第八十一話:なんでここに○○が!?
あれから私は猛ダッシュでそのまま家に帰宅した。
肉体的な疲労と精神的な疲労も相まって眠気がひどかったけど、その前に獣臭さと汗臭さを落とさないと身体中がベタベタしていて臭いまま寝るのが嫌だったのでお風呂に入っている最中に私は今日の出来事を思い出していた。
まさかこんな場所で思いもよらない人物と出くわしてしまったからだ。
イグニスフィール・フレイムロード…… あの男がまさかグラヴェロット領に来ていたなんて……。
当時は片や王子の取り巻きで片や王子の婚約者の取り巻きという同じポジションで、しかも同じ陰キャで仲間意識を(勝手に)持っていたのに……。
最後の最後であんな罠を仕掛けられた結果、私達は死ぬ事になった。
考えれば考える程、イライラが止まらない。
もうさっさと上がって夕飯まで寝ようっと……。
お風呂から上がった私はぽかぽかの身体でベッドにダイブした。
「お嬢様、そういうご令嬢らしからぬ行動は控えてくださいね」
ナナのいつものお説教を聞きながら反応しようにも一気に睡魔が襲ってきた。
「うん…… 気を付け……」
◆
「…………ット」
「……リット」
「マルグリット!!」
誰かが私を呼んでいる。
この声は聞き覚えがある。
そうよ…… この声は…… フィルミーヌ様……。
ん? フィルミーヌ様?
私の意識は一気に覚醒した。
目を覚ますとそこは学園の裏庭だった。
そうだ、フィルミーヌ様とイザベラはそれぞれに用事があったから私は放課後に木陰で本を読んで待っていたんだった。
気が付かない内に寝てしまったのね。
声が聞こえた方向に顔を向けると、フィルミーヌ様が私に微笑みかけている。
女の私から見ても本当にお美しい…… やはり天使という言葉はフィルミーヌ様の為に定義されたのでは?と思っている。
そのすぐ後ろではイザベラが若干呆れ顔で『また本を読んでいる最中に居眠りしてたのか?』という表情をしている。
「マルグリット、またその本を読んでいたのね」
「偶にですけど、何故か無性に読みたくなってしまうんですよね」
「そのおとぎ話は私のお兄さまも小さい頃はお読みになられていたわ。マルグリットは男性が好む本もよく読んでいるわよね」
「性別で好まれる本に傾向はありますけど、私は本であれば特に気にせず何でも読みますね」
私の手元にある本…… この国では女の子が好む『聖女物語』と並ぶ程に人気がある『ひかりのりゅうとやみのりゅう』という主に男の子が好む本で、簡単に言えば勧善懲悪ものということ。
世界を滅ぼさんとする”やみのりゅう”に対抗するために世界を守る”ひかりのりゅう”が立ち向かうというお話し。
フィルミーヌ様の騎士になる為に剣を学んでから、この手の本を読むとほぼ必ずと言っていい程行う妄想がある。
それはフィルミーヌ姫を狙う”やみのりゅう”に”ひかりのりゅう”たる私が守って撃退するという決して他人には口にする事は許されない禁断の妄想。
誰だって物語の主人公に自分と置き換えて、ヒロインには憧れ、尊敬又は好きな人と置き換えて妄想の一つくらいするでしょ。
きっとこの時の私の表情は人様にお見せ出来ない程に恥ずかしい表情をしているに違いない。
イザベラは私の肩をぽんぽんと叩いて『マルグリット、あまりおかしな妄想ばかりしているとフィルミーヌに嫌がられるかもしれないから気を付けろ』とでも言いたげな表情で私を見てくる。
わかったから、私の心を読むのはやめて頂戴。うーん、私ってそんなに分かりやすい表情をしているのかしら……。
そんないつもの他愛もない会話をしている所で、何故か決まって現れる四人組。
王子ご一行である。
その中で私に向けて隠すつもりもない程に敵視を送ってくる人物がいる。
アルヴィン・フロストレーム
王子の側近であり、立ち位置的にはフィルミーヌ様でいう所の私のポジションに該当する。
そんな彼は王宮騎士団長の息子でもある。
故に将来を期待された将来の騎士団長候補ともてはやされていたらしい……。
そんな将来有望視されている彼は私と学内武術大会の二回戦で戦った。
しかし悲しいかな、開始一分で私が勝ってしまったのだ。申し訳ないけど、大して強くなかった……。
そんな彼は私にやられた事を未だに根に持っているのでしょう、忌々し気に私の事を視界に入れては他の人に聞こえない程度の声量で「卑怯者」呼ばわりしてくる。
どうやら彼の中では私は騎士にあるまじき手を使って彼に勝った事になっているらしい。理由としては正々堂々と戦えば私が彼に勝てるはずがないとかなんとか……。
あの時は本当に酷かったなあ、彼の所属するAクラスは(フィルミーヌ様とイザベラを除いて)一致団結して、あんなチビっ娘がアルヴィンに勝てる訳がないと責め立てたのだ。
私はBクラスなのだけれど、Aクラスに睨まれたくないと私を除いてクラスメート達は視線を合わせない様にしていた。
彼と(何度も言うけどフィルミーヌ様とイザベラを除いた)クラスメート達は必死に訴えた事により、教師陣も私の身体検査やら武器として持っていた木剣を調べたけど何も不正は出なかった。
そりゃそうよ、私は三百六十度の観衆の視線の中で彼の攻撃を全て弾いて、木剣を落とした所を脳天に一撃当てて気絶させた。
たったこれだけなのだから、不正のしようが無い。
そして…… 私はその大会で優勝して強さを証明した。
それでも納得のいかないアルヴィンは私の粗を探しに探した。結果は何もなかった。
私自身、何もやっていないのだから何かが出るはずがない。捏造でもすれば話は別だけど……。
てかそんな事に時間を費やすなら己を鍛える為に時間を費やせばいいのに……。
彼等は知らない。私が夏休みなどの長期連休には実家に帰らず国内最強であるメデリック公爵騎士団の地獄の訓練に朝から晩まで参加している事を。
でも冒険者活動をしている事は知っているはずだけど……。何しろ、私を陰で嘲笑っていたAクラスの連中は今では私を視界に入れるなりすぐに散ってしまうのだから。
それとも…… 臭い物に蓋をして見ないようにしているだけ? 自分たちに都合のいい事だけを認識して優位に立っているつもりなのかしら?
