教師だろ?仲いいと思うけど…」

「行儀見習いの家庭教師とそんな仲良くなるものかしら…」

「ん?」

「え?」


アイザックはあれ?っという顔をしてからサラリと爆弾を投げる。

「アメリさまはレイの閨の指導している人だろ?」と。


その言葉に思わず「あぁ?」と令嬢らしからぬ低い声が出た。

アイザックはリーリシャナがその事を知らないとは思わなかったようで、顔を真っ青にして「あれ?あれれ…?」と目を泳がせる。


「ふうん…なるほど、閨のねぇ………」


先ほど見た光景を思い出し、リーリシャナは彼の浮気が“黒”であることを確信した。

そしてアイザックに向き合うと彼にひとつだけお願いをした。


「アイザック、わたくしをこの屋敷から逃がしてくれない?」


「は?」と空気を含んだような声が部屋の中で震える。

一体何を言い出したんだ?というような怪訝な表情をした後、アイザックは震えていたリーリシャナの手を見て考えるような仕草をした。


そして「どこに行きたいんだ?」と尋ねると、着ていた黄色のドレスを脱ぐように指示して部屋を出た。


「了承してくれたのかしら………」


 アイザックの言葉の意味がよく分からないまま着たばかりの黄色のドレスを脱いでローブを身に着けたまま彼を待つことにした。そして屋敷から運び込まれた自分の荷物を横目に、ここから逃げるなら何が必要かを考えた。



(逃げるっていっても…結婚式を挙げたばかりだしあまり大事にするのも……)


とりあえず二日、三日くらいを凌げるだけのお金や衣類をかばんに詰めて、机の上には書置きを残した。


両親へと、姉、そしてミモザに向けた謝罪を記したもの。

そして一言だけ、レールズに“さよなら”と書いてアイザックが戻ってくるのを待った。




*




「よし!じゃあこの服に着替えて!あとこれ厨房からオヤツもらってきたから!準備万端だなぁ~!」


 テキパキと準備をしてくれるアイザックを少し不思議に思いながら、助かるわありがとうとお礼を言ってリーリシャナは水色の膝丈のワンピースを身に着ける事にした。


 先程まで着ていた黄色のドレスはフリフリしていて逃走するには向かないのだとここで気づいた。かばんに詰めた服の事を思い出し、まぁあとで売ればいいかなど考える。


「ここまで準備を手伝ってくれてありがとうアイザック…本当に感謝しているわ」

「いいよ、何をしたいのか分かんないけどさぁ……逃げたいって思う事があるなら一度くらいは逃げ出してもいいんじゃない?」

「…………ふふ」

「なんで笑うんだ」



「ねぇ知っている?公爵令嬢から今日、公爵夫人になったのよわたくし。」



一番逃げることを許されない立場になった日に逃げだす、なんて。

それも…結婚式を挙げたばかりの旦那様の浮気現場を見たからって……………。



「今日だけ、だろ?明日からはさ、しっかり頑張ればいいんじゃない?」

「え?」

「リシャはいつもよく頑張ってるよ、レイ様と結婚するのもずっと嫌そうにしてたのに」

「…最初は嫌に思ったりもしたわ、でも彼は心を入れ替えたと思ってたから……」

「何か覚悟が揺らぐような事があった?」

「そ、れは………」


肩が揺れ、息が苦しくなった。


自分の気持ちがレールズに向いていた事なんて自分じゃなくても知っている。そのくらいあからさまな好意を向けていた自信だってある。


だからこそ、


「受け入れられないような…そんな気持ちだってわたくしにはあるわ」



―少しだけ時間が欲しかった。


結婚したその日に…初夜を迎えるその前に、彼の浮気現場を目撃してしまって…さっきまでの甘い言葉や笑顔、その全てが嘘なんじゃないかって思ってしまって。



(紳士的な彼の顔じゃなくて、どこか気安さが残るそんな口調でアメリさまとお話していたんだもの……もうわたくしには見せてくれない、そんな昔の彼を。)




アメリさまが彼の家庭教師になられた時期はたしか二年前。

レールズの態度が急に変わったのは一年半前。


(彼の心は、最初からアメリさまにあったんじゃないかって…そんな風に考えちゃうじゃない。)




