1.プロローグ
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久しぶりの投稿になります。
書き方を思い出しながらリハビリ感覚で頑張ります!
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「……んっ、あ〜にゃあっ…あぁ、まってぇ………やぁ…」
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中に、甘く痺れるような声が響く。
ゆらゆらとキャンドルの灯りはテーブルの上で煌めき、ソファに座る2人の事を小さく照らした。
「ほら、リシャもっと口あけてよ」
シルバーブロンドの綺麗な髪がさらりと頬を掠め、彼との距離の近さに胸が激しく震える。
「む、無理よ…これ以上なんて…むっ、ん」
はむ、っと唇を塞がれ小さく開いた口の中に彼の熱い舌が流れ込んできた。貪るように深くキスをされ、自分で支えきれなくなった体はそのままソファへと落ちていく。
どさり、と音を立て……リーリシャナは、婚約者であるレールズに押し倒されてしまった。
「あ、あ……レイ、ちょっと」
「ん?リシャはもっとして欲しいんじゃないの?そんな顔してるよ」
「し!してないわ!そんなはしたない顔なんてわたくし…」
「はしたない顔、って思ってるんだ?―リシャかわいい、全部奪いたくなるような…」
甘いくてえっちな…そんな顔、と笑って彼はリーリシャナの鼻をかぷりと噛む。いたい、と涙目になりながらも彼の首に手を回した。
だって。
「わたくし達は…ちゃんと恋人同士になったんだものね」
小さく呟いたその言葉にレールズは嬉しそうに頬を染める。
「俺の大切なリシャ。君の全部が欲しいよ、俺の全部をあげるから」
彼の放つその言葉を聞いて世界で一番幸せな女の子になったみたいだった。
これからの人生を大好きな彼の隣で歩めることを、嬉しくてうれしくて―いますぐ飛び跳ねてしまいそうなくらい―自分の胸をぎゅっとつかんで微笑んだ。
「勿論よ、わたくしの全部はレイのものよ」
ふたり手を繋いで、優しい時間に溶けていく。
あまいお砂糖をぺろりと舐めるみたいにじゃれ合って確かめ合うようにキスをした。
(ずっと、ずっとこうして2人で幸せを感じていたいわ…)
甘やく恋に目を蕩かせ、リーリシャナはゆっくり目を瞑った。
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「それじゃ、俺は帰るよ。…リシャ、明日は人生で一番幸せな日にするって約束する」
「うん」
「だから…今日はしっかり休んで俺の事いっぱい考えて眠って?」
恥ずかしそうに頬を赤らめて言うレールズに、花の咲いたような笑顔を見せリーリシャナも言葉を返した。
「えぇ、素敵な日に…わ、わたくしを世界で一番幸せなお嫁さんにしてね…?」
ピンクの霧にでも包まれていそうな空間に使用人たちは微笑ましそうな笑顔を向け、リーリシャナと共にレールズが馬車に乗って帰っていくのを見送った。
小さく手を振った後、リーリシャナはそのままくるりと向きを変え屋敷の中に入っていく。隣には日傘を持った専属メイドのミモザがニヤついた顔のままこちらを見ていた。
「もう、ミモザなぁに?言いたい事でもあるのかしら?」
「い~え?なにも~?」
表情はそのままで慈しむようにリーリシャナの髪に触れるミモザは嬉しそうな声色で尋ねた。
「お嬢様は今、幸せですか?」
その質問に思わず目を見開いてから、やれやれと息を大げさに吐いて言う。
「もちろん、幸せに決まっているわ」
そうですか、と頷くと、彼女はやはり慈しむような瞳を向けて笑う。
「あのクソガキ坊ちゃまでしたレールズ様がこんなにも立派になられて…お口も大層悪くそして暴君でいらしたのに、本当に人は変わるものですねぇ」
お嬢様への恋心強し、ですね?と茶化すような口調に思わずリーリシャナも頷いて答えた。
「ええ、本当よね!前は弟みたいにしか思えなかったのに………。それに会うたびに喧嘩していたし……でも今ではこうして婚約者としても恋人としても……わたくしを愛してくれるんだもの、優しく…真綿に包むみたいに、大事に…大事に」
「本当にレイは変わったわよね、確か…」
(一年半くらい前からかしら…?)
