第八十三話:閑話 少年、初めての感情②
今、僕達は彼女から教わった街に向かっている。
倒れていたもう一人の護衛は暫くすると目を覚ました。
大きなケガは無かったので、少し休んでから出発する事にした。
馬車は壊れてしまったけど、幸いな事に馬は無事だったので僕が乗っている。
「若? 話、聞いてます?」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
「先程から上の空の様ですけど…… もしかして先程のお嬢さんの事でも考えてたりします?」
「………………なんでわかったの?」
護衛は『逆に何で分からないと思ったんですか』と呆れ顔をしている様に見える。
「まあ、女の子にあんな対応されたのも初めてでしょうから戸惑うのも仕方ないと思いますけど、気持ちを切り替えてシャキッとしてください」
「そう簡単に切り替えられたら苦労しないよ。こんな気持ち初めてなんだからさ」
胸が苦しい…… 大きくため息をついて、胸に手を当てても収まらずについ胸を思いっきり掴んでしまう。
「胸にぽっかり穴が開いた感じですか」
「そんな生易しいものじゃない。胸を貫かれて内臓を滅茶苦茶に掻きまわされた後の残骸って感じだよ」
そんな哀れな男の哀愁ポエムを詠っていたら徐々に街が見えて来た。
あれが本来の目的地でもある街だった。
僕がこの街に来た理由はもちろん本を購入する事ではあるんだけど……。
もう一つある。それは王子から逃げて来たという事。
僕の父上は国の『宰相』という地位を陛下より賜っている。
当然、陛下には信頼されているし、父上も陛下を信頼している。
お互いに信頼関係と言うものが出来上がっている。
父上は将来、『宰相』の跡を継ぐであろう僕も将来陛下の跡を継ぐとされている第一王子と信頼関係を築く様に言われていた。
僕は幼馴染のアルヴィンと共に王子の側近として仕えるようになった。
陛下はとても温和な方だったから王子も同じ様な方なのだろうと思っていた。
ところが、彼はとんでもなく我儘だったのだ。
気に入らない事にはすぐ癇癪を起すし、いろんな人に迷惑をかける。
自分より同年代で優秀な人がいれば、すぐターゲットにされる。
特に婚約者のメデリック公爵令嬢フィルミーヌ様の学力や知見は同年代どころか年上ですら凌駕する。それが余計に気に入らなかったんだろう。
僕とアルヴィンはいつも彼の機嫌を損ねない様して必死だった。
信頼関係ってこういうものなの? よく分からなくなってしまった。
それがもう一年以上続くものだから、流石に疲れてしまって、適当な理由を付けてお休みを無理矢理頂いた。
そして現在に至るという訳だ。
そんな事を考えていたら街の入口に到着した。
護衛の二人は僕達の素性と現在の事情を衛兵に説明して馬車が借りることが出来ないか尋ねていた。
僕はその間、一つ気になった事があった。
あの子がこの周辺に現れるのであれば街の人が知っているのではないかと思った。
そこで衛兵に尋ねてみる事にした。
「すみませんが、この辺りで僕と同じ年代くらいで魔獣と素手で戦う黒髪、黒目で髪の長さが肩口の女の子ってご存じありませんか?」
「肩口…… 黒髪、黒目…… ですか……」
衛兵はしばらく仲間と相談して思い当たる女の子がいるか話し合っていた。
一人の衛兵が「あっ」と声を上げた。僕は期待してその衛兵に近づいた。
「思い当たる方は一人います……けど……」
「ほっ、本当ですか! お願いします、教えてください」
「その容姿に該当する人はいますよ。けど…… その方は少し前まで身体が弱くてしょっちゅう病気で寝込みがちな御方だと聞いています。魔獣を相手なんて、とてもじゃないけど無理ですよ」
身体が弱い……か…… じゃあ、やっぱり違うな。
魔獣を目の前にしても堂々と、勇ましく立ち振る舞い、真正面から蹴散らしていく…… まるで物語に登場する主人公の様な人が…… 病気? 寝込みがち? どう考えても解釈一致しない。
「そう…… ですか」
「もしもご領主様の所にご挨拶に行かれるようでしたら、一度お会いしてみるのも手かもしれませんけど」
「もしかして今の話に出て来た女の子というのは……」
「ご領主様のご息女であるマルグリット様ですね」
彼女の様に眼光が鋭い、身体が汚れても苦にもしない貴族令嬢がいる訳ない…… 少なくとも僕の知る限りでは…… でも…… 容姿が似ているか…… それだけじゃ本人には辿り着かないよね。
もしかしたら、自分に似ているって理由で彼女の事を知っていたりしないかな。
「若、領主邸には元々ご挨拶される予定ありましたよね。その時聞いてみたらいいんじゃないです?」
そうなんだよね、実は父上から必ず挨拶をする様に言われていた。
本来、子供の僕が実家又は王都を離れて遠くに行く事は立場上許されるものではない。
しかし、行く場所によっては許可が下りる場合がある。
その一つが”グラヴェロット領”
グラヴェロット子爵家は魔獣の国とまで言われるアリリアス大森林の魔獣たちから代々国を守護する家系。
領主は冒険者として一定以上の成果を出す事が義務付けられている。
同様にこの地に構える冒険者ギルドの長も国内の全ギルドから選抜された一定以上の成果を出した当時の最高現役冒険者が着任する事が義務付けられている。
普通はこんな条件を飲んでまでギルドマスターになりたいと言う人はいないだろう。
しかし、グラヴェロット領のギルドマスターは国内の全ギルドマスターの中で最も権限が高く、直接王宮に対して要求を行う事が出来る等の権利もある。