「なぁリシャ、逃げるならきっと今しかないけどよ。けど…本当に行く?」

「……えぇ行くわ、わたくしも頭を冷やしたいし、なによりも……今レイの顔を見ることが、わたくしには出来そうにないの」



 そう言葉を口にした瞬間、アイザックはリーリシャナの体を横抱きに持ち上げ部屋の窓を全開にする。そして、そのまま荷物も持たずに、―飛び降りた。



「ぃ…いぎゃっ―――むぐ」



思わず出た叫び声が彼の手によって遮られ、宙に浮く体は力強い腕に抱きしめられる。

そのまま着地した後はリーリシャナの顔は真っ青に染まっていた。


「し……死んじゃうかと思ったぁ……………」

「わは、ごめんごめん!でも無事で良かったよな!」

「え?無事じゃない可能性もあったってこと?」

「まぁ…ほら行こう!」


 頭をポンっと撫でるアイザックを恨めし気に睨んだあと、2人で静かに公爵家を後にした。


 手には何も持たず、彼の準備したオヤツとリーリシャナがポケットに入れていた少しのお金だけを頼りに“小さな逃走劇”が始まった。




*




「それで?リシャはどこに行きたいの」

「えっと…………」


 突然行き先を尋ねられ、思い切り困った顔をする。

昔からお出かけをするのは好きだったが、自分で行き先を決めたりすることはそう多くなかった。


―いつもデートはレールズが、ショッピングはミモザが場所を決めていたから。



「そうね…」と首を傾げ、その場で立ち止まってからキョロキョロと辺りを見渡す。

街には特に珍しいと感じるものはなく、ただどこからか…ふわりといい香りが漂っているくらいだった。


「あまい、かおり………この匂いはどこからしているの?」

「へ……?」



アイザックも一緒に周りを見渡してから角にある屋台を見つけた。


「リシャあれじゃない?ストロベリーパイだって、食う?」

ストロベリーパイと聞いて目を輝かせ、大きく何度も頷いた。


一緒に屋台まで行くと目の前には何種類ものパイのトッピングが並んでいて、リーリシャナはドキドキと胸を高鳴らせながらそのトッピング全てを乗せたストロベリーパイを注文した。


「はわわぁ…これが焦がしキャラメルバニラアイスチョコチップナッツシュガー増し増しバターストロベリーパイね!あぁ~いい香り~!」

「わは……胸やけしそ」


「お嬢さんたち観光客か?兄妹で仲良しだね」

「きょーだい……?」


屋台のおじさんの言葉に一度ぽかんとしてから、口をあけて笑った。


「アイザック!わたくし達兄妹に見えるんですって!素敵ね!確かに昔からそんな関係だものね!」

「え~俺的には兄妹というよりも従者の気持ちで連れ出したんだけどなー」

「兄妹の方がいいじゃない!気安くて」

「ま、いいけどさぁ」


大体従者ならお嬢様相手に敬語を使っていない方が可笑しいわよ、と声に出そうとして言葉を飲み込む。この気安さはきっと注意をしたら無くなってしまうような、そんな気がしたからだ。


「ほら行くわよ」とアイザックの手を引いてその場から去る。

屋敷を抜け出して、逃げ出したいと言ってやっていることが買い食いとは自分も欲のない人間だな、とため息が漏れた。


「やりたいこと…かぁ」


ぽつりと発した言葉に反応するようにアイザックはリーリシャナの顔を見つめた。そして満面の笑みで言う。

「今日は何してもいいよ、リシャのやりたいことなんでもやろうよ」と。



その言葉になんだか胸の内側がゆっくりと絆されていくように思った。

「そっか、なんでもやっていいのか…」と小さな発した声は段々と大きくなっていく。

自分の両手をぎゅっと握りしめ思い切り手を伸ばした。




「ねぇアイザック!それならわたくしね………」





*





「いや、好きにしていいとは言ったけどさ………」



 リーリシャナはシャワーを浴びてから思い切りだるんとベッドに横たわっていた。


 バスローブは着ずに白いキャミソールのワンピースを一枚だけ着て濡れた髪の毛もそのままでただ大の字で横たわった。



「だぁーーーーーー…疲れた!疲れた!疲れたぁーー!!!!!!」



先程からずっと声を大にして疲れたと連呼しているだけだった。



「なぁリシャのやりたい事ってこれなの?横になって疲れたって言うだけ?」

「あのねアイザック、わたくしは立場ある公爵令嬢だったの。ベッドの上だろうがどこだろうがこんな風に大声張り上げて喚き散らすみたいな事なんて出来ないのよ?おまけにここずっと結婚式の準備や公爵夫人としての心得まで学んでいたから碌に休みも取れてなかったし!!!!!!!」