その頃の記憶を手繰り寄せようとして、上手く繋がらない自分の記憶力の悪さに呆れながらリーリシャナはミモザと2人明日の確認をすることにした。
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「いよいよ明日はお嬢様とレールズ様の結婚式ですものね、今から念入りにお体を磨き上げたいと思っています!それに、明日の夜にはお嬢様も初夜を迎えられ…立派なレディの仲間入り。はぁ~~!準備は勿論私にお任せくださいね?」
大げさよ、と笑って流せば「大袈裟なくらいが丁度いいのです!」と反論にあった。
―明日は結婚式。
ルクスファーン公爵家の一人息子であるレールズと、ハルクベルン公爵家の次女であるリーリシャナは生れた時から両親の決めた婚約関係にあった。
初めて会ったのはリーリシャナが七歳の頃で、三歳年下のレールズは我儘暴君のようにリーリシャナのことを初対面なのに好き放題にこき使っていた。
レールズの事は手のかかる弟のように思っていたリーリシャナはその我儘にも仕方なく全部応えてあげていると、いつの間にか月日が過ぎていき…気づいた頃には“クソガキ我儘暴君さま”な人格が形成されたレールズが出来上がっていた。
―勿論口の悪さも天下一品である。
そしてその頃からリーリシャナはレールズの所有物のように扱われるようになっていた。
彼に対して少しずつ嫌気がさしてきて、このまま暴君のような態度のままなら“婚約者という関係”の解消まで考えるようになっていたくらいだった。
それがある日突然、人格入れ替えでも行われたのか?というくらいガラリとレールズの性格が変わった。
クソガキめ!とぶん殴ってやりたくなるような口も態度も悪かった暴君が、リーリシャナに茶会の招待状を書き、今までの非礼を詫び、キラキラな王子様みたいな対応をしてくるようになったのだ。
それでも当時は、持ち前の我儘なところや意地悪は直らなかったようだったが、前と比べたら断然マシ…というよりとてつもなくイイ男になってしまっていた。ー現在ではあまり我儘な部分も見せなくなっていた。
最初こそ不思議に思っていたが、紳士的で王子様みたいな態度で優しくしてくれるレールズにリーリシャナも段々と絆されていき、半年前に彼から告白をされOKして今に至る。
昔は弟のようなクソガキ婚約者との結婚なんて考えられなかった。でも今ではしっかりと教育を受け、紳士的になってくれた彼との未来をちゃんと考えることが出来ている。
不思議な事で、今までの我慢してきた事も全部笑って許し、流してしまえるくらい寛大な心を持てるようになった。
(心の余裕というやつかもしれないが)
「明日、わたくし達は…神様の下で愛を誓って夫婦となるのね…ふふ」
弾む胸のときめきを両手で押さえながら、スカートをくるりと翻す。ミモザは明日の段取りの最終確認のために部屋から出ていて、リーリシャナはひとりベッド端に座っていた。
―コンコン、というノック音にリーリシャナは顔を上げドアに向かって「どうぞ」と声を掛ける。
するとドアは勢いよく開け放たれた。
「リシャぁ~~~!!!!!!」
「メ、メルお姉さま!?」
弾丸のようにドアの向こう側から飛び込んできた姉のメルティナを両手で受け止め、一緒に勢いよくベッドの上に転がる。
訪ねてきたのはハルクベルン公爵家の長女であるメルティナだった。
彼女は二年前に婿を貰いハルクベルン家を盛り立てている立派な公爵夫人で、リーリシャナにとってたった一人の大切な姉だった。
涙目の彼女はぎゅ~っとリーリシャナの体を抱きしめると、頬ずりをしてから両手で包むように頭を撫でてきた。
「わたくしの!かわゆい、かわゆ~い妹が明日あのクソガキに嫁いじゃうなんて!!お姉さまはやっぱり寂しい!寂しい寂しい~~!!!」
「メルお姉さまってば……もう、いつでも帰ってこれる距離じゃないの」
「それでもよ!毎日リシャとお茶をしたりしていたあの輝かしい日々が!もう明日には消えてしまうのよ?」
「思い出は消えないわよ、それにいつでもお茶をしに帰ってこれるわ」
ね?と首を傾けながらメルティナの方を向けば、彼女はリーリシャナの体に手を回してぎゅうっと抱きしめた。
「何かあったらすぐにお姉さまに連絡なさい、お嫁に行かずお婿をもらったわたくしではあなたの不安に気付いてあげられないかもしれないけれど…でもいつでも一番の味方はわたくしなのだから!ね?リシャ、いいわね?」
心配性な姉にこくり、と頷いて見せ微笑んだ。
さみしそうに瞳を揺らしてからメルティナは「そうだった!」と後ろ手に持っていた包みをリーリシャナに手渡した。
「わたくしが悩みに悩んで選んだ一級品よ?きっとあのクソガキも気に入ること間違いなし!!」
「口が悪いわよメルお姉さま………でもありがとう!一体何をくれたのか気になるわ、開けてもいい?」
「ええ!もちろんいいわよ!むしろわたくしに一番に見せて欲しいくらい」
シャカシャカとした包装紙を丁寧に剥がして箱から中身を取り出すと、そこには…
「なっ…………」
そこには、淡いピンク色のレースが可愛らしいスケスケのランジェリーが入っていた。
そのキャミソールワンピを手に掴むとリーリシャナの体に当てるようにしてメルティナはにこりと楽しそうな顔を向けた。
「うん!やっぱり色白なリシャにはこのピンク色のレースがピッタリだと思ったの!胸元のビジュウもショーツの紐もリボンも…ぜ~んぶ可愛いでしょ?とっても似合うわ!!」
言葉が何も出てこず、瞬きを何度かだけして、ただ口元を引くつかせる。それからリーリシャナは「………あ、りがとう」と声を震わせながらお礼だけはちゃんと伝えた。
何にせよ、姉が全力で自分の為に選んだ品物なのだ、明日使うかは後程ミモザと検討するにしても……そう邪険には扱えなかった。
(メルお姉さまは既婚者…既に旦那様との子供だって授かっているし……そういう面ではちゃんと話を聞いておいた方がいいかも、だし……?)