この事実は国の中でも一部の貴族しか知らない。
この場所は国の端でもある。何故か国内の貴族たちは王都に近い程、偉いという謎のマウンティングが流行っているらしい。そんな事実はないんだけど……。
だから国の南西端であるグラヴェロット領を馬鹿にして下に見る貴族は多い。
心無い貴族は彼らの事を『番犬』と呼び、蔑み、多数の冒険者が蔓延る野蛮な都市、犯罪者の終着地などと嘲笑している。
彼等がいるからこそ、大量の魔獣はこの領で止められているというのに大半の貴族たちは何も分かっていないのだ。
父もグラヴェロット子爵に絶大な信頼を置いている。故に粗相は許されない。
また、今回僕は父の名代…… つまりは『宰相』の代わりとして来ている事を自覚しなければならない。
今後もお世話になる事があるから顔を見せて仲良くなっておく様にと言われていた。
グラヴェロット子爵にご挨拶するのがメインで、ついでにご令嬢に会って彼女について聞いてみる。
今は他にあてが全くない。そこで何も情報が得られなかったら諦めよう。
でもなあ…… また変に言い寄られたりされたらどうしよう。
向こうもこちらの家名とのつながりが欲しくて娘を送ってくるのは分かる。
最初はそうでも、ご令嬢はお家の事情お構いなしに近寄ってくる。
挙句の果てにはご令嬢同士でいがみ合い、お互いの足の引っ張り合い、事実の捏造により相手を貶める等ばっかりで、もううんざり。
うちの護衛が言う様にさっさと婚約者作った方がいいんだろうけど、あの中から選ぶことになるのか……。
は~~~~~、憂鬱だ。
マルグリット嬢には必要最低限の会話だけして違ったらささっと帰ろう。
うん、そうしよう。
街で馬車を無事に借りることが出来てグラヴェロット子爵家へと足を運ぶ。
街から少し離れた場所に居を構える子爵家。
どうして街の中じゃないんだろうと思ったんだけど、隣にある施設を見て納得した。
屋敷の数倍はあろうかと思われる領軍の施設が隣接していた。
施設では領軍が訓練中であろう、大声が飛び交い、それはまるで罵声の様にも聞こえる。
流石にこの施設を街に入れたら住人たちは委縮するか……。
これがあのグラヴェロット領軍。
国内最強と言われるメデリック公爵騎士団は数も質も最高だと言われる。
それは他の領との合同訓練でも圧倒的な結果を見せつける。
グラヴェロット領軍はその特殊な立ち位置から他の騎士団との合同訓練には参加しない。
彼らは寝る間も惜しんで魔獣との睨み合いが続いているからだ。他領のつまらないプライドの張り合いには興味が無いのだ。
父上から聞いた話だが、そんな謎のグラヴェロット領軍がどの程度かとメデリック公爵騎士団で一部隊を率いる隊長が休暇がてら見に来たことがあったらしい。
偶々その時にアリリアス大森林から魔獣たちが一斉に森の外に出る事態が発生した。
俗にいう魔獣大暴走という現象である。
小説などでは主人公とかが先頭になってスタンピードを抑える話はよくあるけど、ここで主役となったのは言うまでもなくグラヴェロット領軍である。
グラヴェロット領軍の兵士数は千弱で対する発生した魔獣の数二千を抑えきったのだ。
一般的な指標では魔獣一に対して一般兵が三人から五人が相場なのだけど、グラヴェロット領軍は兵士一に対して魔獣が二の計算なのだ。何かがおかしい……。
もちろんこの戦いではグラヴェロット家当主もギルドマスターも参加していたらしいけど、最も活躍したのはグラヴェロット領軍だったらしい。
その様子をみたメデリック公爵騎士団の部隊長は無表情で帰路につき、休暇明けから物凄い訓練をするようになったとか。
その甲斐もあり、今では騎士団長にまで上り詰めたらしい。
その訓練場を横目に屋敷にたどり着いた僕は領主に挨拶した。
「お初お目にかかります。フレイムロード家嫡男のイグニスフィールと申します」
「よくぞこの様な辺鄙な場所にまで来られましたな。大変だったでしょう。ご子息が来られることは閣下より話は聞いておりますぞ――」
挨拶と雑談を交えながら応接間まで案内してもらった。
グラヴェロット子爵に初めて会った印象は…… 大きくてまるで熊かと思ってしまった。それに威圧感もある。これが…… 国を守っているグラヴェロット家当主の貫禄か。
この威圧感…… 誰かに似ている気がするんだけど、気のせいかな。
そう思いつつ、当主と雑談を交わす。その中でご令嬢の話が出て来た。
「もう本当に可愛くて可愛くて、目に入れても痛くないほど…… いえ、むしろ二十四時間三百六十五日入れておきたい程なんです」
ははは…… 国を守る門番も流石に人の親か。娘への溺愛っぷりが凄いな。
「ですが、最近は少しずつ身体が良くなってきましてなあ…… 頻繁に外に遊びに出掛けるんですよ。元気になって嬉しいやら、近くに居ないから寂しいやらで」
そういえば、街の衛兵も『少し前までは』と言っていたから、今は元気なのだろう。
彼女と容姿が似ている…… 元気になった…… まさかね……。
などと自分に都合のいい妄想をするも、すぐに我に返ったところでドアを叩く音が聞こえる。
「おっ、来たようですな」
来たか、ご令嬢と挨拶して聞くことを聞けたら適当な理由を付けて帰ろう。
そう思って顔を上げて部屋に入って来た人物の顔を見て僕は絶句した。
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