僕っ子は地雷だと彼以外は知っている
別作品『僕っ子は地雷だとまだ彼は知らない』の裏側になります。
「やぁ、加藤さん。いい夜だね」
どうやら、意識が戻ってきたようだ。
それに、置かれた状況を理解し始めたのだろう。
相手が体を必死に動かして、逃げようとしているのがわかった。
「そんなに暴れて大丈夫?痛くないかい?」
きっと、きつく縛られたロープが食い込み痛い思いをしているはずだ。
体を動かすたびに苦悶の表情を浮かべていた彼女は、しばらくそうした後、ぐったりとして視線だけを送ってきた。
「ふふっ。そんな怖い目をしないでおくれよ。僕は別に、君を傷つけたいわけじゃないんだ」
正直なところ、僕にとって彼女の価値は無いに等しい。
本当は、こうして時間を割くのも煩わしいくらいなのだから。
「今日はね、『挨拶』に来たんだよ。君に、僕がどんな人物か知ってもらうためにね」
これまで、何度も繰り返されてきた『挨拶』。
相手に僕を知ってもらうための。そして、愚かな行いを二度としないようにしてもらうための。
「とりあえず、太一君には二度と近づかないで欲しいんだ。できれば、視線も向けて欲しくないけど……僕にだって多少の寛容さはある。偶然起きてしまったものをどうこう言うつもりはないよ」
そう話しながら、持ってきた物を鞄からゆっくりと出していく。
相手と仲良くなるための『玩具』、見せるだけでも理解し合える、とっておきのそれらを。
「ああ、大丈夫。今日はただ、自分のコレクションを自慢したかっただけさ。わかるだろう?」
使い古されたそれを、僕が大事にしてきたことがわかったのだろう。
少しだけ黒ずんできてしまった部分を撫でるようにすると、彼女はこれまでの敵意が嘘のように強く頷いてくれた。
「ふふっ、ありがとう。君とは、仲良くやっていけそうだ。やっぱり、別れは寂しいものだからね」
今回の相手は、いい人で良かったと心から思う。
口下手な僕は、あまり話すのが上手ではない。
相手と仲良くなるまでに、それなりの時間がかかってしまうことは時折あることだから。
「ああ、そうそう。もし、僕にお友達を紹介してくれるつもりなら、一度立ち止まって考えて欲しいんだ。それが、本当に望んでいる相手なのか、ってことをね」
知らない相手が、家を訪ねてくることもあった。
さすがに、僕も乙女だ。
たとえ、何一つ証拠がないのだとしても、強面の制服姿の男の人達に囲まれては、それなりに思うところもある。
だから、一応伝えておくのだ。
たまに、勘違いしてしまうような人もいるみたいだから。
「もし違ったら、僕はまた君と話さなければいけなくなる。さすがに、それはちょっと手間だろう?いや、別に君を信じていないわけじゃない。そういう人もいるってだけさ」
うん。今回の相手は本当にいい人みたいだ。
わかりやすいほどに頷いて、ちゃんと僕を理解したことを教えてくれている。
「よかったよ、分かってくれて。じゃあ、ちょっとじっとしていて貰えるかな?間違って体に当たったら申し訳ないからね」
自分のコレクションの一つを取り出し、ゆっくりと掲げる。
そして、それを少しずつ、足、手、口元となぞるように這わせながら進めていくと、彼女が荒い呼吸をしているのがわかった。
「大丈夫かい?いや、何もしゃべらなくてもいいよ。僕も今日はこれで帰ろうと思っていたところさ」
時折金属音を奏でながら、帰りの支度を手早く行っていく。
やがて、全てを入れ終わり立ち上がった時、ふと気になるものを見つけてそれに手を伸ばした。
「これは、もう必要ないものだね。僕の方で捨てておくよ」
思った以上に強い力が入ってしまっていたのだろうか。
ハートの付けられたカレンダーがクシャっという悲鳴を上げて手の中に収まる。
「………………いや。会える日が増えたんだ。逆に感謝すべきかな?」
印のつけられた今週の土曜日。
僕は、楽しい楽しいその日に、何をしようかと考え始めた。