(でも、そんなのは全部頑張ってこれた、我慢できなくなったのは…)


「レイがわたくし以外のひとを好きだなんて気づかなければ…わたくしはこんなに疲れたりなんてしなかったのに」声に出して、そう呟くと目にじわりと涙が浮かんだ。



 キスだって、触れ合うのだって、なんだって初めては全部レイだったのに、彼は…昔から傍にいたはずの彼の最初の相手は自分ではないかもしれない。


それどころか自分にはいい顔を見せながら他の女性を愛していたのかもしれない。

閨の指導なんていうものを受けていたことだって知らされなかった。ー家庭教師としか、彼は教えてくれなかったのだから。



「わたくしの恋は儚く散ったの。これから傍にいれるかもしれないけど…でももう心は手に入らないのよ、きっとそう」



レールズに女を教えたのはアメリ、彼女以上の情事を自分が出来るとは思えない。

知識も経験も、それに体だって負けているのだ。

彼に満足してもらう方法なんてもう…………



「いや待てよ、…わたくしが縛られればいいのかしら?」



(普通じゃきっともうだめかもしれないけど、もしかしたら彼の望むプレイならまだ彼を取り戻せる……?)



そこまで考えてから、頭をブンブン振って「いや浮気許してない!」と枕をドスドス殴った。

すると横から控えめな声でアイザックが話しかけてきた。



「あのさ、浮気って何のこと?」



は?と眉をひそめて彼を見たが、本当に何のことかよくわかっていないようだったので、リーリシャナは先ほど見た光景についてアイザックに軽く説明してあげた。


「こんなの浮気でしかないでしょう?浮気するなんて最低でしょう?」

「あー……なるほど…それが本当ならレイ様クソ野郎だな」

「でしょ?というか…ルクスファーン家の使用人はその事知らないの?」

「いや初めて聞いたわ。あのレイ様が…いやぁ、でも浮気は有り得ないと思うけどなぁ…」


「でもわたくしがちゃんとこの目で見たの!!!!!!!!」


ふんす!と胸を張って怒るリーリシャナにアイザックは困ったような顔をして笑った。


そしてゆっくり手を伸ばし、柔らかいキャラメルのようなリーリシャナの髪の毛を大きな手のひらで撫でる。


 もし自分に兄がいたら、こんな感じなのかな…と思いリーリシャナは目を瞑る。

 撫でられたその手のぬくもりが強張る心を少しずつ解してくれた。きっと隣にいてくれたのが幼馴染のアイザックだったからこそ、こんな気持ちになれるのだ、と嬉しく思った。



「―わたくしの婚約者がアイザックだったら良かったのに」



何気ない言葉だった。

リーリシャナのその言葉を聞いたアイザックは目を見開いてから乾いたような声で笑う。



「冗談でも言うなよそんなこと」



真剣な瞳で見つめられ、びくりと肩を揺らして謝った。

そして静かに彼はリーリシャナに布団をかけて瞼に触れた。



「好きなだけ眠れ、今はそばに俺しかいないから。な?」



優しい声色にコクリと頷きゆっくりと目を瞑る。

相当疲弊していたのか、リーリシャナの体はすぐに眠りへと誘われていった。



(でも本当にそう思ったのよ、レイじゃなくてアイザックが婚約者だったら良かったのにって)



前にも一度こんな事を考えた事があるような気がしたが、そのままリーリシャナは自分の意識を手放してしまった。




*




「―俺はリシャが好きだよ、婚約者としての義務感じゃなくて…ちゃんと恋愛の意味での好きって事だから……だから勘違いなんてするなよ!」



 あれはいつの事だったか、太陽が沈み影が闇の中に消えていくような不安定な夕暮れ。

顔を真っ赤にしたレールズが手を握って初めて告白をしてくれた時の事。



“弟”のようにしか思えなかった彼が、いつしか“男の人”にしか見えなくなって、そして段々と彼に恋をしていった。





―最初は小さな彼と手を繋いだ。


自分の方がまだ背が高くて、小さな男の子を守ってあげるようにまるで自分が“姉”かのような態度で会うたびに手を繋いで歩いた。彼の憎まれ口も我儘も全部可愛くて仕方なかったから。



―繋いだ手と手は次第に指を絡ませるようになった。


背の高さが同じくらいになる頃には繋いだ手は指を弄ぶように絡ませて繋ぐようになった。その頃には憧れていた幼馴染のお兄さんは家から出ていってしまっていた。手のつなぎ方には違和感があったけどすぐに慣れていった。それよりも彼の口の悪さと横暴さの方が目立っていた。