私としてはフィルミーヌ様に危害を加えたりさえしなければどうでもいいんだけど、文句があるならこそこそではなくもっと堂々と言えばいいのにとは思う。
そのせいもあって、いい加減鬱陶しく感じて来た。
それが少々顔に出ていたのかもしれない。
アルヴィンはたじろぎ、フィルミーヌ様に不遜な視線を送っていたクララは目を逸らして殿下を盾に隠れてしまった。
イグニスフィールは微動だにしない。王子は忌々しげな表情をしている。
「チッ、フィルミーヌ! 番犬の手綱をしっかり握っておけ、誰に向かって不遜な視線を飛ばしている」
王子に言われてフィルミーヌ様が私の顔を覗き込むとフフッと困り顔をしていた。
「もう、マルグリット。年頃の女の子がそんな眉間に皺を寄せるものではないわ。可愛い顔が台無しよ」
「行くぞ、アルヴィン」
アルヴィンは悔しそうに私から視線を逸らして王子の元に帰っていく。
王子ご一行は私達の真横を通り過ぎて行った。
通り過ぎる間際、近くにいたイグニスフィールの声が聞こえた。
小さい声でそれはまるで私にだけ伝える為の声量と思えるほどだった。
「…………ごめんね」
それは何に対する謝罪なの?
自分の相棒が私に毎回絡んでくる申し訳なさから?
それとも何か別の…………
◆
「…………様」
「……嬢様」
「お嬢様、おきてくださーい」
ナナの声で意識が覚醒する。どうやら夢を見ていたらしい。
三年生時の一コマ。アイツのせいで嫌な夢を見た……。
けど、久しぶりにフィルミーヌ様とイザベラに会えたから良しとしましょう。
夢だけど……。
そんな余韻に浸っていたので、無性に起きたくない衝動に駆られる。
「…………ヤダ」
「ヤダじゃありませんよ、旦那様がお呼びです。お着換えの準備もしてありますから早く起きてください」
私は目を閉じたままナナとの問答を行う。
「話があるなら夕飯の時でいいでしょう? 何で今から着替えてお父さまの所に行かないといけないのよ」
「お客様がいらしてるんですよ」
「それ、私が行く理由無くない?」
「お客様の中にお嬢様と同年代の方がおられるそうなんですよぉ。折角同年代の知り合いが出来るいい機会だと仰っていましたから」
なーにが、折角なのよ。要らないわよ、そんな上っ面だけの知り合いなんて。
「ぜーーったいにヤ「言う事を聞かないともう外出許可はしないそうです」」
ナナが私の断固たる拒否宣言を言い切る前に被せて来た。
しかも…… かなり恐ろしい言葉が含まれていた。
「い、今なんて……」
「旦那様は別に『いいではないか』と仰っていたんですけど、奥様が……『この年齢からでも貴族の繋がりを持つことは良い事よ。貴方の務めを果たしなさい。出来れなければ外出禁止』と仰っていまして…… 旦那様も無言で首を縦に振っていました」
お母さまか……。そりゃお父さまでは勝てない。
私がここで無理にNoと言おうものならメリッサを使って実力行使に来るでしょう。
仕方ない、行きますか。
「ナナ、着替えるわよ」
「はっ、はいっ!」
ナナが私に着せてくれた衣装はちと気合入り過ぎてない?? くらい着飾った衣装だった。
いくら印象を良く見せようともお客様と会うだけでこれはやり過ぎでは? と思うんだけど、お母さまは何を考えていらっしゃるのかしら。
それだけの人物が来ているという事? 前回ってこんな事なかったはずなんだけど……。
しょうがない、考えても分からないし、もう時間もない…… さっさと行きましょう。
私はナナと応接間までやって来た。ナナが扉をノックする。
「旦那様、お嬢様がお越しになられました」
「入ってくれ」
ナナが開けてくれた扉を通って応接間で私がお辞儀をした後に目に入った人物を見て絶句してしまった。
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