ひらひらと手の上でスケスケのショーツを持ったまま、リーリシャナは目の前の面積の少ない物体に、むうっと唇を尖らせた。
「やっぱりこういうのを着て…初夜に挑んだ方が喜ばれるのよ、ね?」と小さく呟いて、脇で結ぶ紐をしゅるりと解いてはまたリボン結びに戻した。
思った以上に簡単に解けてしまう紐に心もとなさを感じながらも……
「レイが望むなら…わたくしは」
心の中で小さな覚悟を決めていた。
そんなリーリシャナを横目に、メルティナはくすりと笑ってから近づいてきて耳打ちした。
「可愛いわたくしのリシャに一ついい事を教えてあげるわぁ」
これは確かな情報筋からなんだけど、と前置きするとメルティナはニヤリとした顔のままリーリシャナの両手を掴んで後ろに押し倒した。
「えっ!?!?!?!?」
驚いている間にリーリシャナの両手は幅の広いリボンでくるりと結ばれていく。そしてメルティナは縛った両手に滑る様に指を這わせた後に、声を出して笑った。
「あっはは、驚いた顔も可愛いわねぇリシャ?でもねぇ…レイはこうやって女の子を縛るのが好きらしいのよ、だから…変態さぁんなプレイを初夜からされないか、と~っても心配!」
「しば、え?縛る?なに…手を…?レイが………?」
驚きのあまり開いた口が閉じないリーリシャナの顎をとんっと指で押し上げる。そして楽しそうに声を出して笑ったままのメルティナは優しい手付きで両手を結んだリボンを解いてくれた。
「リボンで…両手を……」
「大丈夫よぉ、さすがに初夜からそんなプレイは求められないでしょう~」
「いつかは…縛られちゃうの?」
「え?…っと…そういう事も、あるかもしれないわねぇ?お姉さまは分かんないけど」
「そうか…」とバクバクした心臓を押さえて、自分の両手を縛っていたリボンに目を向ける。
幅広いリボンは自分では解けそうにはなく、きっと一度彼に結ばれたらそこから逃げることは出来ないのだろう…とちょっとだけ腰のあたりがゾクゾクと震えた。
「リシャ?怖がらせてしまったかしらぁ?大丈夫?」
「え…?あぁ、平気よメルお姉さま。ちょっと想像して………いえ」
「想像して!?なぁに!?」
「なんでもないわっ…!」
思わずさっきまで考えていた事が口から出てしまいそうで、プイっと顔をメルティナから背けてベッドの上で横になる。そして体をごろりとゆっくり回した。
少なからず…胸の内ではまだ動揺と彼の性癖に対してのどよめきが残っていた、ただ…昔からレールズを知っている身からしたら、我儘暴君な彼が誰かを縛りたいという気持ちを持っているのはそう可笑しい事でもないのかな…と思わなくもなかった。
(いざされるというわけでもないもの…あるかもしれない未来の可能性をメルお姉さまは教えてくれたってだけ………というか)
一体だれがメルお姉さまにそんな個人的なことを教えたのだろう?小さな疑問が胸のなかで燻ぶった。
「あ、あの…メルお姉さま、その事はどなたから聞いたの?」
「え?情報源ってことかしら?」
こくんと頷くと彼女は少しだけ考えるような素振りを見せ、「まぁいいか」と呟いてまたリーリシャナに耳打ちした。
「マーキュレス伯爵夫人よ」と。
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アメリ・マーキュレス。
マーキュレス伯爵家の美しい未亡人、とそう名高い彼女の噂はよく聞く。メルティナとも社交界では仲が良く、ハルクベルン家の主催するお茶会には必ず参加されていた。
そして、
「レイの、行儀見習いの家庭教師…………」
リーリシャナは何度もアメリと交流をしているので、彼女に対して何か思う所があるというわけではない。もう一人の姉のように思っていて、それでいて優しく強く、頭のいい素敵な女性だといつも尊敬をしている。
むしろ自分の家庭教師になって欲しいと何度もお願いをしたくらいだ。
ただ…
「たわわな…たわわなお胸が………たわわ…」
―社交界でのアメリ・マーキュレス伯爵夫人といえばナイスなバディと哀愁漂う瞳を持ち合わせたエロティカル未亡人だ。こんな事本人には絶対に言えないが。