―舞踏会や貴族の集まりで彼は決まって腰を抱いてくるようになった。


手に触れられない日々が続くと思っていたら、腰を抱いたり体に触れてくるようになっていた。そして自分を所有物かのように周りに言うようになった。

彼のためだけに存在しているのかと思うくらい気持ちはどんどん萎んでいき、可愛かったあの頃の彼を思い出せなくなっていった。

触れられるたび“気持ち悪い”“助けて”と胸の中で懇願するような日々を過ごしていた。

いっそのこと婚約破棄を願い出ようと思っていたし、友人たちや姉にも相談していた。



―抱きしめられた、優しくまるで宝物に触れるみたいなそんな風に、ひどく優しい手つきだった。


彼が礼儀作法の指導を受けているという話を両親から聞いた。最初はどうせ続かないだろうと思っていたし姉も笑っていただけだった。

暫くして姉が結婚式を挙げた時に距離を置いていた彼と久しぶりの再会をした。

まるで夢でも見ているのではないかと見間違うほどに目の前に現れた男の人は、優美に微笑むと一礼し跪いて手を差し出してくれた。王子様みたいな態度に戸惑いを隠せなかったが、その顔は自分の知る彼そのものだった。


少しずつ、閉じていた自分の心を開いていった。

もしかしたら、もしかしたら、と期待して。彼に夢をみた。


“理想の王子様”みたいな素敵な人になったんじゃないかって。


その反面、昔のわがまま放題な性格が少しだけ恋しくなったりもした。これこそ自分のわがままでしかないが、たまに見せてくれる彼の意地悪な笑みや悪戯な態度にときめく自分もいた。


優しくされ絆されて、彼の魅せる表面的で理想的な男性像に心を許していく。


そして抱きしめられて………。


自分の気持ちが、弟に対するソレとは違う事を確信してしまった。

優しい手つきが、まるで自分が彼にとっての宝物かと思ってしまうような態度が…ただただ自覚した恋を加速させていくようだった。



と同時に、自分のちょろさも自覚した。




―キスをされた、触れるだけのかわいいのも、甘くとろけるような深いのも。


彼から告白をされて、嬉しくて舞い上がって喜んで。

そのまま気持ちを確かめ合うように触れるだけのキスをした。それから二人で出かけた帰りにはいつも触れるだけのキスをしていた。


いつからだったろうか、それが大人のキスに変わってしまったのは……彼に“自分から強請ってしまったから”なのか。

ただもっと欲しくて。ただずっと傍に居たくて、彼の肩まであるシルバーブロンドの髪の毛を指で梳きながら、パープルの瞳に映る自分の姿を見て驚いた。


初めて見る蕩けた表情の自分に恥ずかしさが増した、彼はそれがうれしいを言ってくれた。彼にだけ見せる表情、それならと恥ずかしく思うのも我慢してただ自分の心も体も預けられた。

それに自分と同じように綺麗なパープルの瞳を燃やすように熱烈に求めてくれた彼の表情を見つめられるのも自分だけだと思ったから。


もっとしたかった、ぜんぶ暴かれてみたかった。


でもそれ以上の関係に進まなかったのはお互いに初夜というシチュエーションを楽しみにしていたからだと思う。


だから、どうしても許せなかった。


他の女性と関係があるかもしれないという事実が。




―この恋は進むことしか出来ない。

そう思って突き進んだ恋路を今、初夜を拒んで逃走することで退路を確保しようとしている。




ただ時間が欲しかった。

愛を忘れる時間ではなく、恋を諦める時間を。

戻ったらちゃんと公爵夫人になるわ、あなたのお嫁さんにも。


そう胸に誓って、揺れる記憶の中、夢を一人彷徨っていた。




目の前は揺れて、ゆれて、ゆれ、……………ゆれてる?



「っにゃ!!?!?!」



 実際に体が揺れている事に気付いて慌てて目を覚ました。

なんだか身動きが取れず、一体何がなんだかわからないまま思い切り目を開けた先には――



「あ、おはようリシャ。目覚めはどう?」




失恋相手であるレールズが優雅な笑みを浮かべながら、被っていたはずの布団を私の体に巻き付けていた。―まるでミノムシのようにぐるぐると。



「な、なにこれ…………」



人生で一番最悪と思った目覚めだった。




*

*

読んで頂きましてありがとうございます。

引き続きよろしくお願いいたします。

*

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