リーリシャナは20歳になったのに、体の成長はまだまだ発展途上だった。―発展途上と信じているが、もしかしたら発展は終了してしまっている可能性もある。―
あまり豊満などとは呼べない胸、くびれのラインはゆるやかでお尻の厚みもあまりない。どちらかと言えばスレンダーな体系で、本人もかなり気にしている。だからアメリのようなたわわなお胸に純粋に憧れている。
「たわわ………いえ、レイはわたくしを好きと言ってくれていたわけで……アメリさまには……うう…嫉妬醜い」
―でもリーリシャナがレイに対しての恋心を自覚し、彼に愛されるようになってからは何度もアメリに対して嫉妬してしまっているのは事実だった。
それでも、家庭教師といえどアメリがどうしてレイのプライベートな……性癖なんてものを知っているのだろうと考え始めると、思考はどんどん悪い方へと進んでいってしまう。
「もし、レイとアメリさまが……」
何かしらの……例えば体の関係なんてものがあったとしたら?そう口にしようとして思わず噤んだ。まさかそんなはずがないのに、どうしても…良くない思考にハマってしまう。
こうして悶々と考えてしまうのは自分の悪い所だと、思ってはいるけども直すことは難しかった。
「明日はレイとの結婚式よ?悪い考えなんて捨てないと、だって彼に幸せにしてもらうんだから…!」
首をブンブンと大きく振り回しベッドの端に置いてあるクッションに顔を埋めた。
彼を信じるだけだ、と自分の下手な妄想を打ち消しながら。
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空は晴天。一面に咲く花々は風に小さく揺られ、爽やかな香りを放っていた。
煌めくティアラをヴェールの上に乗せ、純白のウェディングドレスを軽やかに引きずって真っ赤な絨毯の上を小さな歩幅で、父であるハルクベルン公爵と歩いた。
少しだけ涙ぐむ父と腕を組んでリーリシャナは、愛しいレールズの元へと歩く。
「リシャ、綺麗だよ。すごくすごくきれい」
「レイ、あなたもとっても素敵、とってもとっても…」
彼に手を引かれ、数多の色で彩られた神秘的なステンドグラスの前に立つ。結婚の誓いを神に捧げ、集まった家族や友人、他の貴族に向かっても誓いを立てた。
2人は見つめ合い、リーリシャナの被るヴェールをレールズはゆっくりと上げる。
彼は小さな声で「愛しているよ」と囁き、ちゅっと可愛らしい音を立てキスを落とす。
そして周りは拍手と歓声に包まれリーリシャナは世界で一番の幸せを隣にいる彼と一緒に噛みしめた。
これから何があってもレイの事を愛してずっと傍にいよう。とそう胸に誓って。
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と、そう胸に誓っていた気持ちがまさかこんなすぐに覆るとは思いもしなかった。
「い、一体……これはどういうことなの………?」
目の前の光景に思わず足の力が緩みがくがくと震える、自分が今何を目にしているのかもよく分からない。
震えた指先で、自分の頬を抓ってみたが…痛かったので夢ではなさそうだった。
さっきまで幸せ絶頂でこのあと彼と迎えるであろう初夜を心待ちにしていた、だけ…だったのに。
「なんで…」と消え入りそうなリーリシャナの声は、瞳の中に映る2人には届かなかった。
「こんな所で……はぁ、いけませんわよ」
「これで最後!最後だから、なぁ~いいだろ?」
「あなたって人は…もう……本当に最後ですわよ?…きゃぁっ」
―聞こえた小さな悲鳴。
思わず目の前のドアに手を置いた、取っ手を少しだけ押せばそこには、結婚式を挙げたばかりのレイと、少し服の乱れたアメリさまが暗がりの部屋の中でイチャイチャとむつみあっていたのだから。
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読んで頂きましてありがとうございます。
今年はできる限り連載更新していきたいと思います。
こちらは全四話となります、最後までよろしくお願いします